第60話 “元”

 うちの攻撃は、双葉と俺の連続ヒット(俺はツーランホームラン)で返した2点だけで、後続が凡退し、攻撃を終えた。


 現在は6回表、スコアは8-4。なら、この場で打たれる展開は……ない!


 ズバン!


 「ストライッ!バッターアウト!」


 だが、俺が三振を取っても盛り上がらない。いや、観客席を見る感じ、男子は盛り上がりかけているのだが、それを金剛信者の女子が制圧しているのだろう。もうどれだけ騒いでも無駄だ。金剛が試合に出る場面はない。もう、始まってるんだよ。俺と双葉のステージが。


 一色よ。よく見ておけよ。お前の好きな人がこのチームを勝利に導くのを。


 俺はこの回、最後のバッターをスプリットで三振に抑えるも、低めに投げすぎたのか、捕球前にバウンドしてしまった。

 それを見たバッターは振り逃げを始めるが、意味はない。バウンドしようと、双葉の構えているところになげている。バウンド後にすぐに入ったボールを双葉は確認し、ファーストに投げてアウトにした。


 この回も三者凡退。

 一気に、相手校の勢いを落とした。後は次の回で得点を入れて、流れをこちらに引き寄せるのみだ。


 ベンチに戻ると、不機嫌そうな金剛と狩野がいるが、俺たちは全力で無視だ。


 すぐに、攻撃前のミーティングが始まった。


 「椎名、なにか言ってもらえないか?」

 「え?俺?」

 「ああ、君みたいに強い選手からチームに発破をかけてもらいたい」

 「……わかりました」


 俺は部長に言われて、攻撃前の発破をかける係になった。と、言っても、言うことがそこまでないのだが……

 しかし、なにもしゃべらないわけにもいかないので、俺はひねり出した。


 「打って前にやって走れば、なんか起きる。奇跡を起こしに行け。勝ちたいのなら、流れを引き寄せろ!」

 「「「はい!」」」


 大したことは言ってはいないが、なんかやる気になったのでよしとしておこう。


 その後は、選手たちに火が付いたのか、少しずつだがヒットが出るようになってきた。と言っても、ポテンヒットや泥臭いセーフばっかりだ。だが、それでいい。そのプレイ一つ一つが、ピッチャーの打たれ始めているという焦りを誘うことになる。


 だが、この回では得点は入らなかった。だが、流れはこちらに来つつある。


 その後の回は、1、2番を三振で抑え、迎えた三番。バッターはキャッチャーの真柴。

 真柴は、バッターボックスに入ると、こちらをすごい形相で睨んできた。ちっ……はあ、めんどくせえ。


 バッターに対して、俺はストレートと変化球、そしてボール球を駆使して、スリーツーまでカウントを持って行った。

 なんか、あと一球でフォアボールだからピッチャーがピンチという声が聞こえるが、実際そう言うことはない。あと一球でアウトになるのはバッターも同じ。それどころか、ピッチャーがどこに投げるかわからない以上、ストライクゾーンを広く見なければいけないバッターのほうが不利だ。


 奴は、俺の球を知ってる。だから、スプリットは打たれる可能性がある。あいつが一番、俺の癖を見てきてるから。


 だから、わずかな変化に気付くはずだ。


 そうである以上は、決め球スプリットは避けたい。そうなれば、奴が見たことない球を投げたいが、あれは一度も試合で使ったことがない。―――いや、だからこそ有効になるのか……

 使ってみるか。


 俺は一度、手でTの字を作り、双葉を呼んだ。


 「なんだ、椎名」

 「なにがあっても、俺を信じろ」

 「……?―――わかった。動かなければいいんだな?」

 「ああ」


 双葉を戻したら、審判の掛け声によってプレイが再開された。


 双葉は、俺の指示通りにストライクゾーン下ギリギリにミットを構えた。


 だが、俺は明らかなボール球を投げた。ついにフォアボールかと思われた俺の投球はバッターボックスに近づくごとに、浮き上がっていった。本来なら、ソフトボールなどでしか見ない変化球。


 【ライザー】


 無理やりストレート以上の回転をかけて投げる球だ。中学時代、投げ球がなくなった時用に練習していたが、すぐ肘と肩を壊すから、試合では使わなかった球だ。


 投げた球は、下側からミットに吸い込まれて行って―――


 カキン!


 金属音とともに、左中間に飛ばされた。


 「なっ!?」


 対応された……

 さすがは、俺の“元”バッテリーだ。さすがに対応するぐらいの技術はあるか。


 だが、三塁打で抑えた。得点が入っていないならセーフだ。


 俺は切り替えて、次の四番バッターを抑えた。


 その後は、特にこれと好プレーはなかった。元々の6点差というのは、現状の希静の地力では巻き返しが利かず、試合には負けてしまった。


 だが、強豪相手に最後は、俺抜きでよく3点も取ったと思う。だが、結果は8-7。希静にとって、もう少しでつかめた勝利を逃してしまい、悔しい結果となってしまった。だが、一度ついた火は中々消えない

 その後、死ぬほど練習をし、双葉の世代で念願の甲子園に行くのは、また別のお話だ。


 試合終了後、俺は荷物をまとめて早々に立ち去ろうとしていた。

 早くこの場から離れて部活勧誘から逃げたい気持ちはあったが、なによりも玲羅に会って、癒されたかった。金剛と同じ空間にいただけで全身の毛穴という毛穴が開ききってしまいそうだ。


 「翔一……」

 「……お前が、俺を下の名前で呼ぶな。他人に名前呼びを許すほど寛容じゃない。真柴」


 俺ことを名前で呼んだのは、真柴。相手校のキャッチャーであり、俺の元相棒だ。


 「そ、そんなこというなよ。なあ、俺たち親友だったよな?」

 「ああ、少なくともそう思ってたよ。だけど、それを踏みにじったのは、お前だろ?」

 「……っ、でも、俺たちは苦楽を共に……」

 「もう黙れ。話すだけ無駄だ」


 ちっ、イライラしてきた。

 こいつの顔を見るだけで、虫唾がはしる。試合中、よく顔面にボールを当てなかったよ、俺。


 そんなことを思っていると、逆方向から愛しい人がやってきた。


 「翔一!」

 「ああ、玲羅。帰ろうか。昼ご飯は、どこかで食べていくか?」

 「お、おまえ、その人は?」

 「あ?お前に言う必要あるか?」

 「翔一、あんまりそう言ってやるな。―――おまえは……そうだ、相手校の真柴と言ったな。私は天羽玲羅。翔一の彼女だ」


 そう、玲羅が自己紹介すると、真柴は激昂した。


 「お、お前、姫ヶ咲さんを捨てたのか!この外道!やっぱり、あの写真に偽りはなかったんだな!」

 「やっぱりってことは、疑ってたのか。はあ、お前と縁を切って正解だった」

 「おい、答えろ!」

 「黙れ―――お前は、“元”親友というだけで、今はなんの感情も持たない赤の他人だ。これ以上話しかけるな」

 「おい!」


 ギャーギャーわめき散らかす真柴を放置して、俺は玲羅の手を握ってその場を後にした。


 「翔一……」

 「大丈夫だ。もう、あんな奴は友人じゃない。俺には玲羅が隣で笑ってさえいてくれれば、幸せだ」

 「ああ、私はお前を絶対に一人にしない。愛してるぞ、翔一」

 「俺もだ」

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