第32話 仲良くしたい

「どうですかな? ジャンジャック殿、オドルスキ殿。私はこれが完成形だと思うのですが」


 ハメスロットが書き損じの山に埋もれる僕から王家宛の手紙を受け取り、さっと目を通した後にオドルスキに手渡す。

 オドルスキはそれを両手で受け取り、こちらも素早く文字を追ったあと、ゆっくりと深く頷いた。


「これで問題はないかと。近衛の上層部もこれだけの文ならば無礼だ何だと騒ぎ立てることはないでしょう。お見事です、お館様」


 次はジャンジャック。

 一枚一枚丁寧にめくり、ゆっくりと読み込んでいるようだ。

 

「素晴らしい文です、レックス様。王家への深い敬意と当家には一切非がないという強い主張をここまで両立させるとは……爺めは感動で打ち震えております」


 やった、やったよ!!

 ようやく完成した。

 長く苦しい戦いだった。

 しかし、僕はこの戦いに完全に勝利したんだ!!


「ようやく、か。長かったな……皆ご苦労だった。ハメスロット、悪いが早馬の手配を頼む。一刻も早く王家にこの文を届けたい」


「既に一昨日より待機させております」


 そう、王家からの手紙を披露したのは二日前の夜。

 朝までには手紙を書いて、夜には狩りから帰ったオドルスキとジャンジャックに見てもらえばいいかなー、なんて思ってた僕が甘かった。

 砂糖の蜂蜜漬けよりもさらに甘かったんだ。

 

「待たせた詫びに手当ては弾んでやってくれ。しかし、二日もかかるとは思わなかった。難しいものだな、王家への文というのは。息子さんに怪我をさせないよう鋭意努力しますと伝えるだけだというのに十五枚にわたるとは。しかも十四枚半は美辞麗句ときた」


 考えられないだろ?

 時候の挨拶くらいならいい。

 多少お世辞も交えた文章くらいなら全然OK。

 だけど、なんで長々と王家、国王、王太子を褒めそやさないといけない?

 めっちゃ無駄。

 しかもちゃんと細かい言葉遣いのルールがあったり、軽いジョークを織り込んだり。

 発狂するわ。

 エイミーちゃんとユミカという癒しがなかったら王城に攻め込んでた可能性すらある。


「貴族言葉とはよく言ったものですが、これを省けば旦那様の教養が疑われる可能性がございます。その文が王家宛となれば、隙を見せるべきではないかと」


 王家宛の手紙は不穏分子の炙り出しを兼ねて近衛が目を通すらしい。


「特に近衛は国内最強の自負を持っています。彼らの嫌いなものをご存知ですか? 弱い敵、弱い味方、そしてヘッセリンク伯爵家です」


 ジャンジャックが大きなため息を吐きながらそう教えてくれた。

 弱い敵が嫌いってちょっと意味わかんない。

 

「その並びだと我が家が弱いみたいだな」


「彼らはヘッセリンクを恐れているのですよ。だから『弱い』という言葉で括り、その恐怖から逃れようとしているのです。確かに近衛は国内最強の精鋭集団ですが、この爺めとオドルスキさんにメアリさんとフィルミーさんが加われば危なげなく勝てるレベルです」


「聖騎士に鏖殺将軍、闇蛇にアルテミトスの元斥候隊長ですか……それは確かに恐れを抱いても不思議ではありませんな」


 その面子はもはや災害だな。

 強いて言えばそこにフィルミーを含めるのはかわいそうじゃないかと思う。

 その並びでは彼が唯一の人間だ。

 あとは化け物ね。

 異論は認めない。

 

「まあ、最も恐れているのは歴代のヘッセリンク伯爵です。詳しくは知りませんが、遠い過去に一悶着あったとか、なかったとか」

 

 なんだその曖昧な伝聞は。

 仮に揉めてたとしても遠い過去のことで現役の僕に罪はないでしょうに。


「少なくとも僕は近衛と揉めた記憶はないぞ? ……ないよな?」


【近衛を相手取った騒動は、まだございません】


 ありがとうコマンド。

 でも、まだとか言うな。

 これからも揉めないよう気をつけるから。


【まあ、ご努力いただけばよろしいかと】


 腹立つ! 

 無駄な努力してみたら? 絶対揉めるだろうけどねってことか。

 くそ、実は僕もそんな気がしてならない。

 僕が大人しくしてても向こうが悪感情持ってたら回避できないから。


「近衛なんかと揉めたら忘れねえだろ、と普通は思うけどなんたって兄貴だからなあ。弾みで近衛の二、三人張り倒してても不思議じゃねえか」


「お館様から見れば国内最強の近衛も路傍の石に同じということだ」


 違う違うそうじゃない。

 流石はお館様とか納得しないでくれ。

 近衛なんていかつそうな集団に絡まれたくないんだって。


「先方が意識してるだけで僕は心から王家関係と仲良くしたいと思ってるのだが。さて、どうなることやら」


「近衛も馬鹿ではありません。王太子様が強引に式に参加することも把握しているでしょう。いくら過去からのいざこざがあろうと式の最中に何かしでかすようなことはないかと」


「つまり、何かあるなら式の後ってか?」


 メアリの問いにハメスロットとジャンジャックが首を横に振る。

 執事の見事なシンクロ。


「ハメスロットさんの言うとおり近衛も馬鹿ではありませんからな。王太子様の護衛でやって来るのですから、職務中に後ろ指を指されるような行為は慎むでしょう」


 いいこと言った。

 そう、近衛が来るのは僕に喧嘩を売るためじゃない。

 あくまでも王太子の護衛として来るんだから僕に構ってる暇はないだろう。

 しかし安心したのも束の間。

 ジャンジャックがニヤリと悪い笑顔を浮かべ、こう言った。


「まあ、もし、万が一私情を挟んで当家に何か仕掛てくるようであれば、蹴散らして構わないでしょう」


 

 

 

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