第173話 さらに奥へ
エスパール伯に向けたカナリア公の威圧を受けて、サルヴァ子爵とジャンジャックがいつでも止められるよう臨戦態勢だ。
エスパール伯とロソネラ公の護衛の皆さんは上裸ジジイの気に当てられたのか一様に顔が青い。
唯一笑顔を崩さなかったのはロソネラ公。
「ヘッセリンク家の常軌を逸した行動なんて無視しておしまいなさいな。取って代わられるかもなんて細い神経では、本当に別の家に取って代わられてしまいますよ、エスパール伯」
これは皮肉ではなく、心からエスパール伯を案じて出た言葉らしい。
僕やカナリア公が発したら確実に煽り100%で相手に届くだろう。
見た目優しげなロソネラ公が口にするからこそ効果を発揮する。
実際、エスパール伯は渋い顔ながらも反論していない。
その態度が不満だったのか、面白くなさそうに鼻を鳴らす御老公様。
「ロソネラのが言ったことと儂が言ったことに違いがあるか? ほぼ同じことを違う言い方をしただけじゃろう」
その言葉を受けてサルヴァ子爵が言う。
「優しさの有無でしょうな」
僕はこう思う。
「偉そうな物言いではないでしょうか」
ジャンジャックは鼻で笑う。
「発したのがカナリア公な時点で受け付けません」
「よし、お主らそこに一列に並べ。元国軍トップの拳を馳走してやる」
額に青筋を立てて拳を握り込むカナリア公。
誰か一人ぐらいフォローするべきだったかもしれないけど、ヘッセリンクに代わって俺がお前の領地を平らに均すぞとか言っておきながら、ロソネラ公の優しい言葉とイコールだと言い切る神経が図太すぎる。
ただ、僕がカナリア公の拳骨なんか食らったら戦線離脱を余儀なくされそうなので両手を上げて降参の意を示しておこう。
「謹んで遠慮させていただきます。さて、魔獣の姿もなくなりましたし、どういたしますか?」
「どうするとは?」
そろそろ本題を片付けないとな。
顎クイ以降むっつりと黙り込んでいるエスパール伯に声をかける。
「先ほどカナリア公とサルヴァ子爵が討伐した魔獣はボムカウ。脅威度はCです。ご意見は?」
「意見だと……? 一体何を」
「『魔獣の脅威度はヘッセリンクが設定しているのだから、それ自体の妥当性が乏しいと言わざるを得ない』。そう仰ったのをお忘れですか?」
そもそもの始まりはそこだったでしょう?
まさか忘れたとは、言わせませんよ旦那。
「いや、それは」
「その反応は覚えていらっしゃるようですね。結構。では、妥当性について伺いたい。当家はあの爆弾牛を脅威度Cと設定しました。エスパール伯ならばどのように値付けを行うかご意見をいただこう」
「……」
ええ?
黙秘する気ですかそうですか。
それではこちらも粛々と事を進めるとしよう。
「あらあら、エスパール伯は仕方のない男の子ですね。これでもまだ意地を張り続けるなんて」
「一言すまんと言えば屋敷に戻れるかもしれんのになあ。簡単に頭を下げんというのも貴族の矜持かもしれんが、仕方のないやつじゃ」
ありもしない黙秘権を行使したエスパール伯の態度を見て、困ったように頬に手を当てるロソネラ公。
カナリア公もお手上げとばかりに首を振っている。
まったく、仕方のないおじ様だ。
「ふむ。まだ我が家が設定した脅威度の妥当性に疑問があるというわけですね。よろしい。では、もう一段。強度を上げてみましょう」
カナリア公に顎を鷲掴みにされて至近距離でプレッシャーを掛けられた直後にも関わらず、まだ意地を張り通すガッツが残っていることに敬意を表して、最近解放されたばかりの最新アトラクションエリアにご案内しよう。
「レックス様」
僕の判断に思うところがあるのか、引き締まった表情のジャンジャックが真っ直ぐにこちらを見てくる。
が、口元の緩みが全く隠せていない。
「その表情はどっちだジャンジャック。危険だからやめろというつもりなのか、それとも逆なのか」
「ヘッセリンク家来衆としては、他家の当主様方をあちらにお連れするのはあまりにも危険であり、即刻止めるべきだと理解しております。しかし、個人としては今すぐ駆け出したいくらいにはワクワクしております」
正直者め。
今回はオドルスキもいないからな。
獲物を独り占めできることにワクワクを隠しきれていない。
いや、もちろん召喚獣のみんなは投入するけど、そんなに楽しみならある程度は任せてみよう。
「何の話じゃヘッセリンクの。儂らにもわかるよう説明せんか」
「承りました。先日の氾濫騒ぎで私とジャンジャック、そして聖騎士オドルスキがこの深層のさらにその奥まで踏み込んだことはご存じでしょうか? そこは脅威度A相当の人型をした魔獣が闊歩する、灰色の魔境でした。深層の魔獣ではエスパール伯に充分ご納得いただけなかったようですので、今からそちらにご案内いたします」
言外にこれから赴く場所は今いる場所よりさらに酷いところだと伝えると、エスパール伯の顔色はもはや土気色だ。
膝の震えは止まらず、ついには護衛の男性に支えてもらう有様。
護衛さんが必死に目で何かを訴えかけてくるけど、残念ながらこの段まできて慈悲はない。
「となると、また野営か? 儂やラッチはいいが、ロソネラのにはちとキツいじゃろ」
女性にはお優しいカナリア公から真っ当な指摘が飛ぶ。
時間がもったいないからこのままご同行願いたいけど、相手は上得意様かつ公爵様だ。
体力的面や、衛生面の問題でどうしても帰りたいと仰るなら、ジャンジャックに送らせるかな。
「あらあら。ワタクシを心配してくださるのですか? でも大丈夫です。新しい商品が見つかるかもしれないのなら、二日や三日の野営、問題ございません」
女帝様は、帰りたいどころか前のめりでした。
流石は四大公爵の一角。
気合の入り方が違う。
ジャンジャックと似たワクワク顔のロソネラ公に、カナリア公も苦笑いを浮かべた。
「ロソネラから見れば魔獣は須く商品か。いや、相変わらず商魂逞しいわい」
残念でしたね、エスパール伯。
ツアーの延長が決定しました。
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