第159話 狂人の本性

 緊急事態発生!

 緊急事態発生!

 我が家の常識人ランキング一位、兄貴系斥候のフィルミーがエスパール伯爵さんを殴り倒しました!

 なにしてるの?

 馬鹿なの?

 いや、メアリやクーデルを貶める発言には正直はらわた煮え繰り返ってゴリ丸喚ぼうとしてたけど、ゴリ丸のゴを発声するより早く、貴族風衣装を身に纏った男前が嫌味な親父を殴り飛ばすのを見て頭が冷えた。

 自分より怒ってる人がいると一気に冷静になるよね。

 しかし止める暇もない素晴らしく無駄のない動きはジャンジャックの指導の賜物だな。

 エスパール伯爵、生きてるよね?

 って違う、そうじゃない。

 どうする、このままだとフィルミー捕まるだろ。

 イリナとの結婚どころの話じゃなくなるぞ。


【レックス様。ここはヘッセリンク伯爵の狂人の部分を押し出してください。さあ、怖い貴族様ムーブです】


 なるほど、理解した。

 狂人レックス・ヘッセリンクが怒っているぞとアピールするため、可能な限り不機嫌な感じの低音を心掛ける。


「護国卿である私、レックス・ヘッセリンクが命じる。貴様ら、静まれ。そして、今立っている位置から一歩も動くな」


 僕が繰り出した怖い貴族様ムーブの効果は抜群なようで、誰もフィルミーを捕らえようと動き出すことはなかった。

 よし、成功だ。

 そう思った瞬間、静まり返った王城の玄関にガシャン! という音が響く。

 目を向けると、一人の兵士が膝をついていた。


「動くなと言っただろう? 誰が膝をつくことを許した?」


 驚かせるんじゃないよまったく。

 ここで一人でも襲い掛かってきたら本当に手加減できなくなるから。

 お願いだから言うこと聞いてくれ。

 リスチャードは……腹を立てたように、冷たい視線をエスパール伯爵家の皆さんに向けている。

 ように見えるけど、唇の端がプルプルしてるの隠せてませんよ?

 くそっ、演技してるのを見透かされるの恥ずかしい!

 

【レックス様頑張ってください。怖い顔も素敵です】


 ありがとうコマンド。

 頑張るよ。


「エスパール伯は私の大切な家来衆を汚い言葉で罵り、その名誉を貶めた。本来であれば私自ら断罪するところだが、幸い家来衆の一人、鏖殺将軍ジャンジャックの弟子であるフィルミーにより鉄鎚が下された。ただ、この程度ではまったく足りない」


 悪いのはエスパール伯だぞ?

 うちの家来衆がどついたけど、まさかその程度で済まされると思ってないよな?

 しかも、そいつジャンジャックの弟子なんていうヤベエ奴だから何するかわからんぞ、気をつけろよ?

 という三段構え。


「鏖殺将軍の弟子……」


「まさか、そんな」


 僕の不機嫌な物言いと、伝説のヤバい奴ジャンジャックの弟子の登場にエスパール陣営はパニック状態だ。

 僕が視線を向けると、震えがより激しくなった。

 恨むならそこで白目剥いてるご当主を恨んでください。

 無駄に絡んでこなければこんなことにはならなかったんだから。


【素晴らしい怖い貴族様ムーブでした。とは言え、この場に留まるのはフィルミーが危険です】


 そうだね。

 とりあえずフィルミーを逃そう。

 屋敷だと母上に迷惑かけそうだから、オーレナングに戻すか。


「フィルミー」


 呼び掛けると、フィルミーがすごい速さで膝を突き頭を下げる。

 なんで君まで震えてるの?

 

【フィルミーには普通に声をかけていいのでは?】 


 そうですよね。

 でも、僕も緊張してるから、この声の低さで調節しちゃうと簡単に戻らないんだよ。

 申し訳ないけどこのまま進めます。


「貴族に暴行を働いたことについては許されざる蛮行だが、不当に貶められた家来衆の名誉を守ったことは誉めてやる。功罪を相殺し、貴様には当面オーレナングでの謹慎を命じる」


 無期限謹慎という体の無罪判決。

 当たり前だ。

 我が家の善良な元闇蛇を馬鹿にした落とし前をつけただけなんだから。

 なんならあとで金一封を渡そうと思う。


「承知、いたしました」


 ひとまずこれでよし。

 あとは、エスパール陣営の皆さんにもう一押ししておくか。

 顔合わせるたびに絡んでこられたらたまったもんじゃないからな。

 気絶してる雇い主にも、ヘッセリンクさん怒ってましたよってちゃんと伝えておいてもらわないと。

 

「戻り次第、ジャンジャック、オドルスキ、メアリ、クーデルにエスパール伯爵領に侵攻するよう伝達。貴様は領兵とともにオーレナングの守備に就け」


 そう告げると、エスパール伯爵の家来衆の震えが激しくなった。

 効果は抜群だ!

 そして、フィルミーや王城の守備兵の震えも激しくなった。

 効果が抜群過ぎた!

 リスチャードも震えてるけどあれは笑いを堪えてるだけなんで放置。


「伯爵様は、どうされるおつもりですか?」


 震えを必死で抑え込みながら、こちらサイドのフィルミーがなんとか声を絞り出してそう聞いてくる。

 ナイスガッツ!

 そうね、本当に侵攻なんてするつもりはないんだけど、狂人レックス・ヘッセリンクならこうするんじゃないかな?


「知れたこと。私もこれからエスパール伯領に向かう。ジャンジャックに伝えろ。急がなければ私一人で北を更地にするぞ、とな」


 ニヤリと笑いながらそう告げる。

 とりあえずここまで言っておけばエスパール側から何かしらリアクションがあるだろう。

 なかったら?

 その時はその時だけど、王城からか他の大貴族からか、流石に仲裁が入るんじゃないかと思う。


【見積もりが甘い気がしますね】

 

 可愛いメアリやクーデルを悪し様に言われたんだ。

 このくらいの脅しで済むんだから感謝してほしい。

 


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