第36話 勇者ゼクトのやり直し③ 役立たずな奴隷
「それではゼクト様、少し血を分けて頂けませんか?」
そう言って奴隷商人は俺にナイフと小皿を差し出してきた。
俺はそのナイフで指先を切り、小皿に血を落とした。
それを受け取ると奴隷商人はその血にインクの様な物を混ぜて、筆で紋様を俺が買った奴隷のお尻の上の部分に書いていった。
よく考えたら、俺は此奴の名前聞いてなかったな。
暫くするとインクが光り輝き、どうやら契約が終わったようだ。
「無事契約が終わりました」
俺は奴隷商人にお礼を言ってお金を払った。
ふと気になって奴隷の少女に名前を聞いた。
「そういえば、名前を聞いていなかったな、教えてくれるか?」
「今更…私に名前なんてないわ」
名前が無い…なんでだ?
「ゼクト様…お話したとおり、この奴隷は半魔扱いでした。ですから家畜以下の扱いでしたので名前などありません。そう言えばこの容姿なので連れ歩くなら首輪が必要だと思います。今回は言い忘れたのでサービスしますよ」
名前が無いのは不便だな。
色が白いから…マシロ、雪みたいに白いからスノウ…色々考えるがやはり安直な気がする。
名前は一生付き纏う事になるからな。
色々考えて、俺は『ルナ』という名前に決めようと思った。
確か、セレスから聞いた話では、どこかの国で月という意味だそうだ。
どこか儚げな感じの此奴には似合いそうだな。
「それじゃ、お前の名前は『ルナ』だ、異国では月の事をそうだ」
「ルナ…それが私の名前…そう…ありがとう」
なんだか、少しだけ口元が緩んだ気がしたが、多分気のせいだろう。
「それじゃ、その名前で首輪を作らせて頂きます。この首輪をつけていれば、街中でも問題ありません」
「そうか…世話になった」
俺はルナを連れて、奴隷商を後にした。
◆◆◆
「ふんふんふふ~ん」
何だか随分ご機嫌そうに鼻歌を歌っているな。
「なんだか、随分ご機嫌そうだな」
「だって、私誰かに物なんて貰った事ないもの」
そう言ってルナは嬉しそうに自分の首輪を指さした。
普通の人間なら嫌がる指輪を…
はぁ~此奴本当に不憫だな。
靴も履いて無いし服なんかボロキレも良い所じゃ無いか。
しかもガリガリに痩せている。
仕方ねーな。
古着屋にきた。
「おい、ルナ…好きな服3着と必要な物を選べ、買ってやるから」
ルナは驚いた様な顔で俺を見ている。
「解らないわ」
「解らないじゃ無い、欲しい物を選んで買って良いんだ」
「服なんて買って貰った事ないわ! だから解らない」
そうか…確かにそうだな。
仕方が無い。
「おばさん、悪いがこの子に似合いそうな服3着と靴…あと必要な物を見繕って」
「…あいよ、解った」
今一瞬嫌な顔をしたな…まぁ商売だからちゃんと言い直したか。
必要と思われる服や下着等を袋に入れてきた。
流石に下着や靴は新品だ。
「あいよ、これで銀貨1枚だ」
「ありがとう…」
「どう致しまして…」
「ほらよ!」
「なに!これ?!」
「お前の服だ!靴は今すぐ履けよ…足痛いだろう」
「私の? 本当に貰って良いの?」
「俺が女物の服なんて着ないだろうが、それはお前のだ!とっと持てよ」
「ありがとう…」
「そんな物何時でも買ってやるから…ほら行くぞ」
「うん」
嬉しそうに袋抱えて、全部で銀貨1枚の安物だぞ!
『銀貨1枚の安物』いつから俺はそんな事言うようになったんだ。
村にいる時なら大金だった筈だ。
「どうでも良いが、そんな風に抱えていたら転ぶぞ」
「転んでも良いわよ」
馬鹿だな此奴…本当に転びやがった。
「大丈夫か?!」
「ええっ…だけどお腹すいたわ」
「お前、ふざけるなよ…まだ、何もしてないのに飯だと」
とは言え、真面に売れない奴隷だ、碌な物を食べさせて貰えなかったのだろうな…
「仕方ねーな、お前何が食いたいんだ」
「解らないわ…私奴隷商の時は水みたいなスープしか飲めなかったし、その前は豚と一緒に残飯食べていたから…」
随分と酷い話だ。
ジムナ村じゃありえない。
「そうか、それじゃこれで良いか?」
すぐ傍の屋台で串焼きを3本買った。
「ほらよ…これで良いか?」
俺は串焼き2本をルナに渡して1本を自分でかじり始めた。
「これ、食べて良いの?」
「ああっ…とっと食え…その代り宿についたら働いて貰うからな」
「解ったわ…あむっ、美味しい」
屋台の串焼きだ…美味くも不味くもねぇよ。
「それ食ったら行くぞ、飯も服もやったんだから…しっかり働いて貰うからな」
「解ったわ」
此奴と居るとなんだか調子が狂うな。
◆◆◆
宿に着くと…ルナの汚さが良く解る。
「お前…汚いから風呂入れよ」
「お風呂? なにそれ解らない」
ルナは本当に感情が薄いな。
それに風呂が解らないってなんだよ。
「お前、風呂が解らないってなんだよ!」
「解らない」
「それじゃお前は体が汚くなったらどうしていたんだ」
「水浴びか…豚と一緒に洗われていたわ」
仕方ねーな…ハァ~
しょうがないな…俺が洗ってやるしかねーのか。
「しょうがない…俺が洗ってやるよ」
「解ったわ…洗って…」
まぁ、大昔に村でチビを洗ってやったことはあるけどな…
なんで元勇者の俺がこんな事しなくちゃならねーんだよ。
「どうだ、痒い所は有るか?」
「べつに無い…寧ろ気持ちよいわ」
「そうか、なら良かった」
どうにか綺麗になったな。
しかし、本当に痩せている、本当に大丈夫か?
しかし…本当に汚ねーな…虫まで居るじゃないか?
はぁ~どうにか綺麗になったな。
「ほら、終わったぞ、拭いてやるから、その後は下着きて服を着ろよ」
「解ったわ…だけど下着ってどうやってつけるの?」
それも解んねーのか…
まだ女経験の無い俺が裸の女に下着を着せるなんて思わなかったぞ。
「これで良い…自分で今度からは着るんだぞ」
「解ったわ…その、ありがとう」
「ああっ、少しずつで良いからこれから覚えていってくれ…所でルナは何か出来る事はあるか?」
「豚や家畜の世話はできるわ」
「他には?」
「ないわ…だって私豚小屋から出た事ないもの…後は罵倒されたり殴られたり、蹴られたり…それしかした事がないもの」
「まじか?」
「ええ、本当よ」
その割に言葉は普通に話せるのは何故だ。
今はまだ良いか…
こんな奴に家事をやれと言っても出来る訳ないな。
仕方が無い…
「明日から、家事を教えるから覚えてくれ…特に掃除をな」
「解ったわ」
なんでこうなったんだ…寧ろ、不便になった気がする。
なんで俺が…
一瞬、お人よしのセレスの顔が浮かんだ。
まぁ良い、頭が痛いから今日は寝よう。
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