夏 その3

 八月三十一日、午後三時過ぎ。多くの学生たちにとって、一年を通してもっとも長い休暇である夏休み。その最終日が今日である。

 長期休暇の最終日ともなれば、様子のおかしな奴も現れてくる。

「もう夏休み終わるんだけど」

 何故かわからないがキレ気味でそんなことを言った橘花に、咲花は「そうだなあ」と返し、俺は無視して本を読み続ける。

「高二の夏終わるんだけど。ねえ」

 さらに続けて、今度は俺に向かって枕を投擲。顔面にぼすんと直撃した枕は力なく床に落ちる。何するんだこいつ。

「無視すんな、拗ねるぞ」

「何なんだお前」

「本なんか読んでないで私に構えって言ってんの」

 言ってねえだろ。

「今日の橘花素直だなー」

 やや剣呑とした雰囲気を緩和したのは咲花の発言だ。確かに、拗ねるとか構えとか、いつになく素直な物言いな気がする。

 そんな橘花はというと、咲花の言葉を受けて心底つまらなさそうに呟く。

「だって暇なんだもん」

「そんなん全員そうだろ」

 でなければそもそも、我が家に集ったりしない。三人寄ればなんとやらとは言うが、暇を持て余した奴らが寄ったところで特に発展性はあるまい。

「だから何するか考えようって話でしょ」

「そんな話してなかったろ」

「今したじゃん」

「…………」

「花霞ステイ。投げるなら枕にしとけ、本は危ない」

 咲花に宥められ、とりあえずは矛を納めるというか本を棚に納めて、一度深呼吸。というか溜め息。

「……で、結局橘花はどうしたいんだよ」

「なんか夏っぽくて楽しいことしたい」

 そんな曖昧な提案あるか。

「つってもなあ、昨日祭り行ったじゃん。あれかなり夏らしいイベントだっただろ」

「先週キャンプもしたしなあ…」

 実は今年の夏はイベント盛り沢山だったのだ。夏休み前から入念に予定を擦り合わせ、可能な限り全力で夏イベントに臨んでいた。

 そもそも、夏休みももう終わるという時期。夏らしいイベントは世間的にも一通り消化したのだ。

「その前は海も行ったよな」

「あー、まあ。……誰も海には入ってないけど」

「何しに行ったんだろうね、私たち」

 三人そろって「うーん」と唸る。

 ただ海に行って砂浜ににレジャーシートを敷いてビーチパラソルぶっ刺して、だらだら飲んだり食べたり喋ったりするだけの時間を過ごしたのだが、冷静に考えれば何だったのだろうか。

「でも楽しかったよな」

 咲花の言葉に橘花は「そうだねえ」と頷いている。俺も適当に相づちを打とうとしたところ。

「あっ」

 ふと、かなり夏っぽく、なおかつ今年はやっていないことを思い付く。あっちこっち行ったりすることをメインに考えていたのですっかり忘れていた。

「花霞?」

「どうした?」

 二人が不思議そうに俺へと視線を寄越す。

「花火。やってないよな」

「「あー」」

 橘花も咲花も、言われてみれば、といったふうなリアクション。全員名前に花がついてるのに、なぜ花火まで思考が及ばなかったのかは謎だが、とりあえず方針は決まりそうだ。

「それで決定だね。まだ花火売ってるかな」

「近くのホームセンターにあった気がする。咲花と行ってくるわ」

「なあ、うちの弟妹も呼んでいい?」

「うん、せっかくだし皆でやろうよ。出来そうなとこ調べとくね」

 一度決まってしまえばそこからは早い。俺と咲花が花火の調達、その間に橘花が場所の検討。ぐだぐたしがちだが、意外と役割分担は得意だ。

「よーし、じゃあ行ってこい野郎共」

 橘花の掛け声に適当に返事をして、咲花と揃って部屋を出る。

「楽しくなってきたな」

 本当に心から楽しそうに咲花が笑う。

「そうだな」

 家を出ると、もうすぐ夕方に差し掛かろうというのに、太陽は依然として意気軒昂である。まぶしい陽射し、焼けるような暑さ。

 この調子なら、夏はまだまだ終わらなさそうだ。







補足:時系列的には二年の夏。1と2は三年の夏。

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