第117話 天が、地が、人が呼ぶ

 アーカーシャの剣によって消されたものたちは、虚空に飛ばされる。


 では、その虚空とは何か。

 多次元宇宙の穴?それとも、なにも存在することのない無の空間?


 ―――違う。


 剣に斬られたすべての存在は、質量を無視してアーカーシャの剣の中。

 ―――アーカーシャ本体に取り込まれる。


 それが虚空の真実。人がたどり着くべきではなかった技術だ。


 そして、その中で死んだ人間の体はどうなる?

 中で朽ちて、最終的に消滅するのか?


 それもまた否。

 アーカーシャに消えていった人間の体は消滅はおろか朽ちることすらなく、それどころか分断された体は縫合され、原形をとどめ続ける。

 だが、魂は摂理へと還元されている。


 いわば、アーカーシャの中には人の抜け殻が多数存在することになる。


 その抜け殻に、武装の技術を流用すれば、このゴミたちを有効活用できるようになる。


 「立て……ゾンビども」


 さあ、蹂躙だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「立て……ゾンビども」

 「なに言ってんだてめえ!正義のヒーローごっこか!?ああん!」

 「ヒーローがゾンビなんざ使うかよ」


 俺の言葉に呼応して光始めたアーカーシャの剣を地面に刺す。

 すると、俺の横にどんどんと人間だったものが現れてくる。


 それは先ほど、奴らを襲っていた死体と同じような雰囲気だった。


 その異様な光景に、そこにいた数人がビビり、その部屋から出て行こうとするが、すでに施錠した上に、外からも同じような奴らが扉をふさいでいる。

 そう簡単には開かない。


 「な、なんなんだよお前はよ」

 「なんでもいいだろ?お前が死ぬのは変わらない。行け、そして殺せゾンビども」


 俺の号令によって、意志のないゾンビたちは、目の前にいた組の構成員たちを殺し始めた。

 相手も反撃しようと銃を取り出し撃とうとするが、ある重大なことに気付いた。


 「ゆ、雄志?お、おい!なんで……」

 「智也!?おい!俺だよ!」

 「お、おい……俊平!なにしてんだよ!」


 みんながみんな発砲していないわけではないが、ほとんどの男たちが発砲するのを戸惑っていた。


 組長を名乗る男も目の前に対峙したゾンビの姿を発狂した。


 「おい!お前、なんなんだよこれは!」

 「……なんで、お前たちをただで殺さなくちゃならない。もっと苦しんでから死ねよ」

 「だから、なんだよこれ!精神攻撃のつもりか!―――お前ら!かまわず撃て!どうせ偽物だ!」

 「いいのかな?」

 「ああ?」


 本当に殺していいのかな?

 アーカーシャの剣から生まれたゾンビは、殺した人間の成れの果て。


 つまりは―――


 「正真正銘、お前たちの仲間だよ。本当に殺していいのかな?この中に親友だっているだろうし、果てには弟分、兄貴分だったかもしれない。そしてそいつらには妻や子供、彼女だっていたかもしれない。殺したら、なんて言えばいいのかな?」

 「お前……」

 「さあ、早く殺せよ、じゃないと死ぬぞ?」

 「クソおおおおおおおお!」


 その後は何度も発砲音が続いた。

 そして、仲間がゾンビとして襲い掛かってくる恐怖から、錯乱したのか、ゾンビにもなっていないものたちでの同士討ちが始まった。


 これなら、俺が手を下すまでもなくほぼ壊滅だろうな。


 しばらくすると、俺の予想通りに事が進んでいき、ゾンビも構成員も消えていき、最後に残ったのは組長だけだった。


 「はあ……はあ……クソ!絶対に許さない!」

 「そうか……だからなんだ?」


 俺は息がきれぎれの組長の首に剣を添える。

 だが、男は俺をにらむのをやめない。


 「呪ってやる!絶対に呪い殺してやる!」

 「無理だな。お前じゃ選ばれない。そもそも、お前が呪われてるんだよ。すでにな」

 「なに言ってんだよ!お前、マジでなんなんだよ!」
















 「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ……

 悪を倒せと俺を呼ぶ……

 聞け悪人ども……

 俺の名は椎名翔一。そして、俺から伝えることは一つ……



 判決は―――死だ」


 ズバァ!


 首から斬り落とされた組長は地面へとたどり着く前に、虚空へと送られていった。

 すべてが終わり、あとに残ったのは、怪しげな器具と俺。そして、眠っている奏だけだ。


 「ん……んー!疲れた……」


 俺は伸びをして周囲を確認する。

 文字通り、敵はいなくなった。この組はどのみち再建は不可能。


 この町は少しは平和になったかな?


 少し、思いを馳せながらも俺は奏を抱えて、ここを去っていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「んぅ……ここは?」

 「目が覚めたか?ちょうどよかったな」


 玲羅や、蔵敷―――俺たちの帰りを待っている人たちがいるところに入るところだった。その時に、タイミングよく奏が目を覚ました。

 ただ、彼女の格好はもろの下着姿。


 風邪を引かないうちにお風呂でも入ってもらおう。


 「へ!?ていうか、なにこの服装!?もうすっぽんぽんじゃん!」

 「はは……元気だな。蔵敷がお前のことを待ってるぞ」

 「く、蔵敷君が?あはは……どんな顔して会えばいいんだろ……」

 「大丈夫、お前はまだ処女だから」

 「へ、変態!女子にそういうこと言っちゃだめだよ」

 「今更だろ」

 「だとしても!でも、よかった……」


 そういうやり取りをしながら、俺は奏を抱えたまま家に入った。

 玄関には誰もおらず、とりあえずリビングに向かった。


 そこに入ると、真剣な面持ちで俺たちを待っている人が2人。

 心配なんかしていない。どうせあっけらかんと帰ってくるでしょ、と駄弁っている人が2人。


 いつものメンバーがそろっていた。


 そして、リビングのドアが開いたかと思うと、すぐさま全員の視線がこちらに向いた。

 その瞬間、玲羅がこちらに駆け寄ってこようとしたが、それよりも早く蔵敷が来た。


 飛ぶように来た蔵敷は、奏を確認すると手を握って涙を流し始めた。

 ていうか、こちら的には無傷の奏より包帯ぐるぐる巻きの蔵敷の方が気になる。


 「よかった……ごめん、奏……俺が弱かったばかりに……」

 「ううん、いいんだよ。むしろ、私を守ろうとしてくれたのがすっごくうれしかったんだよ」

 「ごめん……ごめん……」

 「あの、話したいことがあるなら、今日一日、うちの客間使っていいから。そこで話して。奏はとりあえず、風呂に入ろう」


 そう言うと、抱えられていた奏は徐々に頬を染めて、俺の腕の中から降りた。

 そのままそさくさと浴室に消えていった。


 「じ、じゃあ俺は客間に……」

 「待て。美織、手当は終わったのか?」

 「終わってないわよ。ほら、蔵敷君、早く戻ってきて。治んないわよ」

 「あ、ああ……」

 「結乃」

 「なに?」

 「奏に、お前の服かしてやってくれ」

 「でも、ちょっとサイズ合わなくない?」

 「羽織るものでもいいから、なんか大きめのを」

 「わかった……」

 「わ、私は?」


 結乃が自室に消えていくと、今度は玲羅が仕事を振られると思っていたのだろう。彼女はどうすればいいのかと質問をしてきた。


 「すぅ……ちょっとこの部屋で待っててくれ。俺は客間の準備してくる」

 「で、でも……」

 「その後に、俺の相手をしてくれ。ちょっと疲れたからさ」

 「……わかった」


 そう言って、玲羅は元居た場所に戻っていった。

 俺も準備とか言いつつ、客間の準備を秒速で終わらせて戻ってきた。


 帰ってきた俺が玲羅とイチャイチャしていると、奏が上がってきた。

 そんな彼女は、俺の姿を見るなり、すぐに頭を下げてきた。


 「今日はありがとう。椎名君がいなかったら……」

 「礼には及ばない。友達を助けるのは当たり前だ。それに、徹は俺の親友だからな。親友の彼女は、俺の大事な人間の一人だ」

 「翔一……お前ってやつは……」

 「ほら、さっさと2人きりになれよ」

 「う、うん……」

 「ありがとな、翔一」


 そう言って、2人は客間に消えていった。


 そんな二人を見送ってると、玲羅が不審に思ったのか聞いてきた。


 「なににやにやしてるんだ?」

 「客間のベッド、一つしかない」

 「え?」

 「見えやすいところにコンドーム置いてきた」

 「なにしてるんだ!―――ちょっと待て、いつコンドームなんて買ってきたんだ?」

 「ああ……あれ、玲羅が買ってきたけど、俺のせいで使えなかったやつ」

 「本当になにをしているんだ……」


 翌日


 案の定、コンドームの数が減っていた。

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