第260話 パパン ※主人公視点外
我が愛する妻マーシャからの呼び出しを受けて国都に入った私を待ち受けていたのは、召喚士の力に目覚めたらしい息子だった。
父から聞いた話では、召喚士とは一体の魔獣に自らの魔力を注ぐことで従えているのだということだったが、どうやらそれが全てではないらしい。
クソ親父には、正確な情報をよこせと文句を言っておこう。
軽い気持ちで魔獣を喚べるか尋ねた私も悪かったのだが、我が息子レックスは、私のような凡才の想像をはるかに超えた力を有していたようだ。
息子によって喚び出され、目の前に居並ぶ十体の魔獣。
いずれも森の浅層で見かけたことのある脅威度の低い魔獣たちばかりだったが、種の違う魔獣同士が争うこともなく、むしろお互いの毛繕いをしてみせるなど、自然界では起こり得ない光景が広がっていた。
「どうですか? ちちうえ」
「ああ、これだけの魔獣を従えるとはすごいではないか。身体が痛いとか、疲れがあるとかはないか?」
「はい。だいじょうぶです。ただ、ほかのこもよぼうとするとつかれてしまうのでここまでです」
つまり、疲れを度外視すれば十体を超える魔獣を従えることができるということか。
我が子ながら末恐ろしい。
いや、恐ろしいのは私にも流れるヘッセリンクの血か。
歴代のヘッセリンク伯爵に人ならざる力が備わっていることを考えれば、承継されてきた血にこそなんらかの仕掛けがあるのだろう。
数日を共に過ごしてわかったのは、レックスがこの召喚獣達を完璧に統率し、支配下に置いているということだった。
森で見る魔獣のような荒々しさはなく、むしろレックスに甘え、ときには甘やかすようにじゃれる姿はなんと癒されることか。
もともと父からは王城側に包み隠さず話せと言われていたので、マーシャにも了解をとってその旨を報告した。
案の定というかなんというか、王城側は大騒ぎだ。
どこかの家が反乱を企ててもここまでの騒ぎにはならないのではないかとおかしく思っていると、宰相に笑っている場合かと雷を落とされた。
王城側では、レックスが暴走して召喚獣の抑えが効かなくなった時のために息子をオーレナングで育てた方がいいのではないかという意見が大半を占めたらしい。
とんでもないことだ。
レックスは非常に穏やか、かつ聡明な子で暴走なんて考えられないし、なにより、そんなことをしたら可愛いマーシャが国都で寂しい思いをするだろう。
そうだ。
それなら私が国都に常駐してレックスが暴走した時の抑えになればいい。
オーレナングには父も健在だし、家来衆もいるから私一人抜けたところで問題はない。
素晴らしい、これで国都でマーシャとレックスと過ごせるぞ。
しかし、私がそう主張した途端、暴走の恐れなしとして、レックスを国都で育てる許可が下りてしまった。
念のために屋敷の近くに衛兵の詰所まで作るらしい。
なぜだ!!
役人を捕まえて問いただしたところ、色々理由を並べていたが、最後には『慣例です!』の一点張りで話にならない。
マーシャと暮らすという夢が絶たれたことに絶望した私だったが、これはヘッセリンクに生まれた者として仕方ないと割り切るしかなかった。
レックスは、親の贔屓目なしで見ても優秀だった。
より正確に言えば、優秀なヘッセリンクだった、だろうか。
自分がヘッセリンク伯爵家の人間だということを自覚しつつ、その身に流れる血の導くままに大小様々な騒動を起こしながら成長していった。
その結果、一部貴族界隈からは抗議が殺到する結果になったのだが、出来事の経緯を精査してみるとあちらに非があることがほとんどで、私から詫びの手紙を送ると、それだけで事態は収束していく。
悪いことはできないものだな。
まあ、学友の家がタチの悪い先から借金をして、その後ろにいる貴族にいいようにされていたことを知ったレックスが召喚獣とともに乗り込んだ、などという話を聞いた時にはどこの演劇の話だとは思ったが。
「学友がどうこうではなく、あの家のしていることは法の範疇を超えていました」
義に駆られたわけではなく、あくまで法に照らし合わせたうえでのことだとそう言い切った息子。
しかし、私にはわかる。
絶対にかっこいいからという理由で乗り込んだのだと。
なぜなら私も過去に同じような事をして同じように父に問われて同じように答えたからだ。
血は争えない。
人死にが出ないように調整しているようだが、ヘッセリンクが動くということがどういう事かを言い聞かせてはみたものの、伝わっているかどうか。
成長した息子が学院を卒業し、オーレナングで生活するようになって数年経過したある日、なんとあの闇蛇が私を狙ってやってきた。
我が家のことだから恨まれる理由なんて掃いて捨てるほどあるのだが、なにも私が当主になってから狙ってこなくてもいいものを。
私などより父や祖父の方がよっぽど悪辣だったはずなのになぜだと思いつつも、家来衆に取り押さえられた暗殺者を見て驚いた。
幼い子供だったのだ。
なんということだ。
人材不足の波は裏組織にも押し寄せているのか。
そんな風に呆れてしまったが、暗殺者は暗殺者。
可哀想だが処分するしかないかと暗い気持ちになっているところに、レックスが手を挙げた。
面白そうだから従者にしたい、と。
なるほど、確かに面白い。
だが、愛妻にレックスを甘やかし過ぎだとたびたび叱られる身としてはただで認めるわけにはいかない。
条件をつけなければな。
うん。
単独で闇蛇を壊滅させてこいというのはどうだろうか。
レプミアの闇を暴くという意味でも、世間的にも意義があることだ。
どよめく家来衆を他所に、笑顔で頷くレックス。
このやりとりが、のちに『ヘッセリンクの悪夢』などという大それた名で広まるとは、予想していなかった。
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