第177話 イベント終了

 ヘッセリンク伯爵家主催、『ヘッセリンクと行く! オーレナングの森ツアー』は、一部を除いて大盛況のうちに終了した。

 ある高位貴族Kさんからは、定期的に開催してほしいという希望がなされている。

 とりあえず浅層、中層とも全参加者に怪我はなしという報告を受けて一安心だ。

 参加者の皆さんには、逗留するもよし、勝手に帰るもよしと伝えてあったので、僕が帰還した時には既に帰領している当主の方々も多い。

 ゲルマニス公爵は僕が帰るまで待つと言っていたらしいが、ダイファンをはじめとする家来衆に拘束されて連れて帰られたとか。

 

「で? 奥まで連れて行って脅し上げたって? 俺が言うのは違うかも知れねえけど、素人さんにあんま酷いことしてやるなよ」


 帰ってきた翌朝、執務室でメアリにエスパール伯に関する顛末を聞かせると、呆れたようにため息を吐かれてしまった。

 

「優しいじゃないか、メアリ」


 薄々気づいてたけど、そもそもメアリやクーデルは、エスパール伯に対してそこまで腹を立てていないようだ。

 酷いこと言われたんだから、もっと怒ってもいいんだよ?


「ま、俺たちが元闇蛇なのは事実だからな。死んだ親父さんにだけきっちり頭下げればそれで手打ちでいいわ。俺もクーデルも、他のみんなも、兄貴が俺たちのために怒ってくれただけで満足だよ」


 どうやら、自分達が怒る前に僕とフィルミーが暴発済みだったから拳を振り上げるに至らなかったらしい。

 僕も先にフィルミーがキレたから冷静でいられたんだったな。


「そうか。まあ、我が家が手打ちにしようと、王城側がエスパール伯をどう扱うかはわからないがな。やることはやった。あとは……」


「伯爵様。よろしいでしょうか。セアニア男爵様をお連れしました」


 話しているところに、フィルミーがセアニア男爵を伴って入室してきた。

 ここまで長かったが、ようやく本題と向き合える。

 さあ、もうひと勝負だ。


「ああ、入っていただいてくれ。セアニア男爵。お時間をとっていただき申し訳ありませ……ん? 」


 入ってきたセアニア男爵の頬に、手当てした跡が見て取れる。

 あれ、みんな無傷じゃなかったっけ?

 怪我してるじゃないか。

 

「一体どうしたのですかそのお顔は」


「ははは、お恥ずかしい限りです。少し親子の間で行き違いがございまして」


 魔獣にやられたんじゃないならいっか!

 とはならない。

 この場合、加害者のイリナを男爵の娘として扱うか、うちの家来衆として扱うか。


「イリナがそれを? あー、我が家の家来衆が申し訳ないと頭を下げるべきなのか悩むところですが」

 

「いやいや、これは親子喧嘩の結果ですから。まあ、一方的に私がやられただけですがね」


 あの子、そんなに気性荒かったっけ?

 まあ、フィルミーに怪我させたジャンジャックに噛み付いたりしてるから荒くないとは言い切れないが。

 本題に入ろう。


「それで、イリナとフィルミーの婚姻についてですが」


「ええ。セアニア男爵家当主としても、イリナの父としても。この婚姻に賛成いたします。ただ一つだけ。フィルミー殿には我が家セアニア男爵家に婿入りしてもらうことにしました」


 おおー!!

 お?

 婿入りとな?

 僕の表情の遷移を敏感に読み取ったセアニア男爵が丁寧に真意を説明してくれた。

 どうやら、頬の傷も説明不足が原因でイリナに引っ掻かれたものらしい。


「なるほど。子供のことを慮って、ですか。フィルミーはそのことに納得しているのだな?」


「はい。イリナを手に入れるために無理を押して騎士爵に成り上がったのですから。喜んでセアニア男爵家に婿入りいたします」


 ならいいんじゃない?

 僕から言うことなどない。

 フィルミーは、アルテミトス侯爵家とのいざこざの際、領地や金銭の代わりに転籍を認めてもらった貴重な人材だ。

 それを引き抜かれるとなるとややこしいけど。


「これまでとなんら変わらないという話だろう? 騎士爵殿?」


「これまでどおりフィルミーとお呼びください。あと、みんなにも伯爵様からそのように周知をお願いいたします。騎士爵と呼ぶ際、皆半笑いなのです」


 そんなに嫌そうな顔するなよ兄弟。

 そんないい顔されたら、当面弄るしかないじゃないか。

 

「愛されているなあ、フィルミー殿。今度、ヘッセリンク伯に暇をいただけたらセアニア男爵領に遊びにくるといい。妻や子供たちを紹介したいからな」


「喜んで」


 義理の親子関係も上手くいきそうだ、

 僕の時のような妙な横槍が入る前に固めるとこを固めた方がいいな。


「それなら今回男爵がお帰りの際に、護衛がてら行ってくるといい。イリナにも長期の休みを与えるから二人でゆっくりしてきたらどうだ?」


「伯爵様。先方にも準備の関係などあると思いますので、すぐにというのはあまりにも乱暴かと」


 さっきまで柄の悪い美少年だったメアリが、執事モードでそう指摘してくる。

 意訳すると、『適当な思い付きで決めるんじゃねえ。貴族が段取り無視するなよ、セアニアも迷惑だろ』となる。

 ごめんなさい。

 しかし、意外なことにセアニア男爵は笑顔でウェルカム状態だ。


「当家なら問題ない。なにせ小さい家なのでなんのお構いもできないが、それでもいいなら」


「決まりだな。幸い、今回の催しで森の魔獣は一時的に数を減らしているし、深層の奥にいた巨竜も討伐済みだ。すぐに何かが起きることはないだろう」


 

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