90 終焉の終わり

<もう奴の核は捉えているかい? アビスは神器を切り替える僅か一瞬に隙が生じる。全員でそこを狙うよ>


 念話で響くイヴの声に、全員が無言で頷いていた。


<アビスが次魔法を繰り出したらエミリアがディフェンションで返す。更にそのカウンターに追撃でフーリン、シシガミ、カルの3人は攻撃を仕掛けて兎に角奴の注意を散らす。そして奴に生じた一瞬の隙を突いてグリムが止めを差しな。奴だって完璧ではないんだよ。必ず倒せる――>


 次でアビスを倒す。 

 改めてそう決意を固めた俺達は自然と意識をそれだけに集中していた。


<来るよ!>

「段々と動きが鈍くなって来た様ね。頑張ったけどここまでよ」


 勝ち誇ったかの様にそう言ったアビスは聖杖シュトラールを出現させると、無駄のない動きで強力な魔法を放ってきた。


<今だエミリア!>

「精霊魔法、“ディフェンション・リバース”!」

「そんな防御壁じゃ防げないわよ」


 確かに1度破壊されてしまった防御壁であったが、エミリアは渾身の力を振り絞ってこの一撃に懸けていた。エミリアの思いが乗った防御壁は強力なアビスの攻撃を受けながらも、今度はヒビ1つ入る事無く全てを防ぎ切った。


「……!」

「よし! リバース!」


 一瞬驚いた様な表情を浮かべたアビス。だがそんな事はお構いなしに、エミリアは今受けたアビスの攻撃を倍の威力で跳ね返した。


 ――ズバァァァァン!

「くッ……!」


 これは流石のアビスも想定外だったのか、自身の攻撃を防がれた上に自分の攻撃が更に威力を増して返されアビスはこの日初めてその余裕な顔を僅かに歪ませた。


<今だ! 畳み掛けなッ!>


 イヴだけではなく、全員が初めて勝機という綻びを見つけていた。エミリアの決死の魔法によって既に攻撃を仕掛け始めていたフーリン達の対応に僅かに遅れを見せたアビス。


「はッ!」


 ―ズガンズガンズガンズガンズガン!

「ちッ……!」


 勝機を感じた事により自然と皆の力が増す。フーリン、ハク、カルの怒涛の連続攻撃はアビスに一切の余裕を与えない。


 そして……その瞬間は来た――。


「はあッ!」

「ぐッ、小癪な!」


 アビスがフーリンの攻撃を防ごうと神器を繰り出したまさにその刹那。


<そこだ! 行けグリムッ!>

「なッ……!?」


 本当に僅かな一瞬の隙を突かれたアビスはここにきてあからさまに顔を歪めた。完全にフーリンに気を取られた一瞬。俺達はずっと狙っていたこの一瞬に全てを懸けていた。


 既にアビスの体の中心に存在する核を見極めていた俺は、微塵の迷いなく一心不乱で核目掛けて剣を振るう。


「終わりだアビスッ!!」

「しまッ……!?」


 遂に俺達の攻撃がアビスに届いた――。


 と、誰もがそう思った次の瞬間、俺の剣がまさにアビスの核に触れたとほぼ同時に突如アビスの体から凄まじい衝撃波が発せられた。


「なッ!?」

「ハッハッハッハッ! 随分と危ない事してくれたわね貴方達。今のは本当にヤバかったわ」

「ぐッ……!」

「失敗……? そんな……」


 立場逆転。

 何が起こったのかも分からないままに、俺達はアビスを仕留め切れなかった事に一瞬で体全身が絶望感に襲われている。


「万が一に備えて核に魔法を施しておいて正解だったわ。発動するとかなり魔力と体力を持っていかれる1度きりの護衛技だったけど、それだけの効果は十分あったみたいね」

「クソッ……! そんなのありかよ」


 全員が自らに押し寄せる虚無感に体を動かす気力が無くなっていた。アビスに再び余裕の笑みが戻るのとは裏腹に、俺達は一気に追い詰められてしまった。


 たった“1人”を除いて――。


 ――ガチィィィン!

「……!」

「ヒッヒッヒッヒッ。私らの攻撃は“まだ終わっていないよ”」


 変わりかけていた場の空気を、イヴがたった一言でまた引き戻した。しかもさっきまで念話で聞こえていた声が今はハッキリと耳に響いて。


「イヴ!?」

「ボケっとしてるんじゃいよ! これが“最後のチャンス”だ! やれグリムッ!」


 全員が諦めかけたその瞬間、イヴは残された魔力を全て振り絞ってアビスに魔法を繰り出していた。イヴの結界魔法によってアビスは金縛りにあったかの如く動きが止まっている。


 瞬時に状況を理解した俺は、抜けていた全身に再び力を込め、今度こそアビスを倒す為に思い切り剣を振るった。


「うらぁぁぁ!」

「ふ……ッざけるなぁぁ!」


 ――ガキィィン!

「何ッ!?」


 イヴの結界魔法によって動きを封じられていたアビスであったが、既にイヴの魔力が弱まっていたせいだろうか奴は強引にイヴの結界魔法を突破した。


 完璧に打ち破った訳ではない。だが辛うじて動かせるようになった足で俺の攻撃を勢いよく弾いたのだ。


「あら、ずっと戦っていなかったからまさかとは思っていたけど、もうまともに力が残っていないのねイヴ」

「くッ……。癪に障るが事実だねぇ。グリム! もう結界も持たないよ!」

「分かってる!」


 俺は直ぐに体勢を立て直し、結界魔法を完璧に打ち破ろうとしているアビス目掛けて再び剣を振るった。


 だが次の瞬間、またもや俺の剣が奴に届く寸での所でアビスが結界を打ち破り、俺の攻撃を防いでしまった。


「ぐッ、テメェ……!」

「フフフフ! 実に惜しかったわね。ここまで本当に楽しませてもらったッ……『――ガチンッ!』


 次から次へと状況が一変していく。

 結界を打ち破った筈のアビスが再び拘束されたかの様に体が動かなくなっていた。


「ちょっと……! なんなのよまた」


 アビスはそう言ってまた結界を打ち破ろうと藻掻くが、今度はさっきと違い全く結界を打ち破れない。


「どうなってるの……!」

「ヒッヒッヒッヒッ。言っただろ? 私らは“全員”でアンタを倒すとねぇ」


 結界を施したのはイヴではない。皆が瞬時にそう悟り不意に辺りを見渡すと、少し離れた木の陰から姿を現したのはユリマだった――。


「ユリマ⁉」

「驚くのは後よグリム。私の結界も長くは持たない。早くアビスを!」


 突如現れたユリマの一言で場は一気に緊迫した空気に包まれたが、ふと我に返った俺はこの日何度目となるかも分からない攻撃をアビス目掛けて繰り出した。


「これが本当に最後だアビスッ!」

「そ、そんな馬鹿なッ……『――ガキィン!』


 アビスの言葉を遮る様に、俺の剣が奴の核を捉えた。


「う……うぐァァァァァァァァァァッ……!!」


 実感はない。だけどアビスは凄い悶絶の表情を浮かべながら断末魔の叫びを上げる。核を破壊した事によってアビスの体からは黒い蒸気の様なものが立ち込め、どんどんと魔力が弱まっていくのを感じられた。


「倒した……のか?」

『ああ。よくやったぞグリム』

「凄いわよ皆!」

「ヒッヒッヒッ、まさか本当に倒すとはねぇ」

「ぐあァァァァァァ……!」


 叫び声を上げ続けていたアビスであったが、奴は魔力と共に体も徐々に塵と化し消え始めていた。そして体がどんどんと消え去っていくアビスは最後に俺達を物凄い形相で睨めつけてきた。


「ゔゔッ……く、クソ共度がァァァァ……! 私がお前達に負ける等……絶対に有り得なッ『――フッ……』


 アビスは皆まで言いかけると、彼女は蝋燭の火の如く一瞬で消え去ってしまったのだった。


「グリム、エミリア、フーリン! 皆よくやったわね! ユリマもカルも!」


 子供の様にはしゃぎながらそう言って駆け寄って来たハク。そんなハクを見て俺達にも徐々にアビスを倒したと言う実感が湧き始めた。


「え、本当に倒したんだよね!? アビスを!」

「そうだろうな。魔力が完全に消え去った」

「倒せたのはいいけどさ、まだ実感が湧かないよな。それに何がどうなってんだよ。ユリマにもイヴの念話が伝わっていたって事か?」

「ヒッヒッヒッ。敵を騙すにはまず見方から。勝負の鉄則だよ」


 どうやらユリマとイヴは初めからここまでが作戦だったらしい。何も知らなかった俺達はまんまとイヴに騙されていたという訳だ。


「ふざけるなよイヴ! 何時からユリマとグルだったんだ! こうするなら初めから言えよな。本当に気力が無くなって動けなくなる所だったぞ」

「馬鹿者。だから成功したんだよ。あのリアルな事態が最後の一撃に繋がったんだ。あのアビスを倒して何を文句言う理由があるんだい馬鹿者!」


 いつの間にかなんか逆に怒られてるし。何で?


「フフフ。何はともあれこれで本当に終わりですよ皆さん。貴方達は見事終焉から世界を救ったのです。おめでとうございます。そして、私を助けて頂きありがとうございました」


 そう言ってユリマは優しく俺達に微笑んだ。


「あ~~……本当に終わったんだよな」


 改めてそう口にした瞬間俺は全身の力が抜け、そのまま地面に寝転がる様に倒れ込んだ。そんな俺を見てエミリアとフーリンもその場に座り込む。皆緊張の糸が切れどっと疲労が押し寄せた様子。だがその表情はこれまでの日々の中で1番清々しい顔つきだった――。

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