第46話 6回裏 微動
《松濤視点》
ベンチにいる後輩たちの姿を見渡す。
俺は主人公じゃない。その事実は5回の第3打席ではっきりして露呈してしまった。
この試合の主役、この物語の主人公はここにいる誰か一人だ。
泡坂は好調で身体に痛みを様子もない。このままずっとマウンドに立っているだろう。
あのスーパーエースから点を奪う具体策はもう勢源にはない。俺の本塁打狙いという個人技は不発に終わった。おそらく第4打席においても成功する確率は極小だ。場面によっては今村が勝負を避けるかもしれない。
そんなことを夙夜にむかって話しかける。
「慎一はなにを思っているの?」
「4年前にあいつら二人から逃げたってことを再認識したね。(たった今牽制死した)風祭と(三振した)泡坂の元先輩二人」
たとえ凡退しても俺のなかであの二人の格は下がらない。
「そう。卑怯にも俺は青海の野球部から逃げた。試合に出られないからとか理由付けしたけどあれは嘘だった」
「練習がキツいから辞めたの?」
「そうじゃない。あいつら二人に叶わないから辞めた。あの二人当時から今と遜色しないくらいかっ飛ばしてたからね。ヒョロガリな俺とは違う生き物だった」
その二人が今のところ不発というのは面白い巡り合わせだ。
「野球に対し本気になれなかったからでしょ」
「だって
「慎一の遊びにね」
微笑む夙夜。
「今は落ち着いているけれど夙夜病弱でしょ。去年もけっこう貧血で学校休んでたじゃん」
ムッとする夙夜。
「
「20日くらいでしょ」
「だから」
「健全にスポーツやってる俺を見せたかったの。なにかがんばってる幼馴染の姿を」
ベンチにいる人間のほとんどがこの会話にきき耳を立てつつバッターを応援していた(攻撃中)。
「試合集中しなくていいの?」
「スコアブック書きながら言う?」
結局マネージャーのような仕事をしている夙夜。これでも試合が終わるとタブレットにデータを打ちこんでチームのみんなに助言する準備を怠っていないのだ。
「逃げることはできたんだよ」
「野球から?」
「だって青海と戦える可能性なんてゼロコンマだろ?」
「『ゼロコンマ』は普通時間を意味します」
「野球から逃げなかった理由はさ、夙夜の家で君と一緒にいる時間が気恥ずかしかったからなんじゃないかなって」
試合中のテンションなのか普段は言えないことを喋ることができる。
「野球よりも私のほうが恐い?」
「いろいろな意味でね」
幼馴染みなのに俺は彼女のことを理解できないでいる。
「……今は野球に熱くなってる?」
「今日の気温くらいは」
「ベンチにいる子たちに話すことは?」
「みんながいるからこの状況がつくれたんだ。ほんとは泡坂からヒット打って、それで満足するつもりだった。でも今は――桜が試合がつくってるだろ? 他の後輩が実力を100%以上発揮してくれている。ろくに守備もできない俺を補ってくれてるのよ。お前ら全員特別な選手だよ。愛してる」
隣に座った比叡がきこえないふりをして試合の実況をする。
「勢ちゃん! ああ三振!」
4球目の高めのストレートに手を出した勢源がすごすごとベンチに戻ってくる。
「『すごすごと戻る』って日常では使わない表現だよね」と俺。
「ああ? それって俺のこと?」半ギレの勢源。「つかどうしたのおまえら。なんかあった……?」
部員たちは眼を閉じたり横を向くなどして、互いに視線をあわすまいとしていた。
俺は自分の発言を気になどしていない。神経がそんなに繊細にできてないからだ。
松濤高校6回裏攻撃結果、
3番中原、ショートへの内野安打(無死1塁)。
4番比叡、ファーストゴロ(1死2塁)。
5番アダム、スリーバント失敗で三振(2死2塁)。
6番勢源、空振り三振(ランナー2塁残塁)。
俺以外の打者に初めてヒットが生まれ、得点圏にランナーを進めた。だが無得点。
もはやなんの驚きも……なんの感慨もない。
青海000000 |0
松濤000000 |0
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