第106話 イチャイチャの代償
浜辺に着くと、さっそくメンバーは女子と男子に分かれて、水着に着替えに更衣室へと入っていった。ちなみに更衣室は個室式ではなく、大部屋にロッカーが並んでいるタイプだった。
女子たちが水着に着替えていると、ふと美織が言った。
「そういえば、ここの近くでホテルをとれていて泊りになるけど、行くかしら?」
「え?なんで取ってたの?」
「いや、なんでと聞かれても気まぐれとしか……あなたたちがだめでも、おそらく翔一は来てくれたでしょうし」
「あー、そこらへんはお母さんに聞いてみる―――あ、でも着替えが……」
「大丈夫よ。浴衣もあるし、洗濯もできるから帰るときはその服で大丈夫よ。―――でもね」
「でも……?」
「家族部屋一つしかとってないから、男子たちと同じ部屋だからね」
「「「え?」」」
美織のその言葉には、遠巻きにしか聞いていなかった玲羅と結乃も驚いた。
実際のところ、2人はホテルに泊まれるのなら泊まる気満々だったが、男女で部屋わけがされているものだと思っていた。
だが、そこは大きな誤算。美織がそんなことを気にするはずもなかった。
しかし、それは裏を返せば好きな人と夜を明かせるということだった。玲羅はいつもしているので、そのありがたみは薄いが、奏にとってはとても大きなものだ。
一度は困惑した奏だったが、蔵敷と一つ屋根の下を共有できることに魅力をおぼえた。それに、奏が彼のことを好きなのはこの場にいる人たちには知られているから、隣で寝るとかもアシストしてくれるだろう。
「男子と一緒の部屋は嫌かしら?」
「嫌じゃないです」
「じゃあ、奏は泊りでいいわね。2人はどうするの?」
「私は、お兄ちゃんが泊まるんだったら」
「私もだな。翔一が泊まるのなら私も泊まろう」
そうやって話をしながらどんどん服を脱いでいく四人。徐々にあらわになっていくその肢体に同性ながらも周りの人たちは見惚れていった。
「あれ?義姉さんの胸、また大きくなってる?」
「嘘……天羽さんって、まだ大きくなってるの?」
「い、いや……そう、だ。さすがに肩こりとか支障が出るから、勘弁してほしい……」
「わかるわあ。本当に肩凝るから、ほどほどにしてほしいよね」
「あら?翔一に肩もみとかしてもらってないのかしら?」
「え?天羽さん、そんなことしてもらってるの?」
「この間、初めてしてもらった……」
周りの視線を特に気にすることなく着替えていく四人。
水着に着替え終わったことによって、露わになったその肌は太陽を知らないんじゃないかと思うくらいに真っ白な肌をしていた。
全員が全員、今の今まで、外に出ていなかったせいなのではあるのだが。
そこで奏は気付いた。
「あれ?天羽さん、その胸についてる痣は?」
「え?私からは見えないのだが……」
彼女が見つけたのは、玲羅の鎖骨あたりについている痣のようなものだった。
なにかに殴られたようなものではないのだが、自然につくようなものでもない。奏は、もしかしたら翔一に玲羅が変なことをされているのではないかと不安になった。
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
「ああ、多分それお兄ちゃんがつけたキスマークだと思います」
「き、キスマ……!?」
「はい……」
「ちょっと待ってくれ。なんで結乃が、私にキスマークがついているのを知っている?」
「いや、2人ともバレないと思ってるんですか?お兄ちゃんはともかく、義姉さんは胸元が開いてる服を着るとき、それが見えるんですよ。だから、お兄ちゃんに聞いたら教えてくれた」
「結局、翔一じゃないか!」
まあ、うっかり妹に言っちゃうくらい翔一にとってうれしいことだったのだ。キスマークを付け合うような親密な関係が。
だが、それに反して、中学の友人に自分がキスマークを付けているということを知られて、恥ずかしさが頂点に達するのであった。
そんなやり取りもほどほどに四人はそれぞれの水着に着替えて、更衣室を出た。外に出ると、ナンパ目的の男たちがこの一瞬だけで、たくさん連れたのだが女子たちにとってはどうでもいいことだった。
更衣室の外は、当たり前だがあたり一面に海が広がっていた。
その手前に広がる広大な浜辺の中に、女子たちの目的の存在はいた。
「翔一!」
「んあ?こっちこっち!」
「ほら玲羅。なに恥ずかしがってるのよ」
「そうですよ義姉さん。せっかくいいプロポーションなんだから見せつけてあげないと」
「そ、ういうものなのか?ダサくないかな……?」
「はいはい、ほら翔一!玲羅の水着どう?」
更衣室を出てすぐに、翔一を見つけた玲羅だったが、実は水着が似合っていないのではないかと不安になってしまった。自分がダサい水着を付けたことで、彼に幻滅されてしまうのではないかと。
だが、そんな心配をよそに翔一は答えた。
「え?聞く必要ある?可愛いじゃん」
「ね、翔一はこういうやつなのよ―――って、聞いてないわね」
「ぷしゅぅ……」
翔一が真顔で放った「可愛い」の一言が、玲羅を一撃で持っていった。
笑いながら言われたりするより、真顔でさも当然のことのように言われるほうが、彼女にとってダメージが大きかったのだ。
緊張と恥ずかしさで動けなくなってしまった玲羅を翔一は看病すると言って、自分たちが持ってきたシートを敷いている場所に向かっていった。
その2人をよそに、他のメンバーは海に繰り出していった。
シートの上で休んでいると、しばらくして玲羅が起きた。
「んぅ……翔一?」
「あ、起きたか。大丈夫か?」
「大丈夫……じゃないよ。本当に、なんで翔一はそんなに私を好きだと言えるんだ?」
「んー、別になにかを気にしてるわけじゃないしな。それに、好きなのは本当だから」
「虚しくないのか?私も口にするようにしているが、内心はすごく恥ずかしい。そんな相手に一方的に好きと言い続けるのは」
「虚しくないよ。なんせ、いつも玲羅が可愛い反応をしてくれるからさ」
「かわ……」
こういうやり取りをすると、玲羅はつくづく思い知らされる。
―――彼には一生かなわない。でも、それと同じくらい愛の言葉を自分にささやいてくれることを。
本来の海に入るという目的を忘れかけている玲羅に、翔一が質問した。
「そういえば、日焼け止め塗った?」
「あ、忘れてた……」
「じゃあ、塗ってあげるよ」
「ふぇ?」
玲羅が答える前に、翔一は日焼け止めクリームを適量手に乗せた。
彼も静止の声を聞かずに―――いや、制止の声と言ってもほとんど嫌悪が混じっていない。むしろ期待しているかのような声だった。
「だ、ダメだ。自分でやるから……」
「そうは言っても、玲羅全然抵抗しないよね」
「それ……は、その……」
翔一の手が体に触れるたび、ひんやりとした感覚にビクッとしてしまう玲羅。
首、背中、そしてお腹にクリームを塗ってもらい、しまいには水着で覆われていない胸の部分すら玲羅は触れられることを許してしまった。
(ま、まずい。そういうことをしているわけじゃないのに……。く……翔一の手が体に触れるたびに、体が火照っていく)
今の彼女は、自分でやらないといけないという理性と翔一に合法的に触れられるという喜びの感情がせめぎ合っていた。
だが、どのみち彼女にやめてという余力がもう残っていない。
玲羅は黙って、翔一の手を受け入れるしかないのだ。
ついに翔一の手が、玲羅の太ももへと伸びていった。
翔一も、色々なところに触れるということに抵抗感はあったものの、こういう時くらいは玲羅のエロめの願望をかなえたいという気持ちでいっぱいだった。―――そう、翔一は知っている。こういうイチャイチャが彼女の好きなことだということを。
彼女がむっつりだということも
両足にもクリームを塗った翔一は、最後に玲羅の唇にキスをして終わった。
「い、今のキスは必要だったのか!?」
「必要だよ。だってキスは好きな人との、大切なコミュニケーションだから」
「そ、それなら……あれ?翔一、その上着はなんだ?」
塗りこみが終わった玲羅は、改めて翔一を見ると違和感をおぼえた。
下半身にはちゃんと水着を着ているのだが、翔一はなぜか上着を着ていたのだ。
「まさか翔一、泳げないのか?」
「あ、いや、俺の上半身って玲羅のつけたキスマークばっかりだから」
「へ?」
「だから、玲羅のつけたキスマークで全身所々赤いの」
「~~~っ」
彼女は思い出した。
ここ最近は、自分の愛を刻み込むように翔一の体に口づけをしていたことを。色々なところにつけすぎたせいで、今や翔一の体にはまだら模様とまではいかないが、そこそこ赤い点々がついている。
よく見れば、首筋にもそれらしき痣が見える。
それに対して、翔一は彼女の鎖骨の一か所にしかつけていない。
そんな対比のようなことに、今更ながら玲羅は自分が翔一のことを、普通じゃあり得ないくらいに愛おしく思っているのか思い知らされた。
「そ、その、すまない……」
「なんで謝るんだ?俺は、このキスマークの数だけ玲羅にいされてるってことなんだから、嫌なはずないだろ?」
「うぅ……それはそれで恥ずかしい……」
「まあ、上着はもうなんこか持ってるし、海はこのまま入るよ」
「へ?」
「ほら行くよ。みんな待ってるぞ」
「あ、ああ……行こうか」
そう言って、玲羅は翔一の手を掴んで海へと連れていかれた。
そんな時に、彼女はなんとなく言った。
「大好きだ、お前のことが」
だが、翔一はその言葉を聞くと、フイッと顔を彼女の方から背けた。
玲羅は「あれ?」と思ったが、すぐに気が晴れた。
「不意打ちはダメだよ……」
そう言う翔一の耳は真っ赤だった。
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