第11話:女王への謁見(3)

 子ども。

 自分よりも幼い、それも十にも満たない年齢のやせ細った子どもだ。

 粗末な布を着せられ、物のように運ばれて体中に青い痣ができ、骨は浮き出ていた。

 一目で分かった。紫の国からここまで箱に詰められて運ばれてきたこと。

 女中たちは悲鳴を上げ、

 死体、呪われた子ども、病気がうつる。そんな言葉が飛び交う中でオスカーは構わずその子どもに触れた。まだ、温かい。

「―――っ、う」

「―――っ、まだ息があります! 誰か医師ドクターを呼んでください!」

 立ち尽くしている侍従たちに、穏便に済ませてきた流石のオスカーも声を荒げた。

「何をしているんですか! 早く!」

「オスカー殿、それが………城には医師はおりません」

「いない?」

 どうして気が付かなかったのだろう。半年近くもこの城にいながら、使用人たちと顔を合わせることがあっても医師を見ていない。シリウスが病気一つしない頑丈な体を持つ故に医師を必要としたことがなかったから医師がいないことに何も疑問を持たなかったのだ。

「じゃあ、城の外には。どこにいるんです?」

 侍従、女中たちは皆顔を見合わせるだけ。せめて動こうとか聞いて回るとかしないのか?

子どもが死にかけているというのに、慌てるどころか倦厭するだけ。オスカーは驚きを通り越して呆れた。

 汚れた子どもを抱きかかえて立ち上がろうとした時、突然背後から肩に手を置かれた。

「俺が診よう」

「―――っ」

この人、気配を感じなかった。

黒の国アンシュ―、シェン家のリャン。

 いかにも怪しげな風体、痩躯で眼鏡をかけていなければ人相が非常に悪いが整った顔立ちをしている。喉元に絡みつくようなハスキ―ボイス。獣のような八重歯、黒髪黒目、長い髪を束ねている怪しさをかき集めた、別の意味で目立っていた男である。二十四というが年齢以上の風格があり、近寄りがたさを引き立てた。

 城から一歩も出たことがない程の病弱さは彼から感じない。むしろは鍛え上げ、しっかりとした歩き方からは戦士のような気迫、威圧感すらある。やはり噂は噂だったのだ。

「案ずるな、医術の心得があるだけだ。殺しはしない」

 一歩踏み出せば侍従たちはさっと道をあけた。この異様な状況に彼はあまりにも平然としている。

「この城には医師はいないのか」

 侍従や女中たちは狼狽え、ディック候がようやく答えた。

「先王ギルガラス王の死後、三名おりましたが三名とも皆城を去りましたので。薬はもちろん、医術書も全て持ち去られておりました」

 王の死を糾弾されることを恐れて逃げたのは言うまでもないだろう。

 やれやれとリャンは深くため息をついた。

「湯を沸かせ。それから今から俺が言う物を取ってこい。スガリグサ、アオトゲの実、絹の糸、そして―――」

 十五個の薬草と八つの備品をリャンはつらつらと述べた。

 玉座の扉が再び開かれ、足早に近づいてきたのは飛龍の騎士テオドロスである。

「手伝おう」

 テオドロスはマントと鎧をその場で外して軽装になった。

「陛下からの許可は頂いている。同行しよう。リャン殿、ディック候、西の居館(パラス)の一角を使ってよいとの陛下の仰せだ。その子どもをそちらへ―――」

「了解した、騎士殿」

 リャンは侍従が倦厭するその子供を躊躇いもなく抱え、居館(パラス)を案内する侍従の後について行った。

「オスカー殿、必要なものはわかるか?」

「スガリグサ、アオトゲの実、絹の糸、それからハオバコの葉―――」

「君は先ほどリャン殿が言ったものを全部覚えているのか?」

 騎士は目を丸くさせた。

「え、っと。ええ、まあ」

「先ほどの演説は見事だった。君にとっての武器がその記憶力ならきっと陛下も心強いだろう」

「演説、なんてものじゃない。あれは―――」

 用意された言葉ではなかった。本当に、感情的になっただけだった。

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