第32話過去1 ~公爵夫人(元婚約者)side~
「すまない。別の女性を愛してしまったんだ」
と、婚約者である王太子殿下は仰った。
それに対して無言を貫くしかありませんでした。
私としては今更そのような事を言わずとも知っていました。何しろ、殿下は隠す事すらなさいませんでしたから。「学園中の人間が知ってますよ」と言わないだけ有難いと思ってください。
「彼女と結婚したいと考えている」
心底、申し訳なさそうな表情をしている殿下。どうやら罪悪感というものが殿下にも備わっていたようです。あれだけ派手に男爵令嬢と行動しているので「良心」と「常識」を何処かに置き忘れたものだとばかり思っていました。
ここで婚約解消したいと言わない「常識」は持っているようで安心しました。
ただ、「サリー・ビット男爵令嬢との婚約が調えば正式に婚約解消するから覚悟しておいてくれ」と言わんばかりの空気を醸し出していますが。
ここは私も空気を読む事にしましょう。
「まるで物語のようですわね。
まごう事なき本心です。
安い恋愛小説のような展開と、その主人公のような二人ですから。物語のようにハッピーエンドになるかならないかは殿下次第です。ただ、恋愛小説の最後は「幸せになりました」で締めくくられます。それも結婚式で終了というパターンです。けれど、殿下には「その後の結婚生活」という第二幕がありますからね、結果を知るのはどれくらい先でしょうか。
「ありがとう、セーラなら私の気持ちを理解してくれると思っていた」
御自分の都合の良いように取られたのですね。ニコニコ微笑んでいますが、私、怒っているんですよ? 私の今までの苦労が水の泡になったのですから。そこのところを理解されてますか? 人生を狂わせられて怒らない者はおりませんよ?
私の八年を返していただきたい。
王太子殿下の婚約者に選ばれて八年。立派な王妃になるため厳しい妃教育を受けさせられたのです。そこも全てマクシミリアン殿下が王位を継ぎ、彼の治世を支えるために。殿下を支える事は国を支えるも同然。民の為にと頑張ってきた私の八年間が、こうもあっけなく終わってしまうのかと思うと殿下を罵倒しなかった自分の自制心に感服する位です。
いついかなる時も、王族としての誇りを忘れずポーカーフェイスを貫くこと――
妃教育の賜物です。
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