第58話 女暗殺者の深い愛 ※主人公視点外
『絶対に殺してやる……覚悟してなさい、レックス・ヘッセリンク!!』
そう思って生きていた時期があった。
少なくとも、最近数年間はそれだけを目標に、
そんな私がその標的に膝を折り、絶対の忠誠を誓った理由もまた、メアリにある。
私の可愛いメアリ。
物心ついたときにはいつも私の後をついて回っていた可愛い顔の男の子。
思春期になってからはクーデルと呼ぶようになったけど、幼い頃には私のことをお姉ちゃんと呼んでくれていたのよ?
子供ながらに、私はこの子を守るために生まれてきたんだと強く確信したわ。
理屈じゃない。
鳥が空を飛ぶように、魚が水を苦にしないように、獣が我が子を守るように、私はメアリを守り、愛する。
闇蛇という、国の暗部を担う組織で暗殺なんていう汚い仕事に手を染めながら、どんなことがあってもメアリだけは手放さないと決めていた。
それなのに、メアリはある仕事に向かったっきり、帰ってこなかった。
そして、その直後に起きたのがメアリの標的ジーカス・ヘッセリンクの息子、次代の狂人ことレックス・ヘッセリンクによる闇蛇の本拠地襲撃事件。
世間的には『ヘッセリンクの悪夢』として知られているその出来事によって、メアリの救出に動くことができなくなってしまった。
なんとかレックス・ヘッセリンクの魔の手から逃れられた私達は、素性を隠して新たな生活を始める必要があったから。
構成員のお母さん役のアデルおばさんや、食堂のビーダーおじさんを筆頭に、闇蛇のなかでは私やメアリを可愛がってくれたいい人ばかりが集まった集団。
絶対に悪事でお金を稼ぐことなんてできない善良な人達。
組織が潰されて身軽になったから、本当はすぐにでもメアリを探しにいきたかったけど、そんな優しいみんなを放っておくこと、私にはできなかった。
みんなで励まし合いながら放浪を重ねて、辿り着いたのは、クリスウッド公爵領。
その頃にはみんな、アテのない放浪に疲れていたわ。
アデルおばさんが言ってた。
『闇蛇だとは気付かれないけど、私たち自身が闇蛇だったことを忘れられない』って。
みんなをバラバラにしないために頑張ってくれていたアデルおばさんの疲労は、身体的なものより精神的なものだったみたい。
このままじゃ、アデルおばさんじゃなくても誰か壊れてしまう。
情緒に欠ける私でもまずいと思っていた矢先に、クリスウッド公爵家嫡男の使いという、いかにも怪しい男が接触してきた。
普通ならどう考えてもおかしい。
でも、私達は普通じゃないので話を聞くことにした。
騙されたなら相応の報いを与えればいいから。
そんな気持ちでついていった先で待っていたのは、噂に聞く『クリスウッドの麒麟児』、リスチャード・クリスウッド。
レックス・ヘッセリンクとともに組織を潰した立役者だ。
彼は、私たちを探している人がいると言って、自分の庇護下に置くことを宣言した。
クリスウッド家に手厚く保護されて、人生で一番穏やかな日々を過ごしていた私達。
だけど、ついにその日がやってくる。
組織の、そして私の仇敵、レックス・ヘッセリンクとの邂逅。
そして、最愛のメアリとの再会。
何年も離れていたって、一目見てメアリだとわかったわ。
ええ、見間違うわけがないじゃない。
艶やかな黒髪に長いまつ毛。
すっきりと通った鼻筋に薄めの唇。
こぼれるんじゃないかと心配になる大きな瞳。
薔薇色と表現するしかない頬。
細身なのに見る人が見ればわかる引き締まった肢体。
少し背が伸びたかしら。
心なしか組織にいた頃よりふっくらしたように見えた。
痩せて誰にも懐かない野良猫みたいなメアリも可愛かったけど、毛並みが良くなったメアリも可愛いわね、
男の子から男になっていたわ。
私の知らないところで大人になったのね。
私は一度しかないであろうその瞬間を見逃したことを一生後悔するのね。
ああ、待っていてメアリ。
お姉ちゃんが今すぐ貴方を解放してあげるわ!
……
隙だらけで警戒の一つもしていない男を切り裂こうとした刃は、敢えなく防がれてしまう。
最愛の人、メアリの手で。
その後も私の繰り出す技は全て軽くいなされたうえに、脇腹のいい部位にショートアッパーを突き刺されてしまった。
久しぶりの再会で吐瀉物を撒き散らさなかった私を褒めてあげたい。
その後、私達はヘッセリンク家に雇われることになった。
私はアデルおばさん、ビーダーおじさんとともに、本拠地オーレナングへ。
後方支援担当の四人は国の各地へ。
他のみんなは国都のお屋敷へ。
それぞれ分かれることになったけど、寂しくはない。
だって、メアリがいるんだもの。
「くっつくなって! 仕事しづらくて仕方ねえよ! はーなーれーろ!!」
「嫌よ。どれだけ私が寂しい思いをしたと思っているの? 伯爵様とのことは誤解だとわかったけど、それならなおのことメアリとの日々を取り戻さなきゃ」
伯爵様は、噂と違ってとても優しい方だった。
初めは、伯爵様がメアリを手篭めにしたのだと勘違いしていたけど、伯爵様は奥様一筋の様子。
愛妻家の上級貴族なんて素敵だわ。
さすが
なにより、メアリと私のことを陰ながら応援してくださっているみたいだし。
だって、それとなく二人っきりになれるよう席を外してくださるし、森に入る組み分けもメアリと一緒にしてくださることが多い。
私から逃げようとするメアリに、「何が不満なんだ」と呆れながら苦言を呈しているところも何度も見かけたわ。
「あれは応援とかじゃなくて俺をいじって楽しんでるだけだっての!」
メアリがなにか言っているけど気にしないわ。
薔薇色の頬を真っ赤にして早口で否定しても、照れ隠しだって私にはわかるの。
闇蛇として人の感情の動きを読み取ることなんて朝飯前だし、なんといっても姉弟みたいに育ってきたんだもの。
そんな私が最愛のメアリの気持ちを読み違えるなんてありえない。
「相互理解のない愛は愛じゃねえって色ボケ伯爵が言ってたけどな!!」
愛を語らせたら伯爵様の右に出る貴族は存在しないわ。
全く仰るとおり。
一方通行の愛なんて独りよがりよね。
それを考えれば私とメアリはお互いを完璧に理解していると言っても過言ではないし、むしろ理解しすぎてて怖いというか、もうそのレベルに達してしまっている。
メアリの好きなものなら全部理解しているわ。
もちろん、メアリもそう。
「俺が完璧に把握してるのはお前の好きな刃物だけだけど!」
まあ!
「そんなに大きな声で私の好きなものを把握してることを叫ぶなんて……メアリは独占欲が強いのね」
周りへのアピールなんてしなくても私はメアリを愛してるのに。
心配性なところも可愛いわ。
そんなメアリとの生活を揺るぎないものにする。
そのためには、この恩あるヘッセリンク伯爵家の発展に貢献する必要がある。
狂人なんていう、評判自体は地を這うような家だけど、なにも辛くはないわ。
何も心配しなくていいわ、メアリ。
私がちゃんと幸せにしてあげるからね。
「怖えよお。まじであの優しくて儚げなクーデルはどこにいっちまったんだ……」
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