第17話 でも、私…お兄ちゃんの事、諦めきれないし…

「はあぁ……どうして、こうなっちゃうんだろ……」


 ゆいは大きな溜息を吐く。

 彼女は、いつも誰も見ていないところで溜息を吐いているのだ。


 うまくいかないということは辛いことである。

 兄の響輝ひびきとは、昔のような関係には戻れていない。


「どうしたら、いいんだろ……普通に会話すればいいだけなのに」


 自室にいる唯は椅子に座っていた。勉強机に突っ伏したまま、また悲し気な溜息を吐くのだ。




 夕方の今、窓の外から入ってくるオレンジ色の明かり。次第に、暗くなってくる。日差しが下がるたびに、唯の内面的な感情も落ち込んでいくようだった。


 唯は響輝に本音で言えないからこそ、その想いをネット小説という形で表現しているのだ。

 彼女にとって、唯一の安らぎの空間。


 現実では想いを伝えられずとも、小説の中であれば、自分の想いを晒すことはできる。

 でも、唯は悲しくなってきた。


 近くに想い人がいるのに、それを伝えることはできず、胸の内が熱くなり、掴まれたように苦しくなるのだ。


「……お兄ちゃん、なんで、彼女なんて作るのよ……絶対、陰キャで童貞なお兄ちゃんだったら、彼女なんてできないと思っていたのに……バカ……お兄ちゃんなんて……」


 唯は小さく呟くように、苦しみ交じりな暴言を吐く。


 その声は虚しかった。




「……」


 何もしなければ、何も始まらない。けど、自発的に行動することに抵抗があった。その原因は、他人からのイメージである。


 イメージや先入観があるからこそ。もし、変に思われたらどうしようとか、そんなことばかり考えてしまい、行動に抑制がかかるのだ。


「私が書いているラノベのように、お兄ちゃんの方から気づいてくれればいいんだけどな……」


 あのラノベでは、兄が妹の気持ちに気づき、歩み寄ってくるシーンがある。

 昔、それを唯はラノベの中で描いていたのだ。


 それは単なる願望であり、フィクションというか、もはや、それはファンタジーだろう。


 唯は、叶いっこない想いを胸の内に秘めながら、ただ想うのだった。




「あの子のことも対処しないといけないんだよね」


 唯は勉強机から顔を上げ、自室の窓から見える景色へと視線を向けた。


 彼女は椅子から立ち上がると窓へと向かい、外の暗い景色を隠すようにカーテンを閉める。


 すると、唯は、ベッドへダイブするようにうつ伏せになり、枕をギュッと抱きしめるのだった。


「……リリカって。どうして、私のこと知ってんだろ。私、お兄ちゃんの事だけでも手一杯なのに、なんで関わる羽目になるのよ……」


 唯は不満を零し、自室の天井を見上げるように仰向けになった。

 唯の胸元には枕があり、彼女はそれをさらにギュッと抱きしめる。


「小説で勝負することになったし。私、別に勝負するために、小説書いてるわけじゃないのに……」


 唯はモヤモヤした感情を胸に。そして、苛立っていた。

 けど、こんなこと誰にも相談できない。


 兄の前では友人がいるとか、そんな発言をしていたが、実のところ、気兼ねなく話せる友達すらいないのだ。


 そもそも、小説を書いていることすら誰にも言っていない。唯一、母親にだけ伝えていた。

 小説を書くにあたって、今は父親と一緒に仕事のために、別の県にいる母親には打ち明けているのだ。


「本当に、どうしたらいいの。お兄ちゃん……私が、妹系のラノベを書いてるって知ったらどう思うんだろ。軽蔑するかな。いつも、ラノベとか読んでいてキモいとか、お兄ちゃんには散々なこと、私、言ってたし……どうせ、私のこと嫌だよね」


 考えれば考えるほど、悪い方向へ傾いていく。


「でも、お兄ちゃん、私が書いているラノベ、ニヤニヤして読んでいたし。それなりには、楽しんでくれているのかな……あのラノベの妹のモデルが私だって気づいているのかな……」


 そんな思いが内面から膨らんでくるたびに、唯の胸の内がドキドキとしてくる。恥ずかしい気持ちになり、さらに枕をグッと強く抱きしめてしまうのだった。




「お兄ちゃんって明日、どこに行くんだろ。でも、こっそり尾行すればいいよね」


 響輝から直接聞けなかったとしても、バレないようについて行けばいいだけ。


 唯はベッドから起き上がり、希望を得た顔つきになる。


 リリカの件もあるのだが、今は大好きなお兄ちゃんが、莉緒りお先輩とくっ付かないかの方が心配なのだ。


「お兄ちゃん、やっぱり、莉緒先輩の方がいいに決まっているよね。でも、絶対に、渡したくないし……それに、私の方がお兄ちゃんの事、沢山知ってるし」


 唯はどうしても負けたくなかった。

 何が何でも、響輝を奪われたくないのだ。

 たとえ、それが学園一の美少女が相手だったとしても、怖気付きたくないのである。


「まずは、朝早く起きておかないといけないし。今日は早く休んだ方がいいよね。そうと決まれば、早くお風呂に入って……でも、お兄ちゃんとバッタリ会うのも……なんか、気まずいし……どうしよ」


 唯はベッドの端に座り直すと、考え込む。


「……階段を上ってくる音が聞こえるまで、ちょっと小説書こうかな」


 唯は立ち上がり、再び勉強机に向かい、椅子に座って、パソコンを起動させるのだった。 

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