第62話 9回裏 デウス・エクス・マキナ②
《青海視点》
*
試合開始前、球場のグラウンドにつながる薄暗い通路に両チームの選手たちが集まっている。前方で屋敷が泡坂と風祭に話しかけていた。「俺ら勝ったらステーキな」「「なんでだよ!」」青海高校の面々に気軽に話しかける屋敷の姿を見てOBであることを改めて認識する松濤高校の1年生たち。拳を掌にぶつける桜、泡坂を見つめる華頂、そして比叡は、後列の置鮎に1人呼びとめられていた。
「あんたが私になんの用?」
「おまえが俺と同じだからだよ、松濤高校1年比叡に対し青海大学付属高校3年置鮎、この俺が野球部を代表して謝らせてもらおう。このとおりだ。すまない」
そう言って置鮎は脱帽し、深々と頭を下げた。
否応なく場の注目が二人に集まる。
「ちょ、ちょっとなに!? あなたが私になにかしたっていうの?」
「一年前、君のコーチの不祥事で青海から君への推薦が取り消しになった。本来なら俺たちと一緒に戦っていたはずの君が松濤にいるのはそのためだろう?」
「……ええ、そうよ。私はその復讐にきている。あなたたちの上が私とコーチを理解してくれなかったから――」
「おまえは俺と一緒だ。いや、俺は男が好きだってわけじゃない」
慌てて否定する置鮎。
いぶかしげな顔を見せる比叡。
「俺は、その、なんていうか、意識してそうしたわけではないんだがな。年下の女を好きになってしまってな。高1のときだった。近所の幼馴染みたいな子で……そのとき彼女はまだ小5だった。あっ待って引かないで、行かないで……」
「ロリコン……」
「だって! 会うの久々だったから年齢なんてわかんなかったし! それに成長早くてけっこう背もデカかったから!」
周りからの白い目を気にしない置鮎。
「あんたから見たら99.9%の女は小柄でしょう?」
置鮎の身長は190㎝オーヴァー。
置鮎が示した少女の背丈は彼の肩ほどの高さだ。160㎝あるかないかといったところ。
「それでも弁解の余地はないでしょ? 学年きけばいい話なんだし」
「いやあるぜ。手は出してない(いい声)」
「それが……」
「彼女の家族の都合で一日だけちょっと家に預かることになって、そのときにいい雰囲気になってな(回想)」
「詳しく教えてこないでいいから」
「名前はロアって言うんだ」
「どうして私に話すの?」
「どうしても彼女とは離れ離れになりたくなかった。運命の女だ。おまえにならわかるだろう? 俺は彼女の存在を野球部の連中に打ち明けたんだ。1年目の9月だった。全国で初優勝して、それからすぐ秋の大会へむかうというタイミングで、補欠にすぎない俺が大不祥事となりかねない交際を発覚させた。退部だって考えたぜ。俺はその逃げ場のない状況からピッチャーとして覚醒し、春のセンバツにチームを導いた。少なくともその一助にはなったはずだ。それからの活躍はおまえも知っているんじゃないか」
渋々ながらうなずく比叡。
「それで?」
「年上との交際が認められなかったおまえと、年下との交際が認められた俺とでなにが違う? 俺は違わないと思う」
「環境の良し悪しなんて余人には計り知れないものよ。勝手に推測して私を……私とコーチを蔑まないで」
「そうとられてしまったら謝るよ比叡。俺は……ピッチャーとして戦力になれなかったら青海を辞め転校し別な学校で野球をやっていただろう。ロアとの交際を許してくれたみんな、それに堂埜監督の存在には本当に救われている。俺たちは『ファミリー』なんだ。俺たちは互いの弱い部分を知っている。おまえたちにそれはあるのか?」
「創立4ヶ月のチームにそんなのないわよ。まぁキャラ立っているばっかのチームだけどこれって言えるような物語はない。だからこれから創ることにした。私たちがあんたたちに勝つって物語を」
「……今日おまえと対戦することがあれば、全力で
*
2者連続3球三振。
このまま3者凡退にもっていけば良い流れで延長10回表の青海の攻撃に移れる。
置鮎の投球数は少ない。まして無尽蔵のスタミナだ(走りこみの量は青海一)。イニングの経過は松濤の味方をしない。この回で決めなければならないという意識は攻める松濤にあったのだが無意味だ。2番からの好打順も相手が全開の置鮎では勝ち目が薄い。
素振りをする比叡、バットの空気を切り裂く轟音に胸を高鳴らせる置鮎。
「おまえもこっち側なんだろ? 1年……」
「
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