第21話『レッツピザ』

 雛と約束を交わした翌日、学校での授業を終えて早々に帰宅し、軽い部屋の掃除を終えたところでインターホンが来客を告げた。

 昨日の話し合いの結果、場所は優人の部屋でということに。もう何度か雛を上げているし、さすがに女の子の部屋に行くのには気後れするからそうなった。


「お邪魔しますね」

「ん、いらっしゃい」


 玄関を開けた先にいたのは当然の如く雛なのだが、わざわざ約束してまで尋ねてもらったという事実に胸の片隅がざわつくものを感じる。そんな優人の胸中などもちろん知らず、私服姿の雛は玄関先で律儀に一礼してから部屋に上がった。


「さて、なんか頼みたい物はあるか?」


 テーブル上にピザ屋のチラシを広げて雛と向かい合う。

 折角の宅配ピザ初デビューなので雛に好きに選ばせようと思ったのだが、問われた彼女は目を泳がせ、居心地悪そうな苦笑を浮かべた。


「それが……昨日から考えてたんですけど、いまいち決まらなくて……」

「そんな考え込まんでも……。こんなもんは直感でいいんだよ」

「だ、だって本当にこういうの初めてで、勝手が分からないんですもの。先輩にも好き嫌いとかあるでしょうし……」

「俺は特に好き嫌いもないし、空森の好きなもん頼めよ。色々あって迷ってんなら、ここら辺のクワトロタイプなんかオススメじゃないか?」


 一枚のピザで四種類の味が楽しめるというラインナップの欄を指で叩く。

 選択をサポートする程度に助け船を出してやれば、ようやく雛は意を決してチラシの紙面と向き合い始めた。


 ……しかしまあ、実に真剣というか、事件現場で証拠の一欠片すら見逃そうとしない探偵のような眼差しをしている。たぶん学校の勉強でもここまで悩んだりしないだろうに。


 可笑しくて吊り上がりそうになる口元を必死で堪えつつ、雛がどんな選択するかにちょっとワクワクしてしまう優人であった。










 雛が吟味した商品をネット注文してから数十分後、テーブルには食欲をそそる匂いを立ち上らせるこんがりと焼けたピザが鎮座していた。


 注文したのは優人が勧めたクワトロタイプのピザと、それからサイドメニューのサラダとスープ。綺麗に四分割して盛られた多種多様の具材を目の当たりにした途端、雛は「わあ」と金糸雀色の瞳を輝かせた。


「こういうのを宝石箱って言うんでしょうか」

「それはちょっと違うと思うぞ」


 チーズやらトマトやらバジルソースやらが良い焼き色で輝いてるように見えるが、四種の味を一枚に詰め込んだ欲張りセットは、どちらかと言えばおもちゃ箱とかそういった表現が近いだろう。

 現に雛の視線も、昨日に引き続き幼い子供のような輝きを帯びていた。


 雛の顔の作りが美人寄りなせいか、より鮮明に浮かび上がるその子供っぽさに優人の意識は吸い寄せられてしまう。


「どうかしました?」

「……いや。冷めない内にさっさと食べようぜ」

「そうですね。では、いただきます」


 雛が行儀良く両手を合わせ、優人もまたそれを真似てから切り分けられたピザの一枚に手を伸ばす。


 自分の手元に近かったテリヤキ系を食べる優人に対し、記念すべき雛の一口目は具沢山のシーフード系。先端までしっかり焼き上げられた生地をおっかなびっくりといった感じで両手で保持しながら、小さな口で三角形の先っぽをはむっとくわえた。


「……すごい、想像以上に生地がサクサクしてます」

「薄型のクリスピーだからな」


 ピザの生地は三種類から選べた。「二人で食べるのに私の希望ばかりは心苦しいです」と生地の選択は優人に押し付けられてしまった――単純に選びきれなかっただけな気もしたが――ので、個人的な好みからクリスピータイプにさせてもらった。

 サクサクと小気味よいペースで食べている辺り、雛のお眼鏡にもかなったようで何よりである。


 そうして食べ進めること数分。サイドメニューのサラダ用のフォークを手にしたところで、優人は「そういえば」と一つの注意点を思い出した。


「空森、チーズのヤツを食べる時は――」

「んむぅ!?」


 遅かった。


 突如上がった素っ頓狂かつくぐもった悲鳴に顔を上げれば、そこには目を白黒させる雛と、その口元からびよーんと伸びるチーズの線。重力に従って垂れ下がりつつも切れることのない線は雛の手元までしぶとく続いており、彼女が持つピザはぷるぷると震えていた。


 四種の内の一つ、チーズたっぷり系はよく伸びる、というのは忠告するまでもなく理解してくれたことだろう。


「ふっ……ふ、くくっ……!」

「ふぁ、ふぁふぁっへふぁいへ、ふぁふへへふふぁふぁい!」


 笑ってないで助けてください、で合ってるだろうか。

 我慢できずに笑いが漏れる光景はいっそスマホのカメラを構えたくなるが、本人からしたら大真面目みたいなので助け船を出してやろう。


 どうにか体勢を立て直そうと悪戦苦闘している雛を手で制し、切れそうで切れないチーズの線をフォークで絡め取る。大部分をフォークに巻き付けてチーズの魔手から解放してやると、雛は口に含んだ分を高速で咀嚼しながら優人を睨んできた。


 若干涙目、そして赤ら顔。


 正直、可愛い。無性に撫でたくなる。間違いなく火に油を注ぐからやらないけど。


「……わざと黙ってましたよね?」

「いや違うぞ、本当に。忠告が遅くなったのは謝るけど、陥れようとかそういう気は一切無かった。冤罪だ」

「どうだか……あむっ!」


 優人への不満はそのまま引っ込めようとせず、優人が差し出したフォークの持ち手を受け取り残ったチーズを噛み付くように回収してから雛はそっぽを向いた。

 結果的には疑われてしまっても仕方ないと思うが、不慮の事故ということで勘弁してもらいたい。


 少しそっとしておこうと判断した優人は、たった今、雛に魔の手を伸ばしたチーズたっぷりな一枚を手に取る。そして食べようと口を開けた瞬間――対面から無言の視線が突き刺さった。


「…………」


 じとーっと半目で優人を睨み付ける雛。

 依然として衰えることのない不満をそっくりそのまま視線に乗せ、上半身もやや乗り出し気味で優人を睨み続ける。


 やれ、と? 

 同じ目に遭え、と? 


 雛の表情からはそんな思惑がありありと感じられた。

 そして、それを一身に受け止めた優人はピザにかじり付くと――しっかり噛みちぎってから口を離した。


 雛にぺちんと二の腕をはたかれたのは言うまでもない。

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