第690話 ヘッドバット
護国卿を慕う若手貴族の集い及び王太子とお付きの皆さんが帰宅する日の朝。
王太子たっての希望で、ヘッセリンク伯爵家家来衆同士による模範演舞が行われることになった。
ステムとカルピの手合わせを観戦してもらったけど、二人の実力に乖離があり過ぎて参考にならなかったので家来衆同士で戦うところを見てみたいということらしい。
未来の王様である王太子のリクエストならやむなしということで、第一試合はクーデル対ガブリエ。
僕としてはメアリ対ガブリエを推してたんだけど、クーデルがいつかのリベンジを果たすべく対ガブリエに並々ならぬ熱意を見せたため、このカードが実現した。
出産後の復帰トレーニングを経てより磨きのかかった速さと強さで迫るクーデルに対し、おどけたようなステップで間合いを詰めさせず、逆に隙をみて拳を繰り出してみせるガブリエ。
女性暗殺者同士のテクニカルかつスピーディーな攻防は、最終的にはパワーと経験の二点で上回るガブリエに軍配が上がった。
地面に転がされ、背後から首に腕を絡められた状態で悔しげに唇を噛むクーデル。
一方のガブリエは、チョークスリーパーを仕掛けた体勢のまま、ニッコリと笑う。
その笑みの意味するところは、まだまだ負けてあげないよ、というところだろうか。
息をするのも忘れるほどの攻防に観戦の皆さんから大きな拍手が巻き起こると、勝者であるガブリエが変形のバックハグを解いて立ち上がる。
そして、キザな仕草で服についた埃を払うと、どこからか取り出したお手製の仮面を被り、ギャラリーに向かって愛想を振り撒き始めた。
勝ったとはいえ、見ている限りではクーデルから何発かいいやつを食らっているはずなのに、まるでノーダメージだったかのように完璧に道化師を演じ切るガブリエ。
あとで聞いたら、『ものすごく痛かったけど、お客様の前で顔を顰めたら道化師失格だからね』と笑っていた。
要はやせ我慢だったらしいが、そのプロ意識には頭が下がる思いだ。
ギャラリーの熱が冷めないうちに、第二試合に移る。
メインイベントである第二試合では、鏖殺将軍ジャンジャック対聖騎士オドルスキという、ヘッセリンク伯爵家家来衆の頂上決戦と呼べるカードを組んでみた。
ここも元々はジャンジャック対フィルミーを予定してたんだけど、フィルミーの全力の抵抗に遭いやむなく断念。
爺やに誰を当てようかと考えて順に家来衆達に視線を向けたものの、全員から綺麗に目を逸らされて困っていたところに、オドルスキの手が挙がったというわけだ。
この対戦カードを発表すると、クーデル対ガブリエルで温まりきっていたギャラリーから大歓声が上がった。
かく言う僕も二人が手合わせをしている姿はほとんど見たことがないので、いちギャラリーとしてとてもワクワクしつつ、開始の合図を送った。
先手を取ったのはオドルスキ。
合図と同時に巨体に似合わぬスピードで構えの整っていないジャンジャックに迫ると、躊躇なく頭ひとつ高いところからのヘッドバットを繰り出す。
奇襲は予想外だったのか回避行動が間に合わず、人体から響いていいわけがない鈍い音を残して大きく後ろに仰け反るジャンジャック。
オドルスキがその隙を逃すまいと、さらに一歩踏み込んで拳を振るう。
その光景を見て、これは早期決着か? と思った僕は、まだまだ鏖殺将軍という生き物への理解が足りていなかったらしい。
仰け反った状態から異常な速度で体勢を戻してみせた爺やは、振るわれた拳を乱雑に跳ね除け、シンプルかつ殺意高めの前蹴りを放つことで聖騎士の巨体を間合いから追い出した。
もちろんそれだけでは終わらない。
とっくに還暦を過ぎているとは思えない力強い踏み込みでオドルスキの間合いに逆侵攻を掛けると、シャツの襟首を掴んで強引に頭を下げさせ、こちらも顔面目掛けて強烈な頭突きを叩き込む。
なんで彼らは基本攻撃が頭突きなんだろうかと疑問に思わなくもないけど、ともに鼻血を流しながら歯茎を剥き出して笑う様は、まさにオーレナングの悪鬼。
ヘッセリンク伯爵家の筆頭家来衆と次席家来衆の野蛮過ぎる戦い方には、王太子だけでなくアヤセやガストン君もドン引きといった表情を浮かべているが、まさか磨き抜かれた技の応酬が見られるとでも思ったのだろうか。
いや、頼めばそっちバージョンも見せてくれるとは思うけど、二人は理解している
目の前の相手を倒すためには、細かいテクニックよりも強靭なフィジカルを前面に押し出すことがより重要だと。
だからこそ先手オドルスキ、ヘッドバットからの、後手ジャンジャック、ヘッドバットというゴリゴリの肉弾戦が展開されたわけだ。
その後も第一試合とは打って変わって手数よりも一撃の重さを重視した骨太過ぎる殴り合いが続いたが、実力伯仲の二人の演舞は決着がつかず、僕の裁量でドロー判定とさせてもらった。
ギャラリーからは万雷の拍手が送られたけど、途中で止められて消化不良なのか、二人揃って不満そうな表情を浮かべている。
気持ちはわかるけど、お客様からの拍手に対して愛想を振りまいてくれたガブリエを少しは見習ってもらいたいものだ。
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