第11話 エースの代弁者

   *


「あの2年に投げてみてぇ」

「無謀ですよ桜君」

「確かにあれに勝てっかどうかは正直微妙びみょーだが……。なんのために2年間鍛えてきたと思ってるんだ。敵は全員ブッ倒すって目標があったから努力も苦じゃなかった。チームメイトだからって避ける選択肢はねぇ。初日でケリをつける」


   *


「……」

「まだ黙ったままなのかこいつ」と俺。

「……」

「こいつ喋っているところ見た奴はいねぇのか!」

 勢源が部員たちに問いかけるが一人を除いてみんな首を横に振る。

「同じクラスの奴は?」

 ようやく一人が挙手する。キャッチャーの片城だった。授業中は必要なときだけ喋るそうだ。部活中は喋る必要はないというのか。

 四月になって入学式も終わりいよいよ野球部として正式な初練習である。

 整備されたマウンドに立っているのは長身の男だった。

 名前は桜。

 その名前は本人からではなくキャッチャーの片城からきいた。

 桜はキリリとした顔で俺を見下ろしている。

「桜君とは中学一緒なんですよ」と片城は言った。

「普段からこうなの?」

「いえ、中学では普通だったんですけれど……粗暴な人間なのでチームの雰囲気を大切にするため黙っていることにしたらしいです」

 そんなことある?


「……」

 会話に混ざらない。

 キリッとした顔をしながらグラブを片手にボールを弄んでいるだけ。早く投げたそうにしているのはいいけれど。

 マウンドに立つとその長身が一層際立つ。肩周りを見ると筋肉もそれなりについてそうだ。

「えー訛りがキツいから隠してるとか?」

「違いますよ」

「外国育ちで日本語喋れないとか?」日系人?

「日本育ちのバリバリ日本人ですよ」

「……」

 不可解だ。

 ともあれ俺が味見をすることになった。

 桜が投手として一流でなければスタートラインに立つこともできない。青海に勝つ前に都大会を勝ち上がらないとお話にならないわけで。

 俺はバッターボックスのまえでリラックスする。

 グラウンドにはそれぞれポジションに着いた野手が七人いた(一人足りない)。俺が任されているファーストには本来ライトの勢源が立っていた(桜のボールを間近で観察したいということで)。

 首筋にかかる程度の長さの髪をした『女』はショート、

 練習中は長めの髪を後ろでまとめている例の『美男子』はライトについていた。


 それはおいておいて実戦形式の練習。打球が飛んできたらホームに返球することになっている。ピッチャーの桜だけではなく野手陣の守備力も試されていた。

 俺が打つと断言したから守備練習もかね守ってもらうことにした(同レヴェルの打者と投手が対戦すれば守備練習になるほどボールは飛んでこない)。


 俺の言葉をきいて露骨に不愉快そうな顔をする桜。


 ……キャッチャーマスクを被り、桜と肩慣らしの投球をしながら片城が語る。

「桜君も僕も中学時代野球部じゃなかったんです。僕は放課後ずっと桜君が投げるボールを受けていた。『壁役』ですよ。投げたあとちゃんと返球してあげる壁。公式戦なんて出たことない」

「ええ……(困惑)」

「ときどき草野球に参加するくらいのことはしてましたけれど。――だから特待生じゃなくて一般生が入部できる学校を選ぶしかなかった。松濤高校は好都合だったんです。創部一年目ですからまず試合には出られる」

 自信ありすぎだろ。同世代のライバルなんて眼中にないのか。

「どうして君は壁役なんかに甘んじたの? 桜に命令されたの?」

「イジメられていた僕を助けてくれたんです。僕にからんできた上級生三人相手に一人で立ち回って倒してみせた。それまでただの他人クラスメイトだった僕に。それだけで充分でしょう」

 そう言って片城は勢いよくボールを桜に投げ返す。けっこういい肩してるじゃないか。

「そういう浪花節嫌いなんだけど」

「桜君は屋敷先輩と勝負がしたいそうです。変化球ありでかまいませんね? 球種はあらかじめ伝えておきましょうか?」

「ネタバレはなしのほうが楽しめるだろ?」

 俺が打つ時点で結果はもう見えているが。


 打った。


 一年生投手桜のボールを俺は完全に打ち崩した。

 何球か外野に運んだあとは後輩たちの守備能力を見たくなって、各ポジションの守備範囲ギリギリの位置に打つ。

 ショートの彼女はグラブの扱いが上手い。

 センターの『ハーフ』はバズーカみたいな返球してきた。

 ピッチャーの桜もフィールディングは悪くない。片城と二人きりで野球やっていたという割には実戦でもすぐイケそう。


「どうだった?」と勢源。

「ストレートは140㎞ちょい? 一年にしてはすごく速いけれどコントロールはいまいちだな。スライダーは変化が大きい。カーブは遅くてしっかり落ちてる。変化球は二種類でコントロールはなかなかだった。それだけ」

「それだけって……」

 とはいうものの桜は入学したばかりの一年生なのだ。完成度は高い。本来どこの高校にも特待生で歓迎されるであろう戦力。実戦不足さえ解消されれば都内でも五指に入るほどのピッチャーだろう。

 一年生ルーキーというカテゴリーのなかでは。

 指導者なしでこのレベル……たった二人で。

 頭を使って最善最適な鍛練を重ねなければここまでの『高み』には立てなかったはずだ。

 それはそれとして、

「このままじゃ青海には通じないと思う。ちょい前に対戦した九割の泡坂よりだいぶ劣る」

 キャッチャーの片城が口出しする。

「基準が高すぎませんか? 比較対象が泡坂さんとか……。それに打ってるのが屋敷さんですよ」

「俺だから滅多打ちにできたわけじゃない。青海には俺に近い実力のバッターがいるんだし」

『超人』泡坂、『天才』佐山、『主砲』風祭……プロクラスが並ぶ超規格外の打線だ。こいつらをねじ伏せて9回を投げきらなければ勝利はありえないわけで。

 それこそ泡坂に匹敵するボールがなければ青海とは戦えない。

 やっぱり無理ゲーか?

「まだ全力で投げてないとか?」と俺。

「……」

「投げてない球種があるのか?」と勢源。

「……」

「全力で投げています。投げられるのは今の3つだけです」

 片城が代わりに答えてくれた。

「というか顔真っ青だな桜ぁ。俺抑えられるつもりだったの? あの動画観て」

 桜は下を向いている。表情は……少しも納得がいかないようだ。

 唇を噛み血を流している。この後輩は本気で悔しがっていた。

 俺を打ちとるつもりだったようだ。

 それくらい高望みしてもらわないと。松濤にはおまえしかピッチャーがいないのだから。

「伸びしろはあるのか? ……桜デカいけれど身長は?」

「半年前から身長は伸びなくなりました。189㎝で」

 クソデカ1年。

あいつ無口だけど表情はわかりやすいな。わかりやすく落ちこんでる。どういう心構えなの?」

「ド派手に高校野球デビューしたんですけれどこれじゃ想定外です」

「えー、なら想定ではどうだったの?」

「誰にだって勝つつもりでした甲子園に出場するためにこの2年間鍛えてきました。最善の準備をしてきたつもりです」

「あと2年半あっけど?」

「青海と戦えるのは今年だけです。勢源さんはどう思いました?」

 勢源はプレイングマネージャーなのだ。この部においては俺などよりはるかに重要な人物である。

「おまえたちは本当に正しい努力をしていたと思う。桜のフォームは完璧に超効率だし覚えているスライダーもカーブも実戦で使える。見た限りフォームの癖はないから狙い撃ちされることもないだろう。守備もセンスあるし野手とのコンビネーションはこれから身につければいい。桜はうちのエースだ」

「……」

「動画観たり教本読んだりして、本当に自分たちで強くなったんです。投げこみだけじゃなくてウェイトもランニングも体幹トレーニング、カメラで撮影してフォームチェック……なんでもやりました。勢源君に認められたのはうれしいですよ……でも」

。桜の投球を短期間でワンランク上に上げないといけねぇ。となると方法は一つしかっきゃねぇ」

 答えはわかったが言わずが花だ。

 片城と勢源。

配球リードですね」「配球リードだな」

 俺と桜。

「やっぱな」「……」

 桜はまだマウンドの上から降りようとしていない。不安そうに不満そうに俺を見ていた。


 その日の練習のあと、勢源にたずねてみた。

「第一課題の投手力だったけ? ……おまえはどう評価する?」

「ランク付けするならC+ってところだ。C、B、A、S、SSで」

 非常にシビア。

 投手、守備、攻撃全部A判定以上でやっと勝機が見えてくると勢源は言った。

「桜と片城の二人にとんでもなく負担をかけちまうな。……あと四ヶ月で劇的に桜のストレートが速くなることもない、青海相手に通じる新しい変化球を覚えられる可能性も低い。そして俺は奇跡なんて信じないし」

「片城?」

 あの地味男。

「そうだ。桜のボールを受けるのはあいつ。高校まで野球部に所属したことがなかったあいつの頭脳にすべてがかかってる。運動神経も最弱だしサイズも平均だし。……俺らあいつのことなんてなにも知らないにも関わらず命を預けようとしているわけだ。さっき『俺どこのポジションでもプレーできるからキャッチャー代わろうか』って言ったらよ、片城は少し迷ってこう言ったんだ。『屋敷さんのデータが手に入らなかったから苦戦したんです。1ヶ月後にはもう少しいい勝負できると思います』どう思う?」

「返り討ちにしちゃる」

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