第33話 友達がきた
「久しぶりだな、レックス! まさかお前が結婚とはな。しかも相手は噂に聞くカニルーニャの隠し姫だ。驚かせてくれるじゃないか。いやあ、なんにしてもめでたい!」
サウスフィールド子爵家のミック。
戦争屋と呼ばれる家系の嫡男だけあってガタイがいい。
太いというか、分厚いだな。
黒髪を短く刈り上げた豪快な体育会系の兄ちゃんだ。
「声が大きいぞミック。まあ、驚いたのは私も同じだが。君のことだから慶事の誘いにカモフラージュしたなんらかの暗号だと勘ぐった結果、リスチャードに渡すのが二日ほど遅れてしまった」
銀縁丸眼鏡に明るい癖っ毛が特徴のロンフレンド男爵家のブレイブ。
こっちは完全に優等生系だ。
身体もミックに比べたら細いけど最低限鍛えてる感はある。
「有り得なくない? 仕事の調整も間に合って無事にここまで来れたから良しとするけど。大体あんたはいつもいつも展開が早すぎるのよ。学生の時あれだけよく考えて行動しなさいって口を酸っぱくして言ってたのに、まだ本能の赴くままに生きてるみたいね」
そしてクリスウッド公爵家リスチャード。
金髪長髪碧眼色白。
長身痩躯のパーフェクトヒューマンだ。
黙ってれば一流モデル、喋るとおねえ。
平均能力の高さで成績は主席なのになぜか僕の右腕的存在だったらしい、総合的に見て変なやつ。
式を三日後に控え、続々と参列者がやってくるなか、僕の友人達もオーレナングに到着した。
男臭い男前、アカデミックな男前、完璧な男前。
こいつらなら少女漫画の世界でも十分通用する。
どう絡もうか悩んでるところに、向こうからぐいぐいきてくれたのは助かった。
本当に仲が良かったらしい。
「まあ、仕方ないさ。それがレックス・ヘッセリンクだ。注意深く慎重で、行動に移す前に一々熟考を重ねるようになっては、それはもう我らが首領、狂人殿ではないだろう」
「それもそうね。あ、そうだ。さっきご挨拶してくれたユミカお嬢ちゃんだけど、お持ち帰り可能かしら。大丈夫、変なことはしないわ。執務室に置いておいて疲れた時にお話しするだけよ」
お、戦争か?
悪いけどうちは強いぞ。
ユミカのためなら公爵領を消し炭にすることも辞さない。
「ユミカが欲しければ僕とオドルスキとジャンジャックを倒してからにしてもらおうか」
「ほぼ不可能じゃない。なにその面子。だいたいあんた一人でも世界征服に王手かけられる力持ってるのにどんだけ過剰戦力よ。それにさっきからそこに控えてるメイド。あんたあれでしょ? 闇蛇の生き残り」
あ、バレた。
メイドモードのメアリの擬態は完璧だったけど、リスチャードは誤魔化せなかったらしい。
「な!?」
ミックは完全に騙せたっぽいけど。
声もリアクションもでかい。
「ほう、彼女、じゃない彼がそうなのか。どう見ても美しい少女だが……なるほど、言われてみれば気配がなさ過ぎるな。見事なものだ」
「バレては仕方ない。彼はメアリ。リスチャードの言うとおり、過去にみんなに協力してもらって壊滅させた、暗殺者組織闇蛇の生き残りだ。今日はその時の礼を言いたいと強く希望したので給仕がてら同席を許した」
意外と律儀なメアリは彼らが来るのを知った時からこの機会を狙ってたらしい。
彼なりのけじめなのかイリナにフルメイクを施してもらい、アリスに髪も結ってもらっている。
貴方、すごく綺麗よ?
「あら、そうなの。でも、別に礼なんかいいわよ。他の二人は知らないけどあたしはあたしでそうする理由があっただけだし」
「私やミックも真偽が定かではない情報を集めて渡しただけで、感謝されるほどのことはしていない。感謝したいなら受け取るが、まあそういうことだ」
「はあ……この見てくれで男なのか。もったいないことだ。これに狙われたら確実に騙される自信があるな。メアリと言ったか。レックスを頼むぞ。なんせこいつは敵が多い。これからも守ってやってくれ」
男前達は、中身も男前ときた。
あー、世の中不公平。
「伯爵様、お話ししても?」
そう聞くメアリにもちろん首を縦に振る。
伯爵様なんて呼ばれ慣れてないから反応が遅れたのは内緒だ。
「皆様、ヘッセリンク伯爵家で主人の従者を務めております、メアリと申します。皆様には、主人が闇蛇を壊滅させるためにひとかたならぬご協力をいただいたと伺っております。組織がなくなったことで、罪のない子供が攫われ、望まぬ暗殺稼業に手を染めることもなくなったはず。攫われて暗殺者となった身とし、皆様に、御礼申し上げます」
美しいカーテシー。
メアリが全てを背負う必要はないと思うけど、もしかしたらこれで一つ区切りをつけられたのかもしれない。
それなら止めるのも野暮だろう。
リスチャードもそれはわかってるみたいだけど、あくまでも面倒臭そうな態度で手を振る。
「いいってば。湿っぽいのはなしよ。さっきも言ったけどあたしにもメリットがあったの。なんたって、あたしは親戚一同からの受けが良くないから。いつ闇蛇の暗殺者を差し向けられるか判ったものじゃなかったわ。あたし自身が安心して眠れるように、必要だから手を貸した。それだけよ」
「まったく、リスチャードは素直じゃない。私達の中で一番子供が好きなのは君だし、レックスに話を聞いて一番に助力を申し出たのは君だったじゃないか」
「確かに。レックスが求めたのは情報だけだというのに、勘当上等とばかりに闇蛇の本拠地まで乗り込んで暴れたのはどこの誰だ。お陰でこっちは気が気じゃなかったぞ」
せっかくカッコつけたのにすぐばらすー。
最低だなお前ら。
リスチャード顔真っ赤だぞ?。
もっとやれ。
「うるさいうるさい! いいのよ細かいことは。メアリ。そういうことだからこの話は終わりよ。いいわね? あとあたしの口調は気にしないでいいから。そういうものだと思いなさい」
照れ隠しなのか大きな声を出すリスチャードを指差しながら爆笑するミック。
ブレイブも爆笑はしないまでも吹き出してるな。
メアリもこれ以上頭を下げるのは野暮だと感じたのか頭を上げてニッコリ笑ってみせる。
「かしこまりました。私も狂人レックス・ヘッセリンクに仕える者。そのようなことで一々驚きはいたしません。ごゆるりとお過ごし下さい」
「ふふっ。いいわね。ねえレックス。メアリとユミカ、セットで連れて帰りたいんだけど」
「増やすな。可愛い弟分をやるわけないだろう。メアリ、この男に何かされそうになったら一思いに殺れ。僕が許す」
「ひどくない!?」
「当然だ。メアリ、マハダビキアに言って何かつまむものを。あと、軽い酒を頼む」
「かしこまりました」
結局いつもの柄の悪いメアリは一切顔を見せなかったな。
それだけ真面目だったんだな。
部屋を出て行くメアリを見送りながらブレイブが眼鏡のブリッジを持ち上げる。
何か言いたいことがあるのかね。
「闇蛇か。そう言えば、アルテミトスと揉めたと聞いたが、そちらは問題ないのか。十貴院同士のいざこざだと噂が広まっているぞ」
火のないとこに煙はたたないか。
まあ、その件については危うく大火事になるとこだったんだけどね。
あわやのとこで鎮火した案件だ。
「問題ない。ただのボタンの掛け違いだ。既に誤解は解けたし、僕の後援者として式にも参列していただく」
多少のいざこざはあったけど、無事にそれを乗り越えた。
侯爵からは明日にはオーレナングに着くと早馬も届いたし問題ないだろう。
ただ、ブレイブ的には意味不明だったらしく眉間に皺を寄せて首を振っている。
「何が何やら。本能のままに動いてる割には痛い目に遭う頻度が少ない。そこがレックスの凄いところだな。見習いたいが、やめておこう」
「そうしなさい。あーあ、あたしも結婚しようかしら。どこかにありのままのあたしを愛してくれる懐の広い女はいないかしらね」
家柄も人柄も顔もいいなら引くて数多だろうに。
たくさん候補がいて選べない感じ?
「見合い話の量だけなら私達世代でリスチャードに敵うものはいないだろう。まあ、質は推して知るべしだがな」
「腐ってもクリスウッドってね。今のうちに群がって来るのなんて家柄しか見てないパッパラパーばかりよ」
それは、心中お察しする。
やっぱり貴族といえども愛は大事だよな。
愛を叫ぶ系貴族としては、親友達に愛のない結婚をしてほしくない。
「はあ、本当にユミカお嬢ちゃんが成長するまで待とうかしら。あの天使となら御家再興も夢じゃないわ」
話が変わった。
愛を知らないまま生涯を閉じる覚悟はできたか?
「よろしい、戦争だ」
「あら、本気のあたしを殺すのは大変よ?」
しかし、敵もさるもの。
歯を剥き出し、好戦的な笑みを浮かべてこちらを威嚇してくる。
その表情で男前はほぼ反則だ。
「やめろやめろ。まだ酒も入ってないのに戯れるんじゃない。まったく相変わらず仲のいいことだ」
ゼロ距離で顔を突き合わせる僕らを強引に引き剥がすミック。
痛い痛い。
馬鹿力め。
「本当にな。そう言えば、王太子殿下は式の前日にオーレナングに入ると聞いたが、そちらの対応は?」
「ああ。見てのとおり我が家はなぜか無駄に収容可能人数が破格だからな。一部野営を求めることは伝えているが、大半を屋敷に収容できるさ」
「そこじゃない。わざわざ式への参加を希望してきたんだろう? 何を企んでいるのやら」
あ、そっち?
「そこに関しては考えても仕方ないというのが結論だな。国王陛下は王太子殿下がこのオーレナングへの訪問を禁じているらしいから、案外ここに来る口実にしているだけではないかと思っているよ」
むしろそれ以外うちに来る理由があれば本当に教えてほしいよね。
「……まさか。ねえ?」
「否定したいが、その材料が見当たらないな。あの王太子なら有りえる。普段は穏やかで大人しやかな方なのだが、国中を見て回ることに命をかけているからな」
「それならそれで構わないんだが、悲しいかなここには見ていただくものなどない。魔獣を見たいと言われた場合は、まあ近衛に頑張っていただこう」
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