婚約破棄はこちらとしても歓迎したい案件ですので、承ります。
女神ヴァールがアウレリアに変身しなかったバージョンです。
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「アウレリア・クルーガー公爵令嬢、お前はここにいるティアナ・ハーマン男爵令嬢に対し、執拗に嫌がらせを行っただけで無く、階段から突き落とすなどしてティアナ嬢に何度も危害を加えた。醜い心を持つお前は未来の王太子妃に相応しくない! よって、私はお前との婚約を破棄する!」
ミヒャエリス国の貴族子女が通う学園の卒業パーティーの最中に、第一王子オスワルドが彼の隣にいるティアナ・ハーマンに対して公爵令嬢アウレリア・クルーガーが行ったとされる『悪事』を言挙げし、アウレリア・クルーガーに婚約破棄を告げた直後の事。
「婚約破棄はこちらとしても歓迎したい案件ですので、承ります。仔細は後程という事で宜しいでしょうか」
「あ、ああ」
若干食い気味のアウレリアの態度に、思ったのと違うと言いたげな表情のオスワルド。
アウレリアはそれに構わず続ける。
「ハーマン様の件ですが、事実無根ですとしか言えませんわ。
その頃のティアナはまだオスワルドと交際していなかったが、婚約者がいる男子生徒との距離が適切ではなかったティアナに対し、生徒会に苦情が何件も来ていた。学園を通さず、ハーマン男爵家の方に直接抗議をした家もあったという話も聞いている。
当時のアウレリアは生徒会の役員の職務の一環で他の役員と共に注意しに行き、婚約者がいる方との過度な接触は避けるべきだと窘めたが、ティアナには「同級生と仲良くしたらいけないんですか?」と返された。
アウレリアが窘めに行く以前に、ティアナに注意したであろう令嬢令息はいただろうに、当のティアナは己が言動を改めず意に介さない。
瞬間、アウレリアはこの人には何を言っても無駄だと察した。
同じ言語を使っていても、
それ以降アウレリアはティアナには近付かないでおこうと個人的に思ったので、極力接触しないようにしていたのだが、その判断は正解だったと改めて感じる。
「嘘です! アウレリアさんは嘘を言っています!」
「ハーマン様、言いがかりはよして下さい。
事実を言ったに過ぎないのに、ティアナはアウレリアの言葉は嘘だと否定してきた。水掛け論になるのは目に見えていたので、アウレリアは内心嫌気を差しながらも言うべきことは言う。
「
断罪を全否定されたオスワルドはその気迫に飲まれ、先程アウレリアを断罪した時の勢いは見る影もない。ティアナの方も、女神の名に誓われて否定された事もあり口出しが出来なくなったようだ。
「先に言いましたように、婚約破棄は承ります。ですが、ハーマン様の身に起こったとされる嫌がらせ──というより、器物破損や傷害ですわね。学園内でそのような事が起こっているのに何故、然るべき機関の手に委ねて調査しなかったのですか?」
「っ、ティアナが話を大きくしたくないと言ったからだ」
「話を大きくしたくない? であれば何故、このような場で
アウレリアはオスワルドの言動にある矛盾を追及する。
分が悪いと悟ったのか、ティアナがそれに反論しようと口を開きかけるも、それよりも早く第三者の涼やかな声が響いた。
「我が名はヴァール。契約の女神であり、ミヒャエリス国の守護女神である。私はアウレリア・クルーガーの誓いを受け、アウレリア・クルーガーの潔白の証明に来た」
皆の視線が声の主へと注がれる。
その先に佇むのは、黒髪に黄金の瞳の威厳のある褐色の妙齢の女性だ。
鮮やかなオレンジ色の衣装が眩しく、女神ヴァールの神殿に祀られている女神像と寸分違わぬ姿のその女性を目にした皆は、慌てて女神ヴァールに向けて膝を折った。
「アウレリア・クルーガーの宣誓に偽り無し。アウレリアはその娘の私物を破損などしておらず、加害もしていない。であれば、他に加害者がいるという事になり、加害者が存在しない場合はその娘の狂言という事になる。──お前達は、この騒動をどう纏め着地させる気かしら?」
女神ヴァールの視線には、オスワルドとティアナがいた。最後の問いかけは二人に投げたものだろう。
アウレリアは潔白だと女神に言い切られたオスワルドは咄嗟に答えることができず、その傍らのティアナは顔色を悪くしていた。
「ミヒャエリス国第一王子オスワルド。お前は私の守護を戴く国の王族でありながら、契約の重要性を無視し、瑕疵のない婚約者に対し一方的とも言える婚約破棄を行なった。自分は不貞を行なっているのに、恋人に嫌がらせをしたという理由で婚約破棄するなんて言語道断だし、それ以前にお前がやったのは名誉毀損でしかない。アウレリアとの婚約が不服であったのなら、婚約を主導した国王ファビアンにまず婚約解消なり白紙を願い出るべきでは無いの? まずはそこからよね?」
女神ヴァールは、スタートラインがおかしいとオスワルドに指摘する。
「ファビアンへの意思表示と同時に、その娘との交際を許して貰う為の説得をするのが筋でしょう。それが為されていれば余計な係争は発生しなかったでしょうに、お前は段取りや根回しを軽く見てすっ飛ばした。オスワルド、お前のその言動はミヒャエリス国の次期王太子候補として不適格と言わざるを得ないわ」
女神ヴァールの言葉がオスワルドにグサグサと刺さり、ぐうの音も出ない。
その時、パーティー会場の出入り口が騒めき、物々しい気配がしたかと思えば、「国王陛下の御成です!」と衛士の声がホールに響いた。
国王ファビアンが近衛騎士を数人引き連れて来るのが見え、その後ろに国の重鎮が続くように会場入りした。
「ファビアン、いい所に来たわ。お前の息子、廃嫡なさい」
女神降臨の知らせを受けて駆けつけた国王は女神の前まで進み出て跪礼し、女神に挨拶の口上を述べる間もなく息子の廃嫡を女神から直々に告げられたので言葉を無くし──愕然と女神を見上げた。
「状況が飲み込めないようだから端的に言うわ。第一王子オスワルドは契約の女神ヴァールが守護する国の王族として契約を軽視し、瑕疵のない婚約者に対し濡れ衣を着せたばかりか公の場で婚約破棄した。内々に話し合えば済んだ話なのに、段階を飛ばしてお前の息子はやらかしてしまったの」
「何という事を……」
青い顔で呟くファビアンの様子を見て、オスワルドは自分が間違った事をしたとようやく悟ったようだ。
「ファビアン、お前も薄々はわかっていたのではないの?
女神ヴァールからの言葉を受けてしばらく無言だったファビアンは、女神ヴァールに向けて深く頭を下げると「我らが尊き女神ヴァール。貴女さまの裁定、承りました」と声を絞り出すようにして答えた。
立太子予定だった第一王子オスワルドの廃嫡が決まった事で、パーティー会場が水を打ったように静まり返る。
「祝いの場でこのような裁定を下す事になったのは残念だけど、本日卒業を迎えた若者たちの未来と門出に幸多き事を願って祝福を。卒業おめでとう」
女神ヴァールが
女神からの祝福で空気がガラリと変わり、ホールに歓声が沸く中、女神ヴァールは自身が現れてから一言も喋れない状態になっていたティアナの横へ瞬間移動すると、身体を少しかがめて耳打ちした。
「婚約破棄を突き付ける側にいるのは優越感で意気が高揚するから、癖になってしまったのかしら。公の場で王子に婚約破棄させれば婚約者が傷物になるから、自分が次の王太子妃になれるとでも思ったのでしょうけど、残念だったわね。
ティアナを挑発するように言いたい事だけ言うと、女神ヴァールは姿を消した。
女神ヴァールの動きを見ていた一部の人間を除いた者以外は、女神からの祝福に気を取られていたのでその女神がティアナを煽っていた事など露知らず。
「クソ女神、邪魔しやがって……!」
金縛り状態から解放されたティアナは、可憐な見た目とは裏腹な険しい表情で地を這うような低音で毒を吐いた。それを間近で目撃してしまったオスワルドが顔をひきつらせている事に、ティアナはまだ気付いていない。
女神の動向を静かに見守っていたファビアンは静かに立ち上がると、後ろに控えていた近衛隊長に耳打ちをして指示を出す。
承知したと言わんばかりにファビアンに目礼した近衛隊長は、サッと立ち上がると背後の部下の方へ回れ右をし、ハンドサインで指示した。それを受け、四人控えていた内の二人の近衛騎士が静かに動き出し──未だブツブツと毒を吐いているティアナの両脇へそっと忍び寄り、腰に携帯していた小型の電子銃で意識を奪いティアナを両側から支えて連行する。
それを間近で目撃したオスワルドは顔を青くするが、オスワルドにサッと近付いた近衛隊長が「暴れる危険があったので、拘束させていただきました」と穏やかな口調で説明し、残っていた近衛騎士の片方が「さ、殿下も今のうちに外へ行きましょう」と促した。オスワルドはそれに従い、出て行く。
ファビアンはそれを見送ってから、声を上げた。
「皆の卒業パーティーだというのに愚息が台無しにしてしまいすまない。だが、我らが守護女神ヴァールが祝福を下さったことは幸いである」
王の威厳を保ちつつも軽く頭を下げたファビアンの言葉に皆、恐縮しながらも
「卒業した皆、おめでとう。学生最後のパーティー、このまま楽しんでいってくれ」
そう告げると、ファビアンは踵を返して会場を後にした。その後ろに近衛隊長が付き、重鎮も後に続く。その列から一人だけ飛び出てきた父ルドルフの姿に、アウレリアは目を瞬かせる。
「アウレリア、大丈夫か」
「はい、お父様」
真っ直ぐアウレリアの前へ進み出てきたルドルフから気遣いの声をかけられて、アウレリアはにっこりと微笑んだ。
その様子を見てルドルフは少しほっとしたような表情をしたが、すぐに真顔になり距離を詰めてきた。内密な話だろうと察したアウレリアは、持っている扇を広げて二人の口元が見えないようにする。
「殿下がやらかしたから婚約は白紙で決定なのは間違いないが、女神ヴァールから直接廃嫡を突き付けられるとは思わなんだ」
「そうですね」
ルドルフに合わせてアウレリアは同意するように小声で返すが、そのやり取りをたまたま目にしてしまった者には、悪巧みをしているように見えたかもしれない。
「婚約関連の交渉は当然、手を抜いたりしないが、次の王太子がどう決まるかは未知数だ」
「順当にいけば、王弟殿下では?」
オスワルドが誕生するまでは王弟殿下が王太子だった。
世継ぎのオスワルドが生まれた事で、王弟殿下の王位継承権は繰り下がったものの、立太子する予定だったオスワルドの廃嫡が決まった現在、順位がまた戻って王位継承権第一位になる筈だ。
「さっき微妙な表情していたから蹴る可能性がある。緑化事業の件もあるしな」
「あらまぁ」
「これから緊急会議になる。どう転んでもおかしくは無いから覚悟は決めておけ」
「承知しました」
足早に去って行く父の後ろ姿を見送ったアウレリアはその時、帰宅した父に婚約破棄関連で相手有責100%で慰謝料がっぽりという報告の後に、「次の国王はお前に決まった」と告げられる事になるなど思うわけもなく。
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