うそつき市長(最終章)
美香から電話があって、
「お母さんが帰ってくるの」
とうれしそうに言った。
以前に聞いた母親の携帯番号を立ち上げると、GPSの矢印が池袋駅あたりに表示された。
その矢印は、どんどんこちらに近づいてくる。
・・・40分ほどすると、家の前でタクシーが停まり、インターフォーンが鳴った。
「美香が、いろいろ相談にのっていただいたようで・・・」
玄関に立った美香の母親が深々と頭を下げた。
上げた顔を見るとやつれてはいたが、とても中学生の母親には見えない若々しい顔をしていた。
しかも、超のつく美人だ。
コーヒーを入れに台所に入ると、可不可があとをついて来て、
「美香さんのお母さんでまちがいないです」
と足元で囁いた。
コーヒーをひと口飲んで味をほめてからひと息つくと、
「相談ついでに、美香に会う前に話しておきたいことがあります」
母親は、ソファーに沈めたからだを前に寄せ、
「永田は自殺ではありません。・・・私が殺しました」
と、驚くべきことを口にした。
「・・・・・」
「『リコールで失職したら、女房と別れてお前と美香といっしょに暮らす』と、リコール騒ぎがはじまったころに、永田は固い約束をしました。・・・ところが、あの嵐の夜に『市長選に立候補する。離婚もしない』と言い出したのです」
コーヒーカップをテーブルに置いた母親は、しばらく迷っていたが、
「・・・かっとなった私は、思わず永田にむしゃぶりつき、キスをするようにして彼の舌を嚙み切ったのです。永田はのけ反って倒れ、テーブルの角で頭を打って失神しました」
と、一気に秘密の暴露をはじめた。
「・・・・・」
「姉と山崎をすぐに呼んで相談しました。山崎は、永田がすでに舌を喉に詰まらせて絶命している、あとはすべてじぶんにまかせて、すぐにここを出たほうがいいと言いました」
「どこにおられたのです?」
「名古屋の犬山です。山崎がその昔世話になった右翼組織の長の家に匿ってもらいました」
「山崎さん、右翼のメンバーだったのですか?」
「・・・若気の至りで、過激な活動家だったと聞いたことがあります」
「どうして美香ちゃんに連絡しなかったのです?」
「携帯の電源を切って誰にも連絡するなと山崎に言われたので・・・。でも、水元議員が殺された上に元市長も襲われ、その犯人が山崎と知って、居ても立ってもいられませんでした」
「・・・・・」
「いくらなんでも、山崎にすべての罪を被せておめおめと生きることはできません。まして、私は、美香の父親を殺してしまったのです」
「美香ちゃんの父親って・・・」
「ええ、永田です。美香は永田との間の子です。・・・これから美香に会ってすべてを告白してから、警察に出頭します」
・・・こちらを見つめる瞳は涙に濡れていた。。
それからしばらく経ってから市長選挙が行われ、鉢巻きの代わりに大げさに包帯を頭に巻いた元市長が、圧倒的得票で市長に返り咲いた。
しかし、「長いこと休んでいるうちに、舌が増えて二枚舌になった」などとの新市長になった元市長の悪い噂が、たちまちのうちに巷に広がった。
「山崎は、テロリストを装って殺人を犯してまで、美香さんの母親を守ろうとしたのです。これだと無期懲役か、下手をすると絞首刑です」
可不可が首を傾げながら言った。
「元々、テロリストになる素地はあったのだろうね。でも・・・」
「でも?」
「任侠のひとでもあったので、愛のために殉じようとしたのかもしれない」
「美香さんの母親で、お店のママへの愛ですか?これは任侠ではなく、倒錯したヒロイズムです」
可不可がしきりに首をひねった。
ヒトの感情の動きの不思議さは、どうにも説明ができない。
ましてや、アンドロイド犬には・・・。
(了)
うそつき市長~引きこもり探偵の冒険5~ 藤英二 @fujieiji_2020
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