第378話 悪魔の脱衣

 コマンド、あれどう思う?

 見たことがあり過ぎて嫌な予感が止まらないんだけど。


【カナリア公をはじめとした、レプミア国軍所属者によく見られる現象ですね】


 やっぱりそうだよね。

 いや、いきなりアラド君の服が弾け飛んだ時は『お前もか!』って叫びそうになった。

 そんなシチュエーションじゃないのと、若者のそれがおじさま方とは比べ物にならないレベルの筋肉量だったことで突っ込みの機会を逸したけど。

 どちらかというと細身だったアラド君の上半身が人間の枠を超えて肥大化し、ギッチギチの筋肉が露わになる。

 どこからどうみてもフィジカルファイターだけど、ただのフィジカル自慢じゃないことを証明するようなとんでもない光景が繰り広げられた。

 人間の筋肉が増えたくらいなにするものぞと言わんばかりに踊りかかったゴリ丸の四腕を掻い潜ると、そのうちの一本を両手で掴み、気合いと共にハンマー投げの要領で回転を加えて投げ飛ばしてみせやがったのだ。

 壁を突き破って屋外に放り出されるゴリ丸。

 アラド君も壁に開いた大穴から勢いよく外に飛び出す。

 

【レックス様。呆けている場合ではありません。追ってください】


 いや、呆けもするだろうあんな光景見せられたら。

 ゴリ丸がハンマーよろしく振り回されて投げ飛ばされたんだよ?

 いくらカナリア公達の上裸モードが強いって言っても、おじさま方には到底無理な芸当なはずだ。

 それをやってのけたのは、若さか、それともアラド君の才能か。

 これは油断できませんね。


【楽しそうですね、レックス様】


 まさか。

 敵地のど真ん中で楽しんでたなんて知られたら、アルテミトス侯やお義父さんに叱られちゃうよ。

 グランパとカナリア公には褒めてもらえるかもしれないけど。


【ラスブラン侯もお喜びになると思います。それでこそヘッセリンクだ、と】


 プラティ・ヘッセリンクのように在ってほしいらしいからね。

 でも無理だ。

 あそこまで暴れるには、僕の中の常識が邪魔をする。

 

【常識とは。ヘッセリンクにとっては永遠のテーマですね】


 失礼な。

 

「ドラゾン! 背を借りるぞ!」


 ゴリ丸とフィジカル強化済みのアラド君に、軟弱な僕が走って追いつくのはきっと無理なのでドラゾンの背中に乗せてもらうことにした。

 先日エイミーちゃんがゴリ丸の背中に乗っていたのが羨ましかったとかそういう意図はない。

 ドラゾンが床に着地して乗りやすいように背を低くしてくれる。

 見た目は怖いけど素直でいい子だ。


「まさかドラゴンライダーになる日が来るとは思わなかったが、悪くない」

 

 竜騎兵レックス・ヘッセリンクなんて、だいぶ運用コストが高そうなユニットだけど。

 僕が首のあたりに跨ると、ドラゾンはふわっと浮き上がり、ゆっくりと外に向けて発進した。

 いきなりトップスピードで飛ぶようなことはしないところにドラゾンの理性を感じる。

 屋敷の外に出ると、エイミーちゃんとアラド君の奥さんがタイマンを張っているのが見えた。

 頑張れ! という思いを込めてエイミーちゃんに手を振ると、遠目にもわかるようにニッコリと笑ってくれる愛妻についつい頬が緩む。


【はいはい仲良し仲良し】


 軽くいなすのやめなさいよ。

 今のエイミーちゃんの笑顔で僕のやる気は最高潮だ。

 

「ドラゾン、速度を上げて構わない。一気に追い上げるぞ」


 やる気が最高潮になった弊害か。

 調子に乗ってそんなことを口走ってしまった僕は、素直に指示に従ったドラゾンの0から100への急加速によるGを全身で感じることになった。

 やだ、死んじゃう。


 その素晴らしい加速のおかげで、先行していたゴリ丸達に追いつくのにそう時間は掛からなかった。

 四腕を器用に動かしつつ、双頭で敵の些細な動きも見逃すまいとするゴリ丸。

 対して、フットワークを使いながら軽い打撃を放ちつつ、一撃必殺を狙うべくゴリ丸の懐に取り込む隙を窺うアラド君。

 空から見た限りでは、どちらが優勢というわけでもなさそうだ。

 それがもう異常なんだけどさ。


「探したぞ? 置いていくなんて酷いではないか、ピデルロ伯爵殿」


 ゴリ丸とアラド君の間に割って入るように着地してもらい、ドラゾンの首から飛び降りつつそう苦言を呈すると、こちらも苦い顔で応じるアラド君。


「もう追いつかれましたか。もう少し時間を稼いで、その間にこの大魔猿を屠るつもりだったのですが」


「ゴリ丸だ」


「は?」


「ゴリ丸。大魔猿なんて無粋な呼び方はやめていただこうか。ちなみに、こっちがドラゴンゾンビのドラゾンだ」


 いや、大魔猿とかドラゴンゾンビっていう種族名はなんだかんだでかっこいいとは思うんだけど、圧倒的に可愛さが不足している。

 なので、呼ぶならちゃんと個体名で呼んであげてほしい。


「召喚獣に名前をつけるなんてとんだ変わり者……、とは切って捨てられませんか。どう考えても我が国の召喚士よりも貴方の方がお強いのですから。では、ゴリ丸と呼ぶことにしましょう」


 素直に応じてくれるアラド君。

 仲良くできる道はないものか。

 バリューカ自体はくそったれな感が否めないけど、彼個人からはこの時点でもまだ嫌な雰囲気を感じない。


「聞き分けがよくて結構。彼らもまた僕らの家族にして家来衆の一員だ。そのつもりで扱ってくれると助かる」


 そう申し入れると、ゴリ丸&ドラゾンが凶悪過ぎる咆哮を上げた。

 

「喜んでいるのか? はっ、これはすごい」


 よく喜んでいるとわかったね、花丸をあげよう。

 普通に聞いたら威嚇でしかないけど、二体からは喜びの感情が伝わってきている。

 はっはっは、敵の前だからスリスリはやめなさい。

 痛い、痛いよ!


「僕からひとつ聞きたいことがあるのだが、構わないかな?」


 テンション爆上がりの二体をなんとか宥めたあと、表情を整えて尋ねる。


【あ、まだお髪が乱れてますよ】


 おっと、いけない。

 ささっと手櫛で直し、改めてキリッとした表情を作り直すと、アラド君は笑顔で両手を手を広げて見せた。


「この姿のことでしょう? 隠すことでもない。この国を統一するための戦に舞い降りた戦神様から授けられた技術の一つです。まあ、言ってしまえばただの身体強化魔法なのですが、我が家は歴代この術が得意でしてね」


 そう言うと、ただでさえムッキムキの大胸筋が更に盛り上がった。

 あ、まだ本気じゃない感じですか?

 

「これはすごい。我が国にも身体強化を得意とする先達は複数いるが、その水準となるとちょっと思いつかないな」


 レプミアのおじさま方はアラド君と比べると綺麗というか、すっきりした筋肉だからね。

 比べて彼の搭載した筋肉はでかいというか、密度が高いというか、なんとも形容し難い。

 ゴテゴテしてる、と言うのが一番適当かもしれないな。


「やり過ぎると今回のように服が弾け飛んでしまうのが悩みどころです。家来衆にはいつも叱られていますよ。安易に使うなと。妻のクリスティンはこの姿を見るのが好きだと言ってくれるのですけどね」


 そんなことを言いながら頬を緩めるアラド君。

 夫婦仲は良好なようだが、今は戦いの最中。


「敵を前にして惚気るとは大したものだ」


【それ、貴方が言いますか?】

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