第48話 羽の生えた虎
いつ会議に招集されてもいいように当面は屋敷と森を往復する生活になった。
遠出をして会議に間に合わないとか洒落にならないから。
この世界には当然スマホなんかないし、連絡方法は手紙オンリー。
通信魔法というものは存在しないらしく、ジャンジャックにはそれが開発されたら世界が変わると言われた。
「伯爵様、ゲルマニス公爵家より文が届きました。十中八九、十貴会議への招集状だと思われます。ご確認ください」
そんなある日、ようやく待ちに待った招集状が届けられた。
王家からのものに勝るとも劣らない質の封筒に、羽の生えた虎という強さアピールの過ぎる家紋がデカデカと押印してある。
【ゲルマニス公爵家。有史以来、十貴院の一に君臨し続ける貴族の中の貴族です。イルス子爵家がアルテミトス侯爵家の下位互換と呼ばれるのに対して、ゲルマニスはアルテミトスの上位互換と言えるでしょう】
万能系貴族の頂点ってことね。
「ゲルマニス公爵家か。羽の生えた虎が家紋とは仰々しいものだな」
「金塊積み上げてる家には言われたくないだろうよ」
確かに。
家紋の趣味の悪さで言えば、我が家が他の追随を許さないのは意見が一致するだろう。
片や羽を生やした虎、片や積み上げられた金塊。
この時点で主義主張が違い過ぎるわけで分かり合えるか自信がない。
「外側は豪奢だが、中身はシンプルだな。日程と場所が記されているだけで無駄な美辞麗句は一切なし。そうこなくては。何枚にも渡っていらん挨拶が書かれていたらうんざりするところだ。よし、貴族の中の貴族からのお手紙など貴重だからな。これは記念に保管しておこう」
「保管はいいけどさ。会場はやっぱり国都か? それなら慣れた道のりだから護衛もやりやすいんだけど」
国都なら勝手知ったるものだし、メアリなら街のどこになにがあるか完璧に把握してるだろう。
クーデルも国都の地理は完璧だと言っていた。
仕事の場になることが多いから頭に叩き込んだらしい。
でも今回はそこじゃないんだ。
「残念だったなメアリ。会場は、エスパール領都だ。風光明媚な観光地で、いつかエイミーを連れて行きたいと思っていたんだ。いい機会だから直接エスパール伯爵に文を送ったのだが、希望が通ったようだ」
「どんな手紙送ったらそうなるんだよ」
「ん? 欠席=白紙委任だからサボれないと思ってたのだが、今回の会議は僕を吊し上げることが目的だろう。であれば僕が欠席しては成り立たない。だから軽く脅してやったのだ。『エスパール領都で会議が開催されないなら欠席するぞ。それが嫌なら全力で開催地を調整してくれ』とな」
「被告人が上から目線で裁判の開催地指定とかとんでもねえな。いつの間にそんな手紙送ったんだよ」
「先日雇用したお前のお仲間を使ったのだ。諜報網の試運転がてらにな。なかなかスムーズなやり取りができたぞ。今までならメアリ一人で行き来してもらっていたが、複数人で取り掛かるからだいぶ効率が上がったな」
忠臣のアナウンスは出なかったけど、元闇蛇で後方支援を担当していた四人も、すごく優秀だったっぽい。
手紙を渡したらあっという間に返事を待って帰ってきて、オドルスキやフィルミーもその連携の無駄のなさを高く評価していた。
「まあそうだろうな。あの四人は後方支援のスペシャリストだ。手紙の配達くらい朝飯前だろうよ。て言うか使い方がもったいねえ!」
もったいないも何も今後はそう言う使い方しかしないんだから。
情報を集めて素早くこちらに送ってもらう。
その取捨選択や分析はこっちで引き受けるので彼らに求めているのはズバリスピードだ。
拙速は巧遅に勝るという。
とにかく速く。
それがヘッセリンクの諜報網が目指す姿だ。
「本人達はリハビリにちょうどいいと笑っていたがな。秘密裏に貴族家間を往復するのがリハビリとは流石だ」
「そうかよ。まあ楽しんでるならなによりだよ」
「エスパール伯爵は怒り心頭だったらしいぞ? 自分の立場がわかっているのかと騒いでいたらしい」
どうやらエスパール伯には僕の意図するとこが正しく伝わったようだ。
旅行のついでに会議に寄るよって。
そりゃ怒るわな。
「本当に悪い奴だよな兄貴は。おちょくるだけおちょくって離脱しようってんだから。頭の血管切れても知らねえぜ?」
「そんな細い神経では十貴院の当主などやってられないさ。繊細な僕は残念ながらその席から退場するわけだが」
「言ってろよ。で、いつ出発するんだ? 俺とクーデルは準備済んでるし、エイミーの姉ちゃんもようやく持ってく服が決まったらしいからあとは兄貴の号令待ちだ」
エイミーちゃんはどんな服着てくれるのかな?
あんまり露出が高くない方がいいけど、旅行だから多少はハメ外すのもありか。
僕のほうはアリスとのタフな交渉の末に白、灰、黒など落ち着いたモノトーンを基調にした服装に落ち着いた。
他所の家でギンギラギンはちょっとね。
「そうか。なら、明日発とう。早く着いて勝手に観光する分には文句も言われないだろう。ハメスロット、構わないか?」
「結構です。留守は私とジャンジャック殿でお預かりいたします。お嬢様をどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。新婚なのに最近は森で討伐デートしかしていないからな。たまにはのんびり過ごすことにしよう」
最近は専ら二人で魔獣の討伐をこなしている。
朝から出かけて昼過ぎに戻ってくるスケジュールだ。
小型から中型はエイミーちゃんが倒し、デカいのはゴリ丸かドラゾンが蹂躙する。
これが意外と効率が良く、順調に肉の備蓄が増えている。
「毎日毎日文句も言わずに兄貴と魔獣討伐に出かけるんだから図太えよエイミーの姉ちゃんは。返り血浴びたまま帰って来た時は流石に兄貴が捨てられるかと思ったけど、満面の笑みだったからな」
「仕方ないこととは言え、幼い頃からお屋敷から出ることのなかったお嬢様のあのような生き生きとしたお顔を毎日拝見できるだけでこのハメスロット、思い残すことはありません」
真面目。
でも我が家の常識代表としてまだまだやってほしいことはあるし、死なれちゃ困る。
人間、満足すると急に老け込むからな。
「おや、これは意外だ。エイミーの子を抱かずに死ねるのか?」
エイミーちゃんを小さい頃から見てきた執事さんにはこれが一番効くだろう。
案の定目を見開いてフリーズして、大きく息を吐くハメスロット。
心を落ち着けたみたいだ。
「舌の根も乾かぬうちの前言撤回をお許しください……それを聞いてはまだまだ死ねません。伯爵様とお嬢様のお子様。さぞかし可愛いのでしょうな」
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