第171話 有名人の集い
カナリア公が我儘全開で退がってきてしまったので、やむを得ず僕が前に出ることになった。
我が家の家来衆筆頭ことジャンジャックはもちろん連戦希望で、今も一人で牛相手に大立ち回り中だ。
誰も奴を止められない。
サルヴァ子爵は、お疲れ様です。
お茶でも飲んでゆっくりしていてください。
「では、恐れ多くもカナリア公からのご指名です。わざわざレプミア一の危険地帯にご参集頂きました皆様への感謝を込めまして、レックス・ヘッセリンクの力の一端をご覧入れましょう。おいで、ゴリ丸、ドラゾン、ミケ、マジュラス!!」
いつもどおり空から降ってくるゴリ丸、ドラゾン、ミケと、音もなく僕の目の前に姿を見て現すマジュラス。
我が家では八歳でいることを宿命付けられた亡霊王は、ゆっくり周りを見回したあと、コテンと首を傾げて見せる。
「主よ。先輩方も全員召喚とは、そんなに恐ろしい魔獣でも出たのかのう? 見た感じではなんてことのない小物ばかりじゃが」
エスパール伯がなんてことのない小物だとう!?
ああ、魔獣の方ね。
失礼。
「いや? とりあえず示威行為だ」
「普通それは脅威が現れた時に行うものだと思うのじゃが?」
危険地帯の中心で正論をぶつけられて困惑してしまっているのは僕です。
「脅威と言えば脅威だろう。なんといっても経験不足の若手貴族である僕を目の敵にしている怖い先輩貴族は」
言い訳になっていない言い訳に、マジュラスは半眼で肩をすくめた。
その意味は、どの口が言ってるんだ? だろうか。
「まあ、こんな場所で主がどうこうなるとは思っていないし、我も魔力を食えるからよいのだが……ジャンジャック殿!」
一人で連戦中のジャンジャックを呼ぶと、マジュラスに気づいて軽やかなステップで帰陣してきた。
「おや、マジュラスさん。ご機嫌よう」
そして、優雅に一礼。
どこで誰に仕込まれたのか、見惚れるほど美しい礼に、マジュラスが片手を上げて応じる。
「ご機嫌ようなのじゃ。さて、お楽しみのところ申し訳ないが、ここからは我らが受け持つ。ジャンジャック殿はお仲間と下がっていてくれて構わんのじゃ」
マジュラスの提案にふむ、と一言だけ呟いたジャンジャックは、なぜかすんなりそれを受け入れてカナリア公達がいるブロックまで下がっていった。
意外だ。
全滅させるまで暴れると思ったのに。
「老体が多いので適度に休憩をとらねばならないので助かります」
「誰が老体じゃ!!」
ほぼ脊髄反射で大声を上げるカナリア公。
自分が老体だと自覚している人間にしか不可能な速度の反応に、仕掛けたジャンジャックは半笑いだ。
「わかっているようですが、貴方と私とラッチですよ。諦めなさい。老いには勝てないのですから。酒と女遊びを控えればもう少し長生きできるかもしれませんよ?」
普段は、何かを超越した雰囲気で掴み所のないジャンジャックが、カナリア公と絡んでいる時だけは所々豊かな人間味を表しているのが新鮮だ。
若い頃の二人を知っているであろうサルヴァ子爵も、そのやりとりを笑顔で眺めている。
「相変わらずカナリアの大将には冷たいな、ジャン。まあ、原因は大将にあるから擁護のしようはないが」
「野盗でもあるまいし、大将などと呼ぶなと言っておるだろう。お前がそんなじゃから儂の派閥が若いのに敬遠されるのではないか?」
いや、ほぼ間違いなく貴方のせいでしょう。
トップの二つ名が『千人斬り』の時点で、ある程度の若手は敬遠すると思いますよ。
そんなおじさま方のイチャイチャを眺めていた、四人目の深層ピクニック希望者が口元に手を添えて笑う。
「仲がよろしいのね、皆さん」
「ロソネラ公。あまり前に出られませんよう。お怪我でもされたら屋敷で待つご家来衆に顔向けできません」
深層班、エントリーNo.4。
十貴院の五にして、レプミア唯一の女性当主。
ロソネラ公爵閣下、参戦。
エスパール伯への懲罰にかこつけたこのイベント。
これはもう、国の公式イベントと言っても過言ではないな。
「儂は怪我してもいいとでも?」
「レプミアで最も危険な場所の一つを上半身裸で闊歩しておいて心配も何もないでしょう」
接敵した瞬間にお爺ちゃんの脱衣を見せられたこちらの身にもなってほしい。
なんでも、魔力による身体強化でマッチョ化するタイプらしく、着てると服が弾け飛んじゃうんだとか。
嘘かほんとか分かり辛いので迂闊にツッコめないのがまたイタい。
そんな僕の心中を察することなく、カナリア公は急に表情を引き締めた。
「ま、正論じゃな。ラッチ、この辺りからは儂らとて足手まといになる。無闇に前に出るでないぞ」
キリッと音が聞こえそうなキメ顔だったけど、サルヴァ子爵は眉間に皺を寄せて抗議の姿勢だ。
「いや、だから私は中層でいいと何度も主張したでしょう! それを貴方が無理やり」
「あー、あー! うるさいのう。ロソネラのところの娘っ子たちを見習わんか。取り乱しもせず主人を守っておるぞ」
おとなげないやりとりを笑いながら観察するロソネラ公の周囲には、お揃いの赤みがかった鎧を身につけた女性兵士が5人。
前後左右を囲むように立ち、その表情からは、何人たりとも主人には近づかせないという気合を感じる。
「この子達には悪いことをしました。ワタクシがオーレナングの森の深い場所を見たいと我儘を言ったので」
「それでも文句一つ言わず供をする。『女帝』の求心力の凄みじゃな」
公爵様ともなると、世間的に囁かれる非公式の二つ名があるわけで。
ロソネラ公のそれは、『女帝』。
我が家の『狂人』のように家につけられたものではなく、家来衆や領民から慕われ、強い求心力を持つ現公爵に紐付いた二つ名になる。
しかし、ご本人はそう呼ばれたことに不満顔だ。
「あまり女帝と呼ばれるのは好みません。なんだか我儘な響きがあるでしょう? それに、ワタクシは皆さんと比べれば何の力もない人間ですから」
「何の力もない人間が、魔獣の素材漁りにこんなところまで出張ってくるわけないじゃろうが。商売熱心もほどほどにせんとな」
ロソネラの主要産業は、各種製造・加工業。
特に、お抱えの職人群による魔獣や獣の素材を加工する技術が売りで、武具はもちろん食べ物まで取り扱う、商売偏重の家。
それがロソネラ公爵家だ。
魔獣の素材を流通させるトップランナーたる我が家からしたら、一番のお得意先と言っても過言ではない。
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