第25話 【閑話】 ある猟師の伝説 ~旧題:リリ勇者と一緒に行かないで~



この物語はこの物語が始まる遥か昔の物語。



剛腕のマモン…別の名は勇者殺し。


そいつと敵対して勝利した者など存在しない。


もし、敵に回したら、勇者すら勝てない。


正に人類にとって最凶の相手…


だが、そんなマモンにただ一人、立ち向かい、怪我を負わせた男がいた。


それが『ルディ』だ。


これはそう…ただ一人マモンに戦い死んでいった名も無き猟師の物語だ。


◆◆◆


 僕の名前はルディ…普通の村の村人の息子に産まれた。


僕には、可愛いい幼馴染がいる。


彼女の名前はリリ、凄く可愛い女の子。


僕には本当に、勿体ない女の子だ。


小さい頃から一緒にいて、僕たちはまだ子供なのに将来は結婚するのかな。


そう思っていた。


少し前までは、本当にそうだった。


だが今の僕は、彼女との結婚は諦めている。


僕と彼女は絶対に結ばれることは無い


それは運命によって決まってしまっていたからだ。


◆◆◆


10歳の誕生日に僕は昔の記憶を取り戻した。


昔の僕は日本という国でライトノベルが好きな只の中学生だった。


僕は気が付いてしまったんだ。


此処が「白銀の勇者」という物語の世界だという事を。


その物語の中で、リリはヒロインで将来、聖女になる。


僕は、猟師になって、勇者にリリを寝取られる役だ。


物語通りに話が進めば、僕とリリは婚約をする。


だが、その後にこの村から聖女が誕生するという女神の神託が降りる。


その後、迎えに来た勇者と共にリリは旅立つ。


旅が終わった後、僕は振られて、裏切られて、勇者とリリは結婚する。


そして、勇者に嫌われる事を危惧した村民に僕は、財産を奪われ追い出される。


そんな物語だ。


この記憶を取り戻した時は涙が止まらなかった。


僕は前世の記憶を取り戻しても、女々しい事にリリが好きだった。


近くにいれば居るほど手が届かないもどかしさに包まれた。


『勇者さえ死ねば』『殺せないか』何度、そう考えたか解らない、だがそんな事をしたら世界が終わってしまう。


いっそうの事、リリを殺して死のうか…そう考えた事もあったけど出来なかった。


リリの笑顔を見たら、何も出来なかった。


『畜生!』


だから、諦めるしかないんだ、最近、ようやくそう思えるようになった。


リリが好きで好きで仕方ない...だけど、絶対に結ばれることは無い。


それがこの物語。


勇者が魔王を倒して帰ってきた時にはもうリリも僕も24歳だった。


この世界は、前の世界と違い、24歳と言えば子供の2人もいるのが当たり前の世界だ。


それから、結婚相手を探すのは至難の業だし、勇者を恐れた村人に村を追い出された僕は…最後は1人寂しくスラムで死んだ。


ハーレムで暮らしている勇者とは大違いだな。


結局、僕はリリを諦める事にした。


リリが聖女になって、勇者が迎えに来る時まで笑って過ごそう、そう思っていた。


だが、前世の記憶ではヒロインの名前はリリではなく、リリアだった記憶が曖昧だ…もしかしたら違うのかも知れない。


もしかしたら、リリと違う女性かも知れない。


だから、僕は思ったんだ…もしリリが聖女に選ばれたら、黙って村を出て行けば良い…違ったらこのまま村人として過ごせば良い。


幸い、僕が得られたジョブは物語では猟師だった。


村人や農夫じゃない、だから他の土地でも生きていける。


リリが悪い訳じゃない『そういう運命の物語』それだけだ。


二人が14歳になるまで、楽しく生活すれば良いじゃないか?


こんな可愛い子が一時とは言え、僕を好きになって傍に居てくれるんだ。


それで良いじゃないか?


幸せだろう…そう考えれば良い。


僕は12歳になった時にリリから結婚を申し込まれた。


これは、ぼかして誤魔化すつもりだったが駄目だった。


結局、リリの笑顔に負けて、僕は受けいれてしまった。


これが、もしかしたら物語補正なのかも知れない。


物語のヒロインのリリと寝取られ役の僕は...何があっても勇者に寝取られるまでは別れられないのかも知れない。


2人の歳が14歳になった。


ますますリリは綺麗になった。


あと半年で僕やリリは大人になる。


そして、その時に、僕は猟師のジョブを貰い、リリは聖女のジョブを貰う。


もう半年、そこでお別れだ。


大好きだけど…好きだけど…今は愛してくれているけど裏切る女。


こんなに大好きなのに…愛してくれているのに…不幸しかない未来。


いよいよ、明日が成人の儀式、ジョブを貰う日だ。


明日儀式でリリは聖女になる。


そして僕は猟師になる。


そして一週間後には、彼女は勇者と旅立ちもう僕の元には帰ってこない。


僕の初恋は実った。


もういい、僕は信じられない程幸せだった。


それだけで良いんじゃないかな…少なくとも前世も含んでこんな幸せな時を過ごしたことは無い。


明日は、精一杯祝福しよう。


そして、勇者とリリが旅立つ時には、精一杯笑顔で送ろう…僕はちゃんと笑えるかな?


その後は旅にでも出ようかな…そうしよう。


僕は、幸せだった。


なのに、さっきから何で涙が止まらないんだろう。


幸せなのに、こんなに幸せなのに…なんでだ。


僕は井戸で顔を洗った。



リリ…思い出をありがとう…本当にありがとう…愛しているよ


◆◆◆


そして成人の儀式の朝になった。


「どうしたの?ルディ、眠れなかったの?」


「うん、眠れなくて…」


「お互い良いジョブが欲しいね」


君は大丈夫だよ…聖女のジョブを貰うからね


泣きたいのを我慢して笑顔を作った。


この一週間がリリと過ごす最後の一週間だからだ。


「ルディは何のジョブが欲しいのかな?」


「そうだな、猟師が良いな…生活に困らないし身も守れるし」


猟師、確定だけどね。


「そうか~私もルディと離れたくないからお針子とか機織り娘とかが良いな」


「そうだね、お互い希望のジョブだと良いね」


◆◆◆


やはり、僕のジョブは猟師だった。


「良かったね!ルディ希望のジョブで」


「うん、ありがとう…」


「元気ないね、ルディ、あっもしかして騎士や冒険者に憧れていたとか?」


笑顔でいなきゃ...リリの笑顔を壊したくない。


「うん、ジョブなんて実は何でも良いんだ…リリと一緒に居られさえすればね」


「そうなんだ、何だか照れちゃうよ…ありがとう!」


いよいよ、リリの番だ。


僕の時と同じように近隣からきた5人と一緒にリリが並ぶ。


神官様から紙を貰い神官の杖に合わせて祈りを捧げる。


すると、紙に自分のジョブが出てくる。


普通、それだけだが、僕が読んだ本ではリリの時は天使が降りて来た。


やっぱり!


周りの人は嬉しさで興奮しているけど…僕にとっては悪夢だ。


天使が降りてきて…真っすぐにリリの方に向かった。


リリ、幸せにね…


天使はリリの前に手をだすと優しくリリを抱きしめた。


そして、暫くすると帰っていった。


◆◆◆


「これは凄い、何とリリ、いやリリ様のジョブは聖女だ」


「えっ聖女って」


リリは戸惑いのなか、司祭や他の皆んなに囲まれていた。


僕の初恋はこれで終わった。


次の日にはリリの両親から僕に正式に婚約を断る話がきた。


仕方ない…僕に家族が居ないのはついている、泣く事も出来るし、何時でも好きな時に旅立てる。


大丈夫、もう気持ちは決まった。


1週間がたち勇者達がリリを迎えに来た。


直ぐに旅立つと思ったが、勇者達は直ぐに旅立たなかった。


数日後、リリと勇者の逢瀬も見てしまった。


流石に落ち込んだ。


リリから直接、別れ話が出た、「もう聞いているから」静かに答えて涙を我慢して後にした。


優しい顔で勇者を見ていた。


僕の見ている前で、流石にリリから勇者にキスした時には泣きそうになったが…知っていた事だ。


これから彼らは過酷な旅の末に魔王を倒すんだよな…諦めるしかない…



「しかし、勇者ケイン様はかっこ良いわね」


「流石、勇者ケイン、僕も大きくなったらあんな風になるんだ」


勇者ケイン? おかしい、僕が知っている勇者の名前とは違う。


何かが可笑しい…何が可笑しいんだ、僕の記憶にある「白銀の勇者」の勇者はその名の通りプラチナブランドの髪をしていた。


なのに、あの勇者は茶髪だ…可笑しい。


思い出した、思い出してしまった…この世界はまだ、物語の勇者が現れる前の世界だ。


勇者ケインは慢心して、魔王はおろか四天王にも勝てずに殺される。



物語の勇者ジェイクなら、リリを任せて良かった...だけど、勇者ケインじゃ任せられない。



僕はリリに縋った、惨めでも何でも良い。


リリが生きているならそれで良い。


「リリ、君が旅立たないでくれるなら何でもする…だから行かないでくれ」


「ねぇ、ルディ、貴方は何を言っているの? 勇者や私が戦わないと世界が困るのよ!」


「戦いなら他の勇者や騎士団に任せれば良いじゃないか? ここで暮らしてくれないか、お願いだ、頼むよ、お願いだ」


僕は必死に頭を下げた…プライドなんてどうでも良い。


「他の勇者なんて居ないじゃない、それに私はケインを愛しているわ…私が愛してるのは勇者ケイン…貴方じゃない」


「僕を愛してくれなくても構わない…だから行かないでくれ」


「はぁ?見苦しわよ、ルディ、本当に見損なった、何で貴方が好きだったかも、もうわからないわ、目の前から消えてくれる」


「何でもするから、お願いだから行かないでくれ」


そこに勇者ケインがやってきた。


「男として最低だな、お前はリリに相応しくない、消えろ!」


「頼むから、リリを巻き込まないでくれ」


「消えろって言っただろうが…いい加減にしろ」



「私の思い出迄、壊して貴方は何がしたかったの? 本当に馬鹿みたい!もう顔も見たくない」


「未練がましい男だな、流石に腹がたったよ!」


勇者ケインは僕を殴りつけた。


「ただの猟師のくせに、難癖付けるから…そうなるのよ? もう話し掛けないで、もう顔も見たくないわ!」


「全く、本当に最低の男だな…見苦しい」


「リリ…行かないで…」


勇者に殴られた僕は気を失った。


僕が目を覚ましたのはそれから2日後だった。


すでに、勇者とリリは旅立った後だった。



村の皆んなは、恋人だったリリを失った僕に優しかった。


その事が、僕がやはり正しかった事を思い知らされた。


もし、これが正しい話なら僕は村人に嫌われたはずだから…


だから、これは「白銀の勇者」の前の話だ。


だから、彼らは死んでしまう。


「リリ…」


僕の知っている物語で勇者ケインは殺されていた。


それは数行の話だ…案外リリは生き延びたかも知れない。


だが、それは違っていた。


それから3か月が過ぎた。


勇者ケインの死とリリの死が伝わってきた。


魔王四天王の一人「剛腕のマモン」相手に戦い殺された。


その死はすさまじく、ケインは手足と頭を潰された状態で、リリは顔半分が焼かれて、裸に剥かれた状態で手足が引きちぎられ、城壁に鎖で吊るされていたそうだ。


だから僕は止めたんだ。


僕を捨てた女の事なんか忘れろ…何回も思った…だが忘れられない。


気が付くと僕は魔物ばかり狩っていた。


猟師で強くなりたいなら魔物を狩れば良い、通常の動物を狩らずに魔物を狩れば猟師でも強くなれる。


狂った様に狩って狩って狩りまくった。


月日がたち、いつの間にか僕という言葉使いが俺に変わった。


片目はブラックベアーと戦い潰された…だが魔道具の目を入れたから見える。


シルバーフォングの群れを倒した時に片足は無くした…だが、高いお金を払ってミスリルの義足にしたからより強くなった。


俺は何をしているんだ…女々しいな。


ギルドにお金を払い「剛腕のマモン」の情報を探して貰った。


そして、剛腕のマモンが城塞都市ギルメドを襲う情報を掴んだ。


ギルメドは高い城塞に囲まれている、そして強力な騎士団とゴーレムを使う魔術師が居るので有名だ。


流石のマモンとてただでは済まないだろう。


俺は、ギルメドの近くの森に陣取った。


悪いな、俺は勇者じゃない…だから助けには入らない。


如何にマモンといえど、都市の一つも潰した後なら怪我くらいするだろう…そこを叩く。


こいつは、自分の強さに自信を持っている、だから他の四天王の様に部隊では動かない…いつも一人だ。


だからこそのチャンスだ。


自分の復讐の為に、城塞都市は見捨てる…少しで良いマモンを消耗させてくれ。


マモンは情報通り、ギルメドを襲った。


城塞都市から悲鳴がこの森まで聞こえてきた。


勘弁してくれ…俺もきっと死ぬ。


どの位、時間が経ったのだろうか…マモンが出て来た。


無傷だと!


だが、行くしかない、今を逃したらもうマモンと戦う機会は無いだろう。


「魔王四天王のマモンだな! 決闘を申し込む!」


「ほう、人間の分際で我に決闘とは、面白い受けてやる…」


その瞬間、俺は猟銃をぶっ放した…俺の猟銃から出た弾がマモンの右目を潰した。


この弾は、魔族や魔物に有効な銀の弾を多額な報酬を払い教皇に直に清めて貰ったものだ。


それに猟師の最高スキル「必中」を使い打ち出した、如何にマモンでも目位なら潰せる筈だ。


卑怯だと言うなよ、虫けらが強者に挑むんだ…これ位はしないとただ死ぬだけだ。


「貴様…まだ、名乗りも済ます前に攻撃してくるとは卑怯だぞ…残酷に殺してやる!」


マモンが襲い掛かってきた。


俺は咄嗟に猟銃を前に構えて受けたが、その猟銃ごとマモンは俺の右手を掴み引き千切った


「もう、お前の武器は無い!ただ、我に殺されるだけだな、この目の代償は大きい…いたぶって殺してやる楽に死ねると思うなよ!」


「ふっ、やれるものならやってみな! 口だけ魔族が」


俺は何をやっているんだ…自分を捨てた女なんかの為に…あらかじめ、麻酔草を使ったポーションを大量に飲んで居なければ気を失っていたな。


マモンは俺の頭を潰そうとしてきた。


俺は残った左手で腰のハンマーを抜いてマモンの角に振り落とした。


角は魔族の象徴であり、力の源だ。


「わはははは、魔族の角がそんな簡単に折れると思ったか? お前如きの力で折れる訳など無いわ」


「そうか…だがお前の頭の角は折れているが?お前は魔族で無いのか?」


確かにマモンの言う通りだ、魔族の角など聖剣でも使わなければ折れないだろう。


俺は猟師だ!聖剣等手に入らないし使えない、だから探した、聖剣に勝る武器を…そして見つけたのがこのハンマー『聖剣打ちのハンマー』だ。


このハンマーはドワーフの村の長が聖剣を鍛えるために使ったハンマーだ、最初『幾らお金を詰んでも売らない』と言われた。


だが、何回も足を運ぶうちに、何に使うのか聞かれた、俺が「マモンの頭に打ち込む」と言うと笑いながら譲ってくれた。


「貴様あぁぁぁー-、俺の角を、俺の力の象徴を良くも、許さん」


「いい加減にしてくれるか….さっさとかかって来い」


もう、俺にはなすすべも無い、突っ込んできたマモンはいとも簡単に俺の左手を千切った。


俺の左手はハンマーごと宙を舞っていた。


「両手が無いんじゃ何も出来ないな」


「そう思うならかかって来い!」


マモンはそのまま突っ込んできた…俺はミスリルの義足をそのまま併せて蹴りを入れた。


だが、ミスリルの義足はあっさり砕けて、俺のお腹からマモンの手が生えていた。


マモンは俺を暫く見つめると無言で立ち去った。


これが俺の精一杯だ、角を無くし、目も片方失った彼奴は最早、四天王では居られないだろう。


ただ、それだけだ、


全く、自分を愛してもくれなかった女の為に俺は何をしているんだ...


リリ、俺はお前の敵も討てなかった…情けないな。


俺の気持ちも知らないで、お前は天国でケインといちゃついて居るんだろうな…


本当に俺は…馬鹿だな。



『酷いよルディ…せっかく迎えに来てあげたのに』


そんな声が風に乗って聞こえて来たが、きっと、俺の…気のせいだ…



◆◆◆


彼の死に様を隠れて見ていた少年が居た。


絶対強者の「剛腕のマモン」に真っ向から立ち向かい、角と目を奪った人間がいた。


その姿に少年は物語の勇者を見た。


そして、その少年は何時しか、「彼の様に強くなりたい」そう思うようになった。


その少年の名はジェイクと言った。



※ゼクトの生きた時代より昔です…その為、世界観が少し違います。


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