夏 その2


「キャッチボールじゃ代わり映えしないし、昨日とは何か違うことしようよ」

 そう言った橘に、一も二もなく頷いた俺たちだったが、肝心の何をやるかはなかなか思い付かなかった。

 振り返ると、昨日はキャッチボールに飽きた橘花の要望でゲーセンへ行き、目的だったはずのプリクラはガン無視して「勝負だ、かかってこい野郎共」と意味のわからない挑発を繰り返す橘花を二人してエアホッケーでボコボコにして。その後「こっちなら負けないから」と格ゲーへと移行して、俺が橘花を完膚なきまでにねじ伏せ。「先にあのぬいぐるみ取った方が総合優勝だし」とクレーンゲームでは咲花が多種多様なぬいぐるみを乱獲して。

 結果的に半泣きで不機嫌になった橘花の機嫌を直すために二人でパフェを奢ったのが昨日の顛末になる。普段から橘花とは口喧嘩になりがちではあるが、昨日はさすがに度が過ぎたと反省している。

 それはそれとして今日の話だ。方針としては、若者らしく外に出て遊ぶというもので意見が一致し、屋外でやる遊びとはをテーマにブレインストーミングを行った。

 サッカー、バドミントン、テニス、フットサル、卓球、スカッシュ、ボウリング、ビリヤード、セパタクロー。後半になるにつれて屋内競技になっていることを指摘すると、咲花も橘花も目から鱗みたいな顔をした。

 ついでになんで球技ばっかりなのかと訪ねると今度は鳩が豆鉄砲食ったようなリアクションをされた。アホなのかこいつら。

 そんな感じで話は進んでいき。

 一度原点に帰ってみようということで、河原でキャッチボールをすることになった。


 × × ×


 橘花が放った白球は、俺が構えたグローブへとぽすんと収まる。さすがに二日目ともなると、球威はともかく一定の制球力は身に付くらしい。暴投も昨日程ではない。「致命的に持久力がないだけで、別に運動が苦手なわけではない」と、日頃から豪語しているのは事実のようだ。

「ナイスー」

「ほんとにナイスなのになんで自分で言っちゃうんだよ」

 言いながら投げたボールは咲花のグローブへーーと思いきや、上へ逸れて遥か後方へ。

「ちゃんと投げろ花霞ィ!」

「なんかデジャブだな」

「そうだね」

 昨日もこんな光景を見た気がするなあと、ボールを追いかける咲花を他人事のように見送る。まだ見送るだけ優しい。橘花なんか早々にその場へ座り込んで空を眺めている。

「咲花っていい奴だよね」

 倣って俺も休憩し始めた頃、恐らくは雲の流れを目で追っていたであろう橘花は、何の前触れもなくそう言った。

「私たちが適当に投げたボールを文句一つ言わずに取りに行ってくれるし」

「いや、俺は適当に投げてるわけじゃない」

「……取りに行ってくれるしー」

 強引に流された。ていうかこいつ適当に投げてたのか。ふざけんなよ。

「昨日もぬいぐるみいっぱい貰ったし」

「お前が泣くからだろ」

「泣かしたのは二人でしょ」

「いや…」

 最初に煽ってきたのはお前だろう、と口から出かかったが言わなかった。切りがないのでおとなしく引き下がる。

 言い返さなかった俺を一瞥して、橘花は続ける。

「学校の帰りとかも荷物持ってくれるし、あれだね、面倒見がいいって言うのかな」

「あー、それはそう。あいつ長男だし」

「五人兄妹って言ってたっけ」

「そうそう。一番下の弟が小学生になったばっかだよ」

「花霞は会ったことあるの?」

「何度かな。よくわからんけど、すげえもみくちゃにされる」

「あいつら花霞に懐いてるからなー」

 いつの間にか戻ってきていた咲花も会話に加わる。昨日と同様、かなりのスピードで走っていたがそれほど疲れている様子もない。

「懐かれてんのかあれ」

「桃子と翠は特にな。りんちゃん次いつ来るのって毎日聞かれる」

 恐らくは俺がりんちゃんと呼ばれている事実が面白かったのだろう。橘花が飲んでいた麦茶を吹き出した。汚い。

 そのまま膝を抱えて肩を震わせる。ふひひ、んふふと気色の悪い笑い方をする橘花を睨むが、顔を伏せているので効果はなさそうだ。

「りんちゃんって呼ぶなって言っとけ」

「何で?」

「りんちゃんって顔してねえだろ俺は」

「親しみやすくていいと思うけどなあ」

「そうだよりんちゃん。子どもたちが純粋な好意からりんちゃんって呼んでくれてるのにそんなふうに言ったら可哀想だよりんちゃん」

「お前りんちゃんって言いたいだけだろ」

 橘花がこんなに一息で喋るのも珍しい。余程りんちゃん呼びが気に入ったのだろう。新しい玩具を買ってもらった子どもみたいな喜びようだ。

 一頻り笑って気が済んだのか、橘花はおもむろに立ち上がる。

「せっかくだから咲花の家行こっか」

 全くこれっぽっちも気は済んでないらしい。たぶん今日一日はりんちゃんと呼ばれる俺を眺めてニヤニヤする気満々だ。

「いや、急に行くのはさすがに迷惑だろ」

「全然いいぞ。みんな遊び相手が出来て喜ぶし」

「だってさ」

「…………」

 押し黙る俺を見て観念したと察したらしく、橘花はにっこり笑って我先にと歩き出す。ほんといい性格してるなこいつ。

「いやー、マジ助かるわ。母さんにみんなの宿題みてやれって言われててさ」

「それが目的だろお前」

「花霞と橘花いた方が早いし確実だろ」

「そりゃそうだけど……。……いや、まさかお前、小中学生の宿題がわからないとか言わないよな?」

「理科って難しくね?」

「…………」

 目の前でへらへら笑う友人に、久方ぶりに心底呆れた。

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