第34話 3回表 簒奪者

《松濤視点》


   *


(発言者、勢源 試合前、神宮球場への移動直前のミーティングにて)


「全力でプレーするんだ! ミスがあっても恥だと思っちゃいけない。どの場面でもファイトして、あきらめず……相手は俺たちにビビったりなんてしねぇ。桜と片城は無名! 中原は実績がない! シニアで活躍してた比叡たちにしても、青海の連中からすれば『誰そいつ?』なわけだし。……今日実力を証明するんだよ! 結果的に負けたってかまわない、やるべきことをやれたらそれで満足だ。今日は最高の試合にするぞ!」


   *



 同じ高打率打者アヴェレージヒッターだが俺と佐山の性能はまるで違う。

 佐山は左打ち、そして超健脚。

 打席から1塁ベースまで駆け抜ける時間が違う。

 俺が記録を塗り替えるまでは都大会の連続打席ヒット記録も(9打席)打率も(.810)こいつが記録保持者だったのだ。

 佐山はバットを高くかまえそしてステップも大きい。ホームランバッターのスイングで打率を稼ぐ変態。バッターボックスの一番前に立ちながら150㎞/h台のストレートにもあわせていく。

 身長も182㎝とかなりあるほうだ。175㎝の俺と違い一発がある。

 守備位置はキャッチャー以外どこでもはいれる。

 打順も同様で1番、2番、3番どこにはいっても自分の役割というものを心得ていた。

 そしてその二次元並のルックスに試合中の明るい表情、ふるまい、コメント、そして。青海の『看板』が泡坂なら、『アイドル役』は間違いなくこの男だ(青海の試合はいつも女の観客が多い)。顔写真を勝手にSNSのアイコンに使う輩も大勢いる。超人気者な佐山は攻走守なにをさせても一流で、


 しかしこいつが青海で一番野球を楽しんでいない。


 青海スタメンで二人いる2年生、8番左翼手レフト国枝が3球目をセンター前に運んだ。無死1塁。

 続く9番打者に、青海ベンチは手堅く送りバントのサインを送った。

 3球目のスライダーを当てる。

 2回に続いてバント処理というシチュエーション、転がるボールはまたしても投手桜の守備範囲。一歩目から捕球までが早い! フィールディングつよつよ。

 捕手片城は1塁を指示していたが、桜は迷わず2塁に送球!

 だが間一髪間に合わず2塁セーフ。無死1、2塁。

 野選フィルダースチョイスでピンチが拡大した。

「相手が青海じゃなきゃ2塁で刺せてたんだけどね」と俺。

 スタメンほぼ全員が全国大会でも上位10%の走力を有す青海相手にこの隙は致命傷になる。

 無言のまま表情だけブチ切れる片城とマウンド上で視線をあわせまいとする桜。コントしている場合かおまえら。

 三塁手の中原が憎々しい顔で桜を見ていた。

『わざと三塁サードベースに入るのを遅らせ→

 桜が通常のバント処理、一塁に送球→

 走者ランナーに二塁を蹴らせ三塁を狙わせる→

 中原が三塁サードに戻り→

 一塁手の俺が三塁へ送球、二つ目のアウトを奪う』という高度な戦略は無効となった。この大会で一度も試していなかったから勝算は高かったのだが。それはともかく、

 青海の打順が一回りしトップバッターが相手だ。

 次の打者は――

「よーし! こい!」

 バットをかざしながらそう桜にむかって吠える佐山。勇ましい顔だ。

 内野席からの応援がかしましい。

 この場面、生まれつきなのか人相が悪い投手・桜と、

『正義の味方』みたいな裏表のなさそうな顔をした打者・佐山の対比が鮮明すぎる。

 これじゃ守っている俺たちまで悪役みたいだ。

 片城が座ったまま撃にはいる。

「演技疲れないんですか佐山さん?」

「なにかな?」

 対戦相手に素直にきき返す佐山。

「その格好つけた態度はあなたのお父さんの指示によるものですか?」

 答えをきかず桜にサインを送る片城。


   *


 俺は試合前に、夙夜に佐山という選手の能力を解説した。

「佐山の特長は同調シンクロだ。投手の動作にあわせてステップを踏みスイングを始動する能力が高い」

「ジャンケンでいう『最初はグー』?」

「そう」

「ボールの速さやコース云々より、まずボールのリリースにタイミングがあわなければまともに打てない」

「だから投手はみんなボールのリリースするタイミングを打者に悟らせまいと努力するけど、それを無力化するのがシンクロという技術なんよ」

「……桜君は上半身主導でリリースまでが早く打ちにくいはずだけど――」

「佐山の技術の前には無意味だ。バッティングピッチャーやってるのと一緒だもん。相性最悪だろ」


   *


 インコースにスローカーヴ。

 佐山の『シンクロ』は破れないが、それでも遅いボールでスイングを狂わせる。

 ストレートのタイミングで始動していた佐山、だが、

 浮かせた右足を接地しもう一度ステップを踏みやがった!


 打ち直し。


 遅いボールに完璧にアジャストした。

 ライナー性の打球は俺の上を行きラインの外へ切れる。ファウルボール。

 走者が二人とも還りかねない飛球。ステップの踏み直しとか天才の所業でしかない。桜は野球帽キャップを脱ぎ汗を拭う。

 俺は1塁走者に話しかけた。

「佐山なら次のボールで仕留めると思ってんだろ?」

「? 俺たちはいつも佐山に救われてきたからな。あいつはチャラついているが本物だよ」

 余裕があるのか3年生は答えてくれた。

 2球目もカーヴ!

 今度は1度目のステップで佐山は捉える。

 しかしその打球は地を這う。鈍足、どん詰まり、

 平凡なピッチャーゴロ。

 片城が「ファースト!」と怒鳴り桜は今度こそ素直に一塁へ送球、俺が捕ってアウト。

 佐山は苦しい顔をしてベンチに引き上げていく。

 ランナーはそれぞれ進塁し結果として送りバントの形となった。

 依然変わりなく松濤のピンチである。

「ベンチを信じすぎたな」と俺はつぶやく。

 桜はここまでほぼすべてのボールをストライクゾーンに投げ続けてきた。リスクはあるが『少ない球数で相手を追いこみ、相手に考える時間をあたえず打たせてとる』プラン。

 それが青海に対するバッテリーの1巡目の攻略法だった。

 2巡目からは違う。

 2巡目からは『ボール球を解禁し、空振りを狙う』スタイルに変貌する。

 佐山への2球目のカーヴはゾーンの外に逃れるボール球だった。1球目よりも速く落ちるカーヴ。バットコントロールが人外な佐山はそれでも当てたが凡退した。

 三振を奪えなかった桜は不満げな顔をしていたが、気にすることなどない。

 数分後、青海打線の中核をなす2番芹沢、3番今村を2者連続の三振に切ってとり余裕綽々でベンチに戻ることができたのだから。


  青海000      |0

  松濤00       |0


 スコアボードに0が3つ並ぶことすら珍しい。

 スマホに手をした観客が大勢いた。今さらながら松濤のエース、桜の名前を調べようとしているのだろう(だが無意味だ。中学時代大会末出場の投手なのだから)。

 桜は最強相手に渡りあっている。

 ピンチになれば球威で圧し連続三振を奪った。

 投球内容も良化している。観客たちも少しずつ期待し始めているのだろう。

 甲子園4連覇チームが敗れるその瞬間を目撃できることを。

 俺も知らないうちに高揚していたらしい。心臓の鼓動がわずかに早まっている。厄介な病気かもしれないので検査を受けることをおすすめする。

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