第74話 就職試験〜自己アピール〜

 エリクスの語った護呪符の効果とその研究目的はコマンドの説明とほぼ一致した。

 魔力はどんな人間にも存在するらしい。

 だけど一定量を保有していなければ魔法を発現することはできない。

 だからこそ魔法使いは重宝され、よっぽどでなければ食いっぱぐれることもない。

 そこにもってきて護呪符はどうだろう。

 魔力の量が少なくても符の力である程度の魔法を使用可能になるということは、村人全員が魔法使いと言っても過言ではない状態が出来上がる。

 農作業はもちろん様々な作業が飛躍的に効率化され、結果的に村の生活の安定につながっていくということだな。

 国やそこそこの規模を持つ貴族が本気で取り組めば魔獣の素材くらいなんとかなりそうだけど、それでもここまで廃らせている理由は一つ。

 民に無用な戦力を持たせたくないから。

 護呪符が大量生産されたらまず間違いなく軍事利用されるだろうしなあ。

 真面目に考えたらかなり取り扱いの難しい代物だ。

 

「自分は! 自分は、この技術がこの世を悪い方向に導く可能性があることを理解しています。だからこそ、より安全に、軍事利用されないような護呪符の開発ができないかを模索してきたのです。実際、その方法にはある程度目鼻もついています」


 まじか。

 本当に優秀なんだな天パ金髪くん。

 そうなると必要なのは……。


「あとは実証の場と、資金と材料か。貴族でもなければよっぽどのパトロンでもいなければ辛かろう」


 元々うちの森に来たのも金がなくて魔獣の素材を狩りに来たんだったか。

 学院にいるうちはある程度の素材が支給されるだろうけど、卒業後は当然恩恵に預かることはできない。

 護呪符士? として士官するのか、護呪符研究家としてパトロンを見つけ出すのか、はたまた今回のエリクスのようなに自給自足を目指すのか。

 いずれにしても困難がつきまとうだろう。

 エリクスも当然その事実に気づいているので悔しそうに唇を噛みながら俯いたけど、すぐに顔上げ、肩を震わせながら言葉を続けた。


「……仰るとおりです。元々マニアックな分野でもありますし、有用性を認めてくださった数人の貴族家の御当主方もそれほどの資金は出せないと」


「そうだろうな。効果は魅力的だが費用対効果が悪すぎる。それに、費用面をクリアしたとて、派手に護呪符を量産すれば国に睨まれかねん」


 護呪符の専門家を雇うのは、貴族にとってハイリスクローリターンな賭けでしかない。

 いくら安全性を謳っても常に国の監視が向く環境を歓迎する貴族は極めて少ないだろうな。

 

「やはり、そうですか……」


「それでもなお、護呪符の研究を進めるつもりか? 控え目に言って荊の道だぞ。お前は勉学でも結果を残しているのだろう? 文官として士官してその俸禄を仕送りしてやる方が建設的だと思うがな」


 頭いいんだから潰しは効くだろう。

 王立学院の特待生なんて肩書きがあり、人も悪くなさそうなエリクスを欲しがる家が全くなかったはずがない。

 

「それでは我が家しか豊かになりません! 自分が目指しているのは、村に住むみんなの生活を楽にさせることなのです!」


 それなのに未だに士官先が決まらないのは護呪符については諦めさせようとして、彼が強く反発したからだろう。

 根っこにあるのは生まれ故郷を豊かにしたいという子供じみた夢で、悪いことに、彼はその夢を実現に近づけるための実力を持っている。

 足りないのはあと一歩のなにかだ。

 その一歩を前に夢を諦めろと諭せば反発したくなるのもわからなくはない。

 大声を張り上げたエリクスにクーデルが再び反応しようとするのを手で制しておく。

 まじで斬りかねんからなこいつは。


「あ……し、失礼しました! 現実の見えていない愚か者の戯言でございます。ご容赦ください」


「構わないさ。それで、これからどうする気だ?」


「自分は自分の夢を諦めることはできそうにないのです。ですから、この護呪符の研究を続けられる環境を探し続けます。そして、故郷で自分の成功を応援してくれているみんなを、絶対に豊かにしてみせます!」


 我儘だなあ。

 でもそのくらいじゃないと新しいことはできないのかもな。


「ふむ。その意気やよし。ハメスロット」


 横に座るハメスロットに視線を向けると、深々とため息を吐いた後にゆっくりと首肯して見せた。

 

「承知いたしました。護呪符という分野についてはジャンジャック殿にお任せするとしましょう。私は文官としての仕事を叩き込むことに注力いたします。それでよろしいですか?」


 以心伝心って素晴らしいね。

 エリクスが優秀なのは間違いない。

 護呪符の効果が素晴らしいのも間違いない。

 うちは文官が足りない。

 うちなら魔獣の素材くらい山ほど提供してあげられる。

 win-winじゃない?

 護呪符なんてものがなくても、既に各方面から睨まれてる我が家に死角はない。

 若くて経験がなくてやや頑固なとこはあるけど、それはほら、うちの家来衆で面倒みれば可愛がればなんとかなるだろう。


「具体的な雇用条件についてはお前に任せる。王立学院への報告もしておくか。あとは……王太子殿下には一報入れておこう」


「御意」


 王立学院には貴方のとこの生徒さんはうちに就職しましたよっていう連絡。

 王太子については、これこれこういう人材を雇いましたけど、叛意とかはないですっていう言い訳だ。

 貴族って面倒だね。


「あーあ、始まったよ。見とけクーデル。これが俺たちの雇い主様の悪癖だ」


 人材発掘を悪癖とは心外な。

 それこそ自領の豊かな発展のためには欠かせないピースだ。

 クーデルもメアリの言葉に首を傾げているじゃないか。


「難しいことはわからないし、私はメアリとユミカ以外に興味はないけど、その技術がすごいことはなんとなくわかるわ。それが他の家に取られるくらいならヘッセリンク家で囲ってしまった方がいいと思う」


「そのとおりだクーデル。あとでメアリの昔の話を聞かせてやろう。まだ僕に心を開いていない尖っていた頃の話だ」


「ありがたき幸せ。永遠の忠誠を伯爵様に」


 流れるような動作で膝をつくクーデル。

 思い出話でそこまでの忠誠がいただけるとは思わなかった。


「おいやめろ馬鹿伯爵」


 額に青筋を立てて詰め寄ってくるメアリ。

 キャッキャしてる僕らと対象的に、事態が飲み込めずオロオロしているのは当事者であるはずのエリクス。


「え? あの、一体どういうことでしょう?」

 

「エリクス。僕、レックス・ヘッセリンクはお前を家来衆の列に加えたいと思っている。雇用条件はのちほどハメスロットから伝えさせる。数日間考える猶予を与えるのでよく検討して我が家に仕えるか否かを回答しろ」

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