第44話 コミマ開幕
会場入りした僕たちは早速サークルの設営に取りかかった。
と言っても今日頒布する目玉の新刊やタペストリーにステッカー、それら全部入りのフルセットはもう業者さんがサークルスペースに搬入してくれてあったので設営自体はスムーズに終わった。
なにせ長机の上にダンボールから取り出した頒布物を並べいき、計良先輩手製のお品書きを貼り付けて、お釣りとレジ代わりのタブレットをセットしたらOK。
なんだかあっさり設営終わったけど、考えてみたらお祭りの出店みたいその場で料理するわけでもなく既に出来上がってるモノを売るだけなんだからそりゃ準備も最低限で済むわけで。
ま、もっともその
ともかくこれで準備は完了してあとはお客さんが入場してくるのを待つだけーーっとそうだった。
あともう一つ用意しないと。
それがなにかと言うと、そう女性陣に押し切られてやることになったコスプレ衣装だった。
僕としてはそのまま忘れてたかったんだけど、満面の笑みを浮かべた計良先輩に肩を叩かれては潔く諦めるしかなく。
流石に会場までの道中なコスプレしたまま来る勇気の持ち主は漫研にはいなかったので、僕らはおとなしく会場の更衣室で着替えることにした。
更衣室の中はビックリするくらいギチギチで、どのくらいかと言うと中学の水泳の授業でプール脇の小さな更衣室に皆すし詰めになって着替えた時以来の人口密度だった。長居してたらそれだけで酸欠になりそう。
出来るだけ手早く着替えを済ませてサークルに戻ると、もうみんなとっくに着替え終えて僕を待っていた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「おっせーよ秋良。わたしはともかく先輩たち待たせんな」
慌てて駆け寄るとえびすさんに軽く胸を小突かれた。
うぐっ、仰る通りで。
でもちゃんと遅くなった理由はあるんすよ……決して僕の好きなアニメのコスしてたレイヤーさんに目を奪われて着替えるの疎かになってたから、とはではなくて。
「この服ボタンとかベルト多くて着るの大変なんだって。前に着た時は手伝ってもらったしさ、一人だと中々」
「そりゃお前が普段シンプルな服ばっか着てるからだろ。このユ〇クロ信者め」
相変わらずユ○クロに対しては否定気味なえびすさんである。
僕は好きなんだけどなぁ、デザイン派手じゃなくて着やすいし。
「別にユ〇クロ着ててもいいじゃん。それにえびすさんだって前似合ってるって褒めてくれたのに」
「別に悪いとまでは言ってないだろ。……ったく折角こないだわたしが服選んでやったのにさぁ」
「え? ごめん、よく聞こえなかった。なんて?」
「っっ~! なんも言ってねぇよ!」
会場内の喧騒がうるさくて最後の方が聞き取れななかったんで聞き返したら、えびすさんはプイっとそっぽを向いてしまった。
何故だ、解せぬ。
ちなみにそんな彼女の格好は朝着てたハイソなワンピースから一変してついこの間……と言っても一月近く前だけど、漫研の部室で見たマリアのコス姿だ。
あの時は、、それどころじゃない衝撃映像(黒ブラ……)の印象が強すぎていまいちコスの方は記憶から薄れてたけど、こう見るとえびすさんによく似合っている。
背中がぱっくりと空いた漆黒のドレス。
身体のラインが誤魔化せない肌にフィットした作りで、これを着こなせる高校生なんてそうはいないだろう。
会場内には僕らみたいにコスをしてる売り子さんの姿もあったけど、身内贔屓を抜きにしてもえびすさん以上の美人さんはちょっと見当たらない。
そんな感想を抱きつつえびすさんの横顔を眺めていると、計良先輩がパンパンっと両手を叩いて口を開いた。
「二人ともいいかな~? 仲が良いのは結構だけどそろそろ開場だからね」
「うわ、ホントだもうこんな時間」
そう言われてスマホを見てみると思ってたよりもずっと経っていた。
一般参加の人たちが入場して来るまでもう10分もない。
「秋良が着替えるのおっせぇから」
「ううっ、それさっき謝ったじゃんか」
「はいはい喧嘩しないの。それより今の内に休憩入る順番とか決めとこ、みんな見に行きたいサークルとかあるだろうし。開場したら忙しくて他のことする余裕なくなっちゃうからね」
おお~流石はコミマ常連の先輩。
こういう時も頼りになりますなぁ。
「ふふ~ん、そうでしょそうでしょ~。伊達に毎年参加してないからね~」
「…………………(無言で拍手する)」
むんっと胸を張ってドヤ顔を決めた計良先輩はキリンジのキャラである平坂落人のコスに身を包んでいる。
その後ろにス〇ンドよろしく佇んでいる北先輩は荒暮獅子春のコスだ。
この二人のコスも前に一回見たけど、身長差含め凸凹感のある組み合わせのシナジーが原作とはまた違った魅力になっていて面白い。
ともかくこれで漫研with僕の4人揃って準備が完了だ。
まずは先輩たちに教えてもらいながら4人で回して、慣れてきたら変わりばんこで休憩ってことに決まった。
本当に自慢でもなんでもないけど僕は接客なんてしたことない。
だから上手く出来るか不安だけど、それと同じくらいワクワクもしていた。
きっとそれはこうして同年代で集まって一緒に協力するイベントなんてものを経験するのが初めてだからかも知れない。
(……なんかこういうのもたまには悪くないな)
ぎゅっと握った手の平の震えは緊張じゃなくて、きっと武者震いってやつだ。
別に接客を失敗したって死ぬわけじゃないんだしせいぜい今日を存分に楽しむとしよう。
「「「いらっしゃいませー!」」」」
「……………………!(強張った笑顔を浮かべる)」
僕にとってのはじめての夏コミはこうして始まったーー。
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