80 俺の家の頂上から黒龍が

♢♦♢


~辺境の森~


「ただいまー! っと」


 ローロマロ王国への危機を防ぐ為、ジニ王国にいるラグナレクを倒した俺達。あれからローロマロ王国に帰ってウェスパシア様に全てを報告すると、とても穏やかな表情で「ありがとう」と俺達にお礼を言ってくれた。


 相変わらずイヴは態度が素っ気ないと言うかせっかちと言うか、久しぶりの再会なんだからもう少し話でもすればいいじゃないかと言う俺達に対し、また馬鹿者と悪態を付きながらそそくさと城を後にしてしまった。もう少し素直になれないものかとも思ったが、ウェスパシア様はイヴのそんな対応も分かっていたと言わんばかりに凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。


 俺は最後に何気なくイヴとウェスパシア様がアイコンタクトを取っているのに気が付き、やはりこの2人はお互いにしか分からない繋がりや信頼関係があるのだろうと思わされた。


 そして、晴れて一段落した俺達は次の目的である『竜神王ドラドムート』を呼び起こす為、何とも久しぶりで懐かしく思える“俺の家”に帰って来たのだった――。


「ちょっと離れただけなのに、随分懐かしい感じがするぜ。それにしても、改めて見ると大変な事になってるなこりゃ」


 国王の命によって火の海となった辺境の森。今では当然火なんて消えてしまっているが、あれだけ緑が生い茂っていた森がすっかり枯れ果てている。それでもやはり自然の生命力は強い。焼けた森の所々では新たな命が芽吹いていた。


「思っていた以上に酷いわね」

「そうね。でもドラドムートは無事みたい」

「確か竜神王ドラドムートとやらは世界樹エデンがそうなんだよな? 俺が暮らしていたあの樹が」

「うん、そうよ。兎に角ドラドムートの所に行ってみましょう」


 森を眺めていても始まらない。早速俺達はドラドムートがいると言う世界樹エデンの行った。


「うわぁ、エデンの樹も結構焼かれてるな……」


 何よりも世話になっていた俺の家。雲を突き抜ける高さの世界樹エデンであったが、そこそこの高さまで焦げていた。あそこまで火が昇ったのか。まぁこれだけで済んだと思うべきか。


「気付いているかな? ドラドムートは」

「どうだろうねぇ。コイツもかなり力が弱まっている。急ぐに越した事はないだろう」


 ハクとイヴの会話から、決して安心出来る様子ではなさそうだ。


「なぁハク、ドラドムートはどうやって目覚めさせるんだ? イヴの時みたいにまた玉でも壊すのか?」

「少し馬鹿にした様な良い方だねぇグリム。言っておくが、私があの姿で力を蓄えていなければアンタ達はそこで終わっていたよ」

「別に馬鹿になんかしてないって。ただドラドムートは何処にいるか聞いただけだろ」

「きっとドラドムートもイヴの様に何処かに力を蓄えている筈よ。彼の魔力は確かに感じるから」


 何処かって……。


 ハクの言葉で徐に辺りを見渡した俺達。すると、直ぐにイヴがエデンの樹を見上げながらこう言った。


「ヒッヒッヒッ。こんな馬鹿デカい樹になっているんだ。あるとすれば“そこ”だろうねぇ間違いなく」


 イヴが見上げる視線の先、それは雲よりも上にあるエデンの樹の頂上だった。


「え、嘘だろ……」

「何を戸惑っているんだい。冗談言ってる暇なんてないよ」

「成程、頂上なら誰も簡単に出入り出来ないわね。ドラドムートを起こしに行こう」


 やっぱり冗談ではなかったか。

 マジで行くつもり? この上に? 

 俺も流石に頂上なんて行った事ないぞ。って言うか行けないし。


 俺達が呆然と天を眺めていると、イヴが転移魔法を発動させた。


「ほら、早く入りな」

「そっか。この手があったか」


 イヴなら自力で登るとか言い出しかねなかったからな。何だか一気に安心したぜ。幾らイヴでも流石にそんな事言わないか。無理だもんな。


「ヒッヒッヒッヒッ。本当は自力で登らせても良かったんだけどねぇ。もうそんなのんびりしている時間はないから仕方がないよ」


 徐にそう口にしたイヴは、またもやあの悍ましい笑顔を一瞬浮かべていた。俺はそれを見なかった事にし、黙って速やかにイヴの出した異空間へと入った。


**


~エデンの樹・頂上~


「うっはー、凄ぇな。ここがエデンの樹の頂上なのかよ」

「綺麗~!」

「ここは強者どころか人の気配がまるでないな」


 イヴの転移魔法から出ると、そこは360度真っ青な空と自分よりも下に位置する雲の海。視界を遮るものがないこの景色はまさに絶景。間違いなく俺が人生で目にした光景の中で1番壮大だ。ずっとエデンの樹で暮らしていたが、まさか頂上がこんなに凄い場所なんて思いもしなかった。


 俺達がこの絶景に目を奪われていると、最早何時もの如く、イヴの鋭い言葉が飛んでくる。


「馬鹿者、観光に来たんじゃないよ。目的を忘れるな」

「分かってるよ。別にいいだろ少しぐらい」

「何処まで呑気な事を言っているんだいアンタは。もうアビスの復活は直ぐだ。気を引き締めな」


 口調はキツイがやはりイヴの言葉には説得力がある。これまで何処か実感がなかったけど、先日のラグナレクで改めて深淵神アビスという存在の大きさを思い知った。アビスにとってラグナレクなんかは氷山の一角に過ぎない。なにせハク達3神柱が揃ってやっと封印出来た様な相手だからな。


「それもちゃんと分かってるよイヴ。だからこそ俺だって早くドラドムートから神器を受け取らないと」

「あ、いたいた。あそこの“樹”にドラドムートが眠ってる」


 ハクがそう言いながら指差す先。そこにはこの世界樹エデンの最も頂上で、俺達が平気で乗れる程に密集して密度が高くなっている草木で出来た地面から、更に俺の背丈より少し高いぐらいの1本の樹が生えていた。


「まさかこの樹に……?」

「うん。間違いなくここにいるわ。ドラドムートが」


 白く真っ直ぐ伸びている幹。そこに生える葉からは淡い輝きが発せられている。頂上の景色も然ることながら、この樹1本だけでも神秘的なオーラを醸し出していた。


「じゃあさっさと呼び出すかね奴を」

「そうね」


 ハクとイヴはそう言うと2人共樹の幹に両手を当て、ゆっくりと魔力を注ぎ始める。ハク達が魔力を注ぎ込んだ事により、淡く光っていた樹の輝きがどんどんと強くなっていく。更に樹からは次々に蕾が生まれ花を開かせる。しかもその花達はまるで時の流れが樹だけに進んでいるかの如く、咲いては直ぐに枯れていってしまっていた。


「おいおい、何か花が枯れてどんどん落ちてるけど大丈夫なのか?」


珍し過ぎる光景を前に俺とエミリアとフーリンはただただ見ている事しか出来なかったが、ハク達はそれでも樹に魔力を注ぎ続ける。


 咲いた無数の花が全て枯れて下に落ちたと同時に真っ直ぐ伸びていた白い幹にヒビが入り樹が真っ二つ割れると、突如割れた樹の間から神々しい光が勢いよく天を駆け上がっていった。そして次の瞬間、硝子の様な美しい両翼を日で煌めかせ、全身漆黒の鱗で覆われた強大な“黒龍”が俺達の前に現れたのだった――。 







「実に数百年振りであるな。シシガミ、イヴよ――」

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