第86話:毒蛇の毒の抜くまで(3)

「「どういうことだ」」

 シリウスとリゲルが同時に疑問を呈して、舌打ちをした。息が合っているようで仲が悪いこの二人の間に挟まれているオスカーは冷や汗をかいた。

「オスカー殿、あなたならどうお考えになる?」

「え? クリスタル家が灰となった理由ですか?」

「ええ、そうです」

 グリシアはわざとオスカーに話題を振ったらしい。火花を散らす二人を気にしなくて済むよう気遣っているのか、面白がっているのかは分からない。

「普通に考えればアイギアロスの領民たちからの怨恨か、それとも一家諸共の心中かな」

「妥当な線ですな。ですが、陛下はギルガラス様の所業とお疑いのご様子」

 調子よく話を進めていたグリシアの表情が急に変わった。明るくふざけた会話術ではなく、彼にしては珍しく言い淀んだ。

「ギルガラス様ならば、クリスタル家の悪事を暴き、その罪を裁くことをなさるはず。あれはクリスタル家を恨んだ他の者がしたことでしょう。陛下御自身、裁くことができなかったと悔やんでおられました。陛下ならば、玉座の前に引きずり出し、その罪を告白させたと思います」

 つまり、ギルガラス王は最後までその事件の真相に至らなかったということになる。しかしシリウスは父王への不信をぬぐえない。

「それは………。グリシア、お前の希望的観測か? 父は本当にお前の思い描く王だったのか?」

 シリウスの指摘にグリシアは毅然とした態度で答えた。

「陛下はご存知ないと思いますが、あの御方は、あなた様の父君は真実の奴隷でした」

「———真実の奴隷?」

 王を表現するのに、その言い回しは妙だ。

「清も濁も受け入れねば、政治はできないと私も散々横から口出しをしたものですが、陛下は頑として聞き届けて下さらなかった。先王を愚かな王と蔑む声を耳にしているのであれば無理もございませんが、あなた様の父君の目は確かでございました。騎士の処刑を行ったことにも確かな理由があるのです」

 オスカーもその点が引っかかっていた。領主や首謀者の処刑を優先せず、騎士ばかりを十八日間もかけて処刑したのは、反逆を起こさぬよう兵力を削ぎたいためだと思い込んでいた。だが、真実は反逆を防ぐためではなく、罪を犯した者への罰のために先王が下したことだ。しかし、矛盾はしない、騎士を処刑する理由があるのだと、グリシアは続けた。

「労働力のためならば女子どもは無用なもの。ですがそれを必要とする者もいたため、言い訳の余地など騎士たちにはなかった」

「女子どもが必要? 何だ、騎士にとって必要とは思えんが………」

 グリシアは「ああ」とため息をついた。その場で理解できる者がいない、という絶望からだった。リゲルすらもグリシアの言わんとすることが分からなかったようで、オスカーと顔を見合わせた。

 グリシアは目を瞑り、何かを覚悟していた。

「王国の騎士道はすでに腐敗していた、ということです。多くの騎士を輩出したアイギアロスは力と剣を誇示するだけの集団へと堕落していたのです。それも女子どもを慰み者にする畜生にまで」

「————っ」

 頭を殴られたような衝撃だった。

 弱き者を守ると誓う騎士たちが、何故。

 いや、彼らは「腐敗」という心の病が伝染することを気が付かなかったのだ。誰かが違うと声を上げたのなら風向きも変わったはずだ。だが、そうはならなかった。全ては手遅れだった。

 そしてその真実は、騎士の誇りを信じていたシリウスとリゲルにとってあまりにも衝撃的だった。リゲルでさえ、平静を装うことができなかった。特に騎士の国として名高い青の国と紅の国から見れば許しがたい事実。そして当時の事実が露見すれば、騎士の誇りは地に落ちるだろう。

―――カイル・アルフォンシーノがアイギアロスの諸侯たちを裏切り、王へ告発したのであれば、全て辻褄が合う。

「シリウス………大丈夫?」

「———いや……」

 オスカーはシリウスに声をかけるが、彼女は口に手を当てて震えていた。こんな風になる彼女を見たことがなかったリゲルも動揺した。

「この話は俺から皆に伝える」

「———頼む」

 素直に頼るシリウスに、リゲルはいつもの憎まれ口を叩かなかった。

「何を笑ってる?」

「え、そんなことは―――」

 真剣な話の最中に自分の顔が綻んでいたことにオスカーは気が付かず、リゲルは怪訝な目線を送った。リゲルの口から「皆」という単語が出たことが、シリウスを案じたことが、内心嬉しかったのだが、睨まれてしまっては誤魔化すしかない。

「陛下は実に良き臣下に恵まれましたな」

 グリシアの安堵の言葉に三人は顔を見合わせた。シリウスとリゲルはいつもどおり素っ気ない態度を取り、オスカーは苦笑いした。

「本題に戻れ」

 シリウスの咳払いに、グリシアはふと笑みをこぼした。彼も呼吸を整えたことで少し落ち着いたらしい。

「お分かりいただけましたでしょう、陛下。先王へ、まして女王陛下へアイギアロス領の者が怒りの矛先を向けるというのは検討違いというものです」

 少し懐かしむような声音に変わり、グリシアは目を瞑った。彼の瞼の裏には、僕らが知らない生前のギルガラスの姿がありありと映っているのだろう。

「故に陛下はご決断された。そのような領地の独立など認めない。それどこから腐敗した騎士たちは皆、その報いを受けるべきであると」

 そして、血の十八日間と呼ばれる王命による処刑が執行された。

「処刑された者の中には真っ当な者もいたでしょう。しかし、陛下は悉くお許しにはならなかった。数年以上も、いえ、数十年続いたその悪行を、知らぬでは通されるものではないと。全てを清浄にするために王は命を下し、虚構の史実を作り上げた」

 独立を求めるために兵を上げ、それ故に騎士たちを処刑したのだと歴史に残し、関係する多くの家々に緘口令が敷かれた。

 そしてその結果———。

「罪なき騎士たちを処刑した愚かな王………。その汚名を背負うことは覚悟の上で陛下はご決断されたのです」

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