Dear Friends

 観測史上最も気温が高い一日。今日は全国的にそう呼ばれているらしい。

 どちらかと言えばインドア派である俺からすれば、そんな時にわざわざ外出するのも馬鹿らしいと感じてしまう。もう少し涼しくなってから外出した方が絶対にいい。

 しかし今日は咲花の家で誕生日会が開催されるとのことで、是非来いと招待されている。

 俺と咲花だけなら平気でドタキャンする橘花も、咲花の弟妹が絡んでいると話は変わってくる。俺もそうだが、橘花も彼らには異様に懐かれているため、期待を裏切るわけにもいかないのだ。

 そんなわけで現在。みんみんと騒がしい蝉時雨のなか、日傘を差して歩く橘花は直射日光を避けてなお、どろどろに溶けたアイスクリームみたいな顔をしていた。例の如く荷物は俺が持たされている。

「ねえ、なんでこんなに毎日毎日暑いの?おかしくない?」

「おかしくはないだろ」

 おかしいのはお前の顔だと言ってやりたかったが、この炎天下で喧嘩すると確実にどちらか死ぬ。高確率で橘花が亡き者になる。友人の誕生日が友人の命日になるのは本意ではない。

「そういう季節だ。諦めろ」

「それにしても度が過ぎてるよ今年の夏」

「そんなん俺に言われても困る。文句があるなら地球に言え」

「暑いなら地球よりも太陽に言った方がいいでしょ。馬鹿なの?」

「ひっぱたくぞお前」

 お互いにゾンビさながらの足取りだが、揃って舌だけはよく回る。しかし、今はそれさえも体力の浪費にしか思えない。今日はもう、暑いとかじゃない、熱い。燃えてるのと変わらん。

「不毛だから今日は喧嘩やめとこ……?」

「そうだな……」

 同じ結論に至ったらしい橘花が停戦交渉を申し出てくる。一もなく二もなく合意せざるを得ない。何もかも命には代えられない。

「これ、間に合うかな」

「普通に無理」

「だよねえ……」

 どちらともなく溜め息が漏れる。

 十字路に差し掛かったところ、右手に見えたのはやや寂れた喫茶店。真っ直ぐ進めば咲花の家。

「ねえ花霞、一回諦めて休憩しよう?」

「……そうだな」

 すまん咲花、と晴れ渡る空に友の顔を浮かべ謝罪。遅刻するよ、本当にごめん。でもこのままだと俺たち死んじゃうから。お前ならわかってくれるよな。

 店内はエアコンが吐き出す冷風で満たされていて、すっかり熱された俺たちの身体を急速に冷却してくれた。

 適当にコーヒーと紅茶(当然だが冷たいやつ)を注文して窓際の席に座ると、橘花はテーブルに突っ伏して「生き返るぜ」と呟いた。

「咲花はなんて?」

「『今日暑いもんな』ってさ」

 遅れることを手早く連絡すれば五秒くらいで返事が来た。『暑いなんてもんじゃない、熱いんだ今日は』と適当に返す合間に『迎え行くわ〜』とのこと。

「迎えに来てくれるらしい」

「なんか悪いね、今日の主役なのに」

「いい奴だよな」

「ほんとにね」

 咲花の運動能力と距離から概算すれば、たぶん十分くらいだろうか。小休止にはちょうどいい塩梅だ。

「花霞はプレゼント、何にしたの?」

 運ばれてきた紅茶を口にしながら、橘花は言った。

「ペンケースとボールペン。あと大量の焼き菓子」

「……私もお菓子持ってきちゃったな」

「菓子類ならいくらあっても困らないだろ」

「みんなたくさん食べるもんねえ」

 咲花の弟妹は揃いも揃って健啖家だ。育ち盛りということもあるだろうが、おそらくは同世代の平均よりも遥かに食べる。

 長女の菫は年頃だからか遠慮がちだが、それでも橘花の倍以上は食べるように思う。それ故か、まだ中学生なのに橘花よりも十センチくらい身長が高い。並んであるけば橘花の方が子どもっぽく見える。事情を知らない人にどちらが年上だと思うかと問えば、確実に菫の方だと答えるだろう。

 そんな菫は橘花のことを甚く気に入っており、お姉ちゃんと呼び慕っている。橘花も満更ではないようで、菫のことを本当の妹のように可愛がっている。「かわいい妹って夢だよね」と頬を緩める橘花は印象的だった。

「橘花は?」

「んー?」

「プレゼント」

「財布。咲花の、そろそろやばかったから」

「ああ……」

 咲花は物持ちが良く、大抵の物を致命的に破損するまで使い込む。あの財布は俺の記憶が確かならば出会った当初から使っている。そろそろ買い替えてもいい時期だろう。

「咲花って自分のためにお金使わないじゃん」

 咲花は普段からアルバイトをしているが、その給料のほとんどは家計──具体的には弟妹たち関連の雑費に回ることが多いと聞く。当然だが本人からの伝聞ではなく、菫からのタレコミである。

「花霞とは違って優しいし、花霞とは違ってかっこいいし花霞とは違って本当にいい奴なんだけど」

「いちいち俺を貶めるのをやめろ」

 事実は時として人を傷つけることを知らんわけではないだろう。

「もう少しさ、自分のことも考えてほしいよね」

「……そうだな」

 自らを蔑ろにしているというほどではないにしても、一般の高校生と比較しても些か以上に欲に欠けているところは否めない。

 しかして他人のためならあれこれと気を配るし、橘花や俺、家族を喜ばせるためなら何でもしてくれそうな気もする。咲花はそういう男だ。

 であれば、周囲の人間も咲花に対して礼を尽くそうとなるのは当然だろう。返報性と言ってしまえばそれまでだが、咲花がいい奴だから、より一層お返しをしたくなる。

 カランコロン、とドアベルを鳴らして入店してきたのは本日の主役。俺と目が合うと、屈託なく爽やかな笑顔をこちらへ向けてくる。

 さて、気恥ずかしいから決して口には出してやらないが、俺はいつも咲花に感謝しているのだ。

 中学時代から何度も、咲花には助けられている。口下手な俺と周囲の人間とを上手く取り持ってくれたのはいつだって咲花だった。

 高校に入ってからも、俺と橘花だけだったら絶対にどこかで致命的に仲違いをしている。俺たちが遠慮なく馬鹿みたいに口喧嘩できるのは、笑って受け流してくれる度量が大きい咲花がいるからだ。

 そんな友人へと、今日くらいは一時の羞恥心など意に介さず、素直に伝えておくのもいいだろう。

 いつもありがとう、と。

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四季織々 名々詩 @echo

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