第10話:女王への謁見(2)

小国とはいえ名家・諸侯、身分ある地位にあるはずの彼らは、全員口裏を合わせるまでもなく、跪いていた。

―――それほどまでに、似ているのか。

 太古、女神グラシアールは美しい少年の姿で人の地に降り立った。

 はじまりの王、カノ―プス王もまた兵士の装束で玉座に座り続け、王の装束を身に着けたのは晩年のことだったという。シリウスは計らずも、自身に流れる血脈の祖の神話と歴史に残る姿を再現した。大陸に生まれたものならば、その名その姿を語られぬ日はない。

 眠れぬ子どもたちに語り聞かせる物語で、英雄を称える詩で、あるいは歴史で語られる。

彼らは見たことはなくとも、目の前の少女が語り継がれる女神の現身であると姿を見ただけで感じ取ったのだ。

「顔をあげなさい」

 シリウスは臆することなく玉座から彼らを見下ろした。

 シリウスの目配せに応じ、オスカーは紹介に移ることにした。


     *


 扉の外の向こうが無視で着ない程に騒がしい。

 シリウスはオスカーに様子を見てくるように命じた。オスカーは慌てて扉に向こうへ駆け寄り、ふと思い至った。女王の突然の登場で動揺してすっかり抜けていたが紫の国から未来の七星卿も使者も何も来ていない。

 扉の前にあったのは人でもなく書簡を持った使者でもない。

立方体の板張りの古い箱が運び込まれていた。排泄物のような腐った匂いが蔓延し、侍従たちが顔をしかめたり、扱いに困り右往左往したりしていた。

「何、これ」

 侍従たちは皆安堵の表情を浮かべるが、事態は解決していない。

「ああ、オスカー殿。先ほど紫の国ヘリオトロ―プの使いの方がこちらを―――。陛下への贈り物は禁じているとお伝えしたのですが………」

 痺れを切らしたレイニー・ディックが騒ぎの元に駆け付けた。彼もまたその異臭を放つ贈呈品に顔を背けた。

「紫の国の贈り物がこれか? こんなものを城内に持ち込むな、さっさと捨てろ! 近衛兵は何をしていた」

 ディックは衛兵を呼びつけ早々の撤去を命じたが、オスカーは待ったをかけた。

「ディック候、待ってください! 不気味とはいえ、小国からの贈り物でして」

「―――何故この荷を城まで運んだ? 検分は十分に済んでおるだろうな?」

 いえそれが、と侍従たちは言い淀んだ。

「この箱、呪いがかかっているようでして、まったくもって開かないのです。そのまま放置するわけにも行かず、陛下のご意志をお伺いした方が良いと、城内まで運んだ次第なのです」

「ええい、陛下のご意志を尊重する姿勢は良いが、どう見ても不審物であろうが! 何故運ぶ前に確認しなかったのだ! 少しは頭を働かせろ!」

 すっかり縮こまってしまった侍従たちは、ただただ頭を下げ続けた。

 判断できないからこそ何とか運んだというのに、叱られてしまっては気の毒だ。

「し、仕方ありませんよ、ディック候。開けられないのでは確かめられません。無下に突き返せば紫の国ヘリオトロ―プの反抗心を煽るようなものです」

「貴殿は甘すぎる。まったく、陛下のお耳に入る前に我々で処分するしかあるまい」

 紫の国からは人ではなくこの贈り物のみ。十分な猶予を与えたはずだったのだが、他国のように恭順の意志はないと表明したことになる。

―――これをシリウスにどう伝えたものか。

オスカーは少し戸惑ったが、両手を広げれば十分届く範囲の箱の蓋に触れた。

「なんだ、呪いなどかかっていないではないか」

「そのようですね」

 壊れかけているほどに脆い状態だったのだ。しかし呪われていると思い込んでも不思議がないくらいに不気味であることに変わりはない。

 一つ深呼吸して蓋を開けた。

 その中にあったもの、それを見てオスカーは血の気が引いた。

「―――こ、子ども」

 体中汚れ衰弱し、辛うじて年齢が五歳前後の少年であることしかわからない。泥にまみれた木の枝を寄せ集めたかのような様相に、オスカーは眩暈がした。

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