【第1部・第2部 最終回】 夏木秋吉VS柳林太郎

 翌日、オレは玄関前で鈴を鳴らしてビアンカを呼んだ。

昨日事前連絡しておいたから、早く来たな。


「柳さん。犯人の目星をクラスメートに絞ってましたよね?何でここで私を呼ぶんですか?」


早々に『認識阻害』をオンにして、姿が見えなくなったビアンカが不満そうに言う。


「可能性って言っただろう。電車通学しているうちの生徒もあり得るんだよ」


「そういうものですか~。何かあれば呼ぶので、普段通りにして下さい」


ビアンカの指示通り、普段通り電車通学をするオレ。

何も言ってこなかったので、少なくとも今日、同じ車両に乗っていなかったか。



 教室に着いた。来ているクラスメートはまばらだな。

ビアンカの姿は見えないが、オレの席にいるよう言ってある。


クラスメートが揃うまで、読書で暇をつぶすか。


ホームルームの始まりを伝えるチャイムが鳴る。

ほとんどのクラスメートが教室にいるが、ビアンカは何も言ってこない。


先生が来るちょっと前に、夏木君が滑り込んで入ってきた。

彼、前は遅刻ギリギリじゃなかったんだけど。


その時、ビアンカが突然声をかけてきた。


「柳さん、あの人です。あの人から、僅かな悪魔の力を感じます」


「本当なのか?」

オレは小声でビアンカに話しかける。


「ええ。最近は悪魔の力を使っていないみたいです。本当に僅かなので、天使によっては見過ごすでしょう。ですが、私は見逃しませんよ~」


そんな自慢はいらないんだよ。現金な部分もあるし、自分から株を下げるタイプか。


それにしても、夏木君が犯人? そんな風に見えないけどな。

彼と話をするタイミングが欲しいが、彼はオレを避けている。


ここは勇気を出して、オレから声をかけるしかないな。



 1限後の休み時間、オレは夏木君に声をかける。


「ねぇ夏木君。話があるんだけど、放課後時間あるかな?」


それを聞いた瞬間、夏木君はニヤッと笑った気がした。気のせいか?


「…いいよ。場所はどこにする?」


神隠し以降、監視カメラと警備員が巡回しているから、放課後の校内は無理だ。

なので話をするなら、校外でなければな。


「この高校の近くに『草道公園』があるだろう? あそこはどうかな?」

人に聴かれたくない話をするからな。人気はないほうが良い。


「…わかったよ」

そう言って席を立つ夏木君。トイレかな?


「なぁビアンカ。念のため、夏木君と会う時もいてくれないかな?」

自席に戻った後、ビアンカに話しかける。


本当に夏木君が犯人なら、一人は不安だ。


「乗り掛かった舟です。良いですよ。その時まで時間があるので、帰って寝ます」

昨日の夜も呼んだし、今朝も早かったからな。ゆっくり休んでくれ。


「わかった」


後は放課後を待つだけだ。



 放課後『草道公園』に着いたオレ。


公園というのは名ばかり。ブランコと滑り台が共に1台・ベンチが1基しかなく、公園と呼べるレベルではない。周りに家はなく、その影響でめったに人は来ないから、オレにとって好都合だ。


…それにしても、夏木君遅いな。狭い公園だから見落とすことはないのに。

オレはブランコに乗って、夏木君を待つことにした。


その時、急に声が聞こえた。

「柳さん。立って!」


考えるより、体が動いた。その直後、ブランコに黒いものが当たる。

黒いものに当たったブランコは、吸い込まれるように消えていった。


「何だ今のは!?」

あの黒いものに当たるとヤバい。絶対に当たる訳にはいかない。


「ちっ! 外したか」

滑り台の死角から出てきた夏木君。


「柳さん。大丈夫ですか?」

ビアンカは認識阻害をオフにして、オレに話しかける。


「ビアンカ、助かったよ。ありがとう」

あの「立って!」がなかったら、オレは黒いものに吸われていた。


「柳さん。あの人から目を離さないで! あの黒いものは無尽蔵に出せます」

マジかよ…。オレの方が圧倒的に不利だな。



 「夏木君! あの黒いものは君が出したのか?」

間違いないだろうが、念のため訊いておく。


「ああ。悪魔からもらった力でね。柳、お前は天使と契約でもしたのか?」


「まぁ…。そんなところだ」

ビアンカの力を借りてるんだ。契約みたいなものだろう。


「どうして佐々木君達を消したんだ?」

オレには動機がさっぱりわからない。


「復讐だよ。アイツらは静かで穏やかな高校生活を送りたい僕を邪魔したんだ」

オレが知らないだけで、いじめがあったというのか? …可能性はある。


女子体育の阿部先生は、佐々木君達を消した際の目撃者だったんだ。だから消された。オレ達男子は、阿部先生と接点がないから、夏木君の邪魔にならないはずだ。


「復讐はまだ終わっていない。柳、お前を消せればな」


「オレを消す!?」


オレは夏木君をいじめていないぞ。恨みを買った原因は何だ?

頭をフル回転して思い出す。…もうアレしか考えられない。


「もしかして、英語の授業の…?」

オレが夏木君の代わりに答えた奴だ。


「へぇ。覚えていたか。その通りだよ。アレで僕は恥をかかされたんだ」


あんな前の、しかもたった1度のことを根に持っていたのか。

夏木君の執念深さは、オレの予想以上だ。


「今日、お前に声をかけられて嬉しかったんだ。監視カメラと警備員のせいで校内の復讐は不可能。お前のプライベートは知らないから狙えない。そんな時にお前からの誘いだ。復讐するなら今日しかない。そう思ったんだ」


夏木君は手のひらに、あの黒いものを出した。


「柳さん。また投げてきますよ。気を付けて」

ビアンカが忠告する。


「ビアンカ。夏木君を何とかできないか」

オレは避けることしかできない。現状打破するには、ビアンカの力が必要だ。


「捕らえるには応援が必要ですし、それ以外だと…」

悩んでいるビアンカ。打つ手なし、ではなさそうだ。


「それ以外って何だ? あるなら教えてくれ」


「あの黒いものを反射させるんです」

夏木君に聴かれないよう、小声で話すビアンカ。


「できるのか? そんなことが?」

オレは思わず、ビアンカに訊き返した。


「ええ。あれは魔法なんです。ですが、反射してしまうと…」

夏木君に当たるだろうな。ビアンカが渋っていたのは、これが原因か。



 夏木君の更生ができるなら、更生してほしい。

だが、今や多くのクラスメートが忘れているであろう、あの事を根に持ち続けている。その執念深さが、他のクラスメートに向く可能性がある。


断言はできないが、佐々木君・安藤さん・久保田さんも似たようなケースではないか? 夏木君は気にしすぎなんだ。


復讐相手のオレが何を言っても、火に油だろう。…なら、これしかないのか。


「ビアンカ、あの黒いものを反射させてくれ」

夏木君に聴かれないように、ビアンカに話す。


「良いんですか? 柳さん。あの人って、クラスメートでしょ?」


「クラスメートでも、オレにはどうすることもできない。身を守るためなら、それしかないんだよ」


「話し合いは終わったか? お前達が何を相談しても、僕に勝つのは不可能だが」

夏木君は余裕の笑みを浮かべている。その余裕が命取りだ。


「そうだな。降参するよ。オレは夏木君に勝てない」

オレは膝を地面につけ、手を頭の後ろにやる。


「やっと観念したか。すぐに消してやる」

そう言って、ビアンカをチラ見する夏木君。ビアンカを警戒しているな。


「悪魔の力強すぎです~。私にはどうすることもできません…」

わざとらしく弱音を吐いてオロオロするビアンカ。演技だとバレなきゃいいが。


「これで終わりだ!!」

膝をついているオレに向かって黒いものを投げる夏木君。


「今だ! ビアンカ!!」

ビアンカは大きな鏡みたいなものを出して、夏木君に向ける。


黒いものは鏡に反射され、夏木君に向かって飛ぶ。


「やめろーーーーーー!!!!!!」


夏木君の叫びが、周りに響く。



 夏木君に当たると思われた黒いものは、わずかに軌道がズレた。

だが、夏木君は自分に向かってくると思ったはず。でなきゃ、失神しないよな。


「柳さん。この人、天使が一旦預かっても良いですか?」

ビアンカは倒れてる夏木君を指差す。


「預かる? どうしてだ」


「この人の悪魔の力を抜くんです。そうすれば、更生できる可能性があります」


「悪魔の力を抜く? さっきの黒いものを出させなくさせるんだな?」


「そうです。まぁ、実際更生できるかはこの人次第ですが…」


夏木君の憎しみが、悪魔によって増幅していたとしたら?

分からないことはあるが、更生の可能性があるなら、試しても良いじゃないか?


「それで…どうします? 柳さん」

悪魔の力がなくなっても、復讐される可能性は消えていない。そのための確認か。


「悪魔の力を抜いて、更生の機会を与えてほしい。夏木君は4人も消したが、これ以上、誰であろうと消えてほしくないんだ」


「…わかりました」

そう言って、ビアンカはどこかに連絡し始めた。


「救護班を呼びました。この人は数日預かってから、自宅に戻るでしょう」


「数日もいなかったら、夏木君のご両親や学校が不審がるだろう? どうするんだ?」


「関係者に幻術をかけて、私が代役をやりましょう。上に特別手当をバンバン出してもらいますから」


がめついな。今は、その行動力に感謝だ。


ビアンカの言う通り、数名? の天使が来て、夏木君を運んでいった。あれが救護班か。ビアンカは救護班に付き添って行った。


色々あって疲れたが、公園は夏木君の黒いものの影響でボロボロだ。

疑われる前に退散しよう。オレは重い腰を上げて、公園を出た。


自宅に帰ってからは眠気をなんとかこらえ、夕飯と風呂を済ませた。

その後は爆睡だ。下手したら死んでたからな。疲れるのは当然だ。



 翌日、いつも通りに登校すると、夏木君が既に登校していた。


「おはよう。柳君。良い天気だね」

違和感が半端ないので、夏木君もといビアンカを呼びだす。



「柳さん。どうです? 似てるでしょ?」

外見はそっくりだ。性格はまったく似ていない。


「結局、あれからどうなったんだ?」

オレは夏木君の処遇について、ビアンカに訊いてみた。


「悪魔の力自体は、数日で抜けるみたいです。意識もその間に戻るでしょう。ただ、公園を破損させた罪で、2か月ほど天界で奉仕活動することになりました。私の代役も、その間続くことになります」


「公園を破損させた罪? 人を消した罪はどうなるんだ?」


「それは現行犯ではないので、罪に問えないみたいです。証拠もないですし。そっちの罪を償うなら、2度と人間界には戻ってこれないと思いますよ」


なるほど。状況はわかった。


「柳さん。夏木さんが戻ってきたら、どうするつもりなんですか?」


「夏木君と友達になりたいと思っている。彼は1人でいることが多かったからな。それも今回の復讐の原因の1つなんじゃないか?」


「そうですか…。頑張って下さいね」


「ああ」


簡単にいかないのはわかっている。だけど、やれることはやりたいんだ。


ホームルームを知らせるチャイムが鳴る。


「さて、戻りましょうか。柳さん」


「ビアンカ。夏木君の代役をするなら、もっと似せる努力をしてくれ。彼はさっきのような爽やかな挨拶はしない」


「え~。結構厳しいですね。柳さん」

ビアンカは文句タラタラだ。



 その後ビアンカは約2か月、夏木君の代役を続けた。ビアンカは頑張ったようだが、クラスメートの目はごまかさず『急にイメチェンした夏木君』という評価になった。良い機会だから、本物もイメチェンすれば良いと思う。


ある日の夜中、自室で宿題をやっていると、ビアンカが壁をすり抜けてやってきた。

夏木君は明日から復帰できるので、代役は終わりらしい。


オレは鈴をビアンカに返した。鈴を受け取ったビアンカは、妙に残念そうだ。がめついビアンカが残念そうにするのは、間違いなく金絡みだろう。面倒なので特に訊かず、別れをすました。



そして次の日、今日から夏木君が登校してくる。彼と何を話そうか?

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