第127話 王手
せせら笑うマジュラスの顔が癇に障ったのだろう。
地面に縫い付けられままのディメンションドラゴンがビタンビタンと身体を上下させ、怒りを露わにする。
そのたびに大地が抉れ、木々が薙ぎ倒され、ついでに潜んでいた魔獣たちが巻き込まれていった。
「あれは、姿を消そうとしているのか?」
「そうじゃな。危機に陥ったら姿を消して安全を確保し、そのまま次元の狭間に逃走する。傷が癒えたら何食わぬ顔で降臨。なんとも気の長い話じゃ」
整理しよう。
完全回復のカラクリは、傷を負うたびにここではない何処かへと身を潜めて、回復するまで待っていたということ。
ここではない何処かは、時間軸すら違う別次元。
なんと、本物のチートラスボスだったんだなディメンションドラゴンさん。
消えて出てくるのにこっちじゃ長くても数分だったけど、次元竜さん的には何日とか何ヶ月とか休んでた可能性があるってことだ。
傷だけじゃなく疲労もゼロとか。
「それではなぜ父に傷を負わされてからここまで姿を現さなかったのか……」
手酷い傷を負わされたところで、今回みたいにすぐ復活して見せればよかっただろうに、それをしなかった理由。
「怖かったんじゃろ」
こともなげにそう断定するマジュラス。
「……まさか、そんなことが」
そんなことがあるわけないだろ、相手は腐っても竜種だぞ? と言いたかったけど、言えなかった。
それくらい腑に落ちる理由だったから。
「自分より強い相手などいない。定期的に暴れてストレスを解消して満腹になったら惰眠を貪る。そんな生活をしているところに自分を死の淵に追いやる存在が現れたら、いかに傍若無人な蜥蜴でも恐怖くらい感じるのではないか?」
いちいちごもっとも。
お山の大将というには生態系のトップに近いところに君臨していた次元竜。
寿命以外ではほぼ不死と言っても過言ではないその特性があれば天狗になってもおかしくない。
暴れて食って寝るという、欲望に忠実な生き方をしていたところに、馬鹿みたいにデカい槍を担いだ人間が現れて、想像もしてなかった傷を負わされた。
多分、何度も何度も追い詰められては別次元に避難して力を蓄えたんだろう。
そこまでしてもようやく相打ちという、決して芳しくない結果だった相手に恐怖という感情を植え付けられた次元竜。
「もしかして、父が亡くなるのを待っていた、か? はっ、もしそうなら凄いことだ。『未曾有の災害を生み出す竜種に恐怖を植え付けた男、ジーカス・ヘッセリンク』。あの巨大な槍を収めたケースに記してやろう」
これで、先代は歴史に名を刻むことになるな。
歴代ヘッセリンク伯のなかでもトップクラスの武人としても、狂人としても。
僕の言葉にうんうんと頷くマジュラス。
「それはいい。そして、主の遺品を収めるケースにはこう記されるのじゃ。『脅威度S、次元竜を屠った狂人、レックス・ヘッセリンク』とな」
「それはやめておこう。僕はヘッセリンクとしては凡庸な男だ。家来衆や召喚獣達に助けられてようやく護国卿として立てているレベルだからな。その程度で歴史に名を残すなど烏滸がましい」
「よく喋るのう。何か後ろ暗いことでも?」
後ろ暗いことなんかないよ。
ほんとだよ?
これ以上の狂人ポイントの加算はお断りなだけだ。
「まあよい。さあて。どうするかのう。このままこの地に縛り付けて朽ちていくのを待つというのも一興じゃが」
涼しい顔のまま瘴気で次元竜を縛り付けながらそんなことを宣う亡霊王さん。
台詞だけなら十分悪役だけど、声変わり前の可愛い少年のものなのでチグハグ感がすごい。
「悪いが、現在進行形で家来衆が頑張ってくれているんだ。可能な限り速やかに帰還したい」
よく考えたら、朽ちていく姿を眺めていたいと思うほどの恨みもない。
父の仇ー!! って感じにならないのは、僕の事情だけじゃないはずだ。
レックス・ヘッセリンクの感情が動くと、要所要所で僕の言動に影響を与えてきたから。
今回はうんともすんとも。
親父が勝手にディメンションドラゴンに挑んだんでしょ? くらい言いそうだな。
なので、討伐できるなら即お願いしたい。
「ふむ。とは言っても残念ながら我は相手を攻撃するという点において手札が乏しいからのう。……ああ、ちょうど良いわ。暴れん坊達が、戻ってきておる」
暴れん坊達と言われて思い当たる節が二人。
顔を思い浮かべた瞬間、奴らを飲み込んだブラックホールもどきが二つ現れ、バリバリという音を立てて穴が広がっていく。
そして、我が家所属の鬼が二体、ゆっくりと姿を現した。
元々精悍な顔をした二人だけど、先程より髪と髭が伸び、やや頬がこけているし、なにより目がぎらついているのが怖い。
表現するなら、殺意の塊?
「空飛ぶ蜥蜴風情が、よくもやってくれましたね……。このジャンジャック、腸が煮え繰り返っております。もちろん、自分の不甲斐なさにですがね」
「お館様、ただいま戻りましてございます。この度の不手際、如何様にも罰していただいて結構。ただ、この化け物の首を落としてからにしていただきたい」
いくら僕が雇い主でも、今の二人に逆らう胆力はない。
家来衆に気圧されることを情けないという感情なんか、今の二人を前にしたら芽生えすらしません。
とりあえず、少しほぐしておこうか。
「まあ、お前たち二人の無事は疑っていなかったから驚きもないが。どうやって戻った?」
「強いて言えば、怒りでございます」
あ、これはだめだわ。
オドルスキ?
「私は、恥ずかしながら家族への愛でしょうか。あとは、怒りですね」
「手段を聞いたつもりだったのだが」
よし、やめよう。
何を話してもほぐれません。
笑ってるんじゃないよマジュラス。
「まあいい。あれの息の根を止めるのに、どのくらいかかる? 僕は一刻も早くエイミーの元に戻りたいんだ」
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