第51話 特!訓!開!始!
もう後戻りはできない。
私は、好きな人を裏切った。学校で話しかけてくれていたのに、無視をした。いつの場所で待っていてくれたのに、行かなかった。
もう、翔一の心を痛めつけた。できるだけ、彼の前で男子と会話して楽しいそぶりを見せるようにした。ちゃんと笑えていただろうか?
私は今、荷物をまとめている。
あんなに大好きだった翔一の部屋から、家から、私の着替えなどの日用品をまとめた。
最後に、翔一とお別れがしたかったが、彼が帰ってくることはなかった。
「じゃあね、れい―――天羽先輩」
「ああ、さよならだな。今まで世話になった」
形式的な挨拶だけ済ませて、私は家を出た。
家を出てすぐ、私は目尻に涙が溜まっているのがわかった。
どれだけ取り繕っても、自分に嘘を吐けない。
もっと翔一と一緒にいたい。
もっと彼と抱きしめ合いたい。やだよぉ……翔一……
「あら?なにしてるの?―――って、なによその顔」
「み、美織……」
「玲羅、どうしたのよ」
「翔一をよろ……よろし……」
「なんでそんなに泣きそうなのよ……とりあえず、うちに来なさい。ていうか、翔一はなにやってるのよ」
翔一をよろしく頼む。ただそれだけのことが言えなかった。
どんなに翔一と仲のいい女子でも、私の友人でも……
私以外の女が翔一の隣で笑っているのが、我慢できなかった。
私は、そのまま美織の自宅に引きずり込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は遡って、その日の昼休み
結局、玲羅は来なかったな……
昼休みくらいは来ると思ったのだが、やはり昨日何かあったのだろう。
昨日、玲羅が部屋に来てからの記憶がない。ただ、クソみたいな夢を久しぶりに見たし、今日の周りの様子を見ていればなにかがあったのはわかる。
そんなことを考えながら、廊下を歩いていると、なにやらもめているのが見えた。
「頼む!1人部停になったから、メンバーが足りないんだ!助っ人に来てくれ!」
「どうしよっかなー」
見たところ、なにかの試合のために助っ人を頼んでいるようだった。
しかし、だいぶ渋られているようだった。
「ていうか、一年がいるだろ?」
「まだ入ったばかりで、使えるわけないだろ!」
「ふーん、だから俺に頼むのか」
「な、頼む!」
「そういえば、今年入ったマネジャーに顔が良い奴いたよな?」
「そ、それは……」
思い出した。どこかで見たことあると思ったら、2年の金剛だ。
奴は、漫画の世界でいう典型的なヤリチンのクズに該当する人物だ。入学初日に美織を含め、プロポーションのいい奴に声をかけていたやつだ。
玲羅は、常に俺がそばにいたから、防ぐことは出来たが……
しかも、これまたテンプレ通りに運動ができる。
おそらく、試合の代役をやってやるから、マネージャーとヤらせろ、という話なのだろう。
反吐が出る。
関わらないほうが吉だ。
そう考え、俺は足早に立ち去った。
―――――――――――
その後、色々あり、今は図書室にいる。
玲羅は先に帰った。今日話していたグループの人たちとともに。
「はあ……」
昨日、俺が玲羅にしたことがわからない。記憶がないのだから仕方ないのだが、意図せずにため息が出てしまう。
こういう時は、知識に埋もれるに限る。
そうして俺は、図書室の本を片っ端から読んでいった。
しばらくして、読書にひと段落がついた俺が、顔を上げると目の前の席には知らない人が座っていた。
「んあ?誰?」
「あ、やっと気づいてくれたね。もー、図書室を閉める時間になっても全然帰ってくんないんだもん」
そう言ってプリプリと怒っている生徒。誰だこいつ。
見ると、ネクタイが青色。2年の色だった。
ちなみに、俺たち1年のネクタイは赤色。3年は黄色だ。
「すいません、すぐ帰ります」
「ちょっと待って、せっかくだから一緒に帰ろう?」
「はあ……いいですけど……」
俺が出した本やらなにやらをすべて片づけ、最後に図書室に鍵をかけた。その途中で聞いたのだが、彼の名前は
なんともキャラの濃い
だが、男子なら問題ないな。一緒に帰っても―――今は女子でも問題ないのか。
そうして2人並んで帰ることになったのだが、グラウンドのほうが明るいのに気付いた。時刻は7時。こんな時間に部活していることはまずないのだが。
「なんか明かりついてません?」
「そうだね。もしかしたら消し忘れかも」
「じゃあ、消しに行きますか」
「そうしようか。消さなかったら、明日のHRの話が長引きそうだし」
そういうことになったので、グラウンドの方に向かったのだが、そこには誰もいないわけではなく、2人ほど残っている生徒がいた。
その2人のうちの女生徒は、キャッチャーの格好をした生徒に投げ込みをしている。意外といい球を投げている。
しかし、問題はキャッチャーだ。腰が入っていない。それにボールに対する恐怖心があるのか、バウンドしたボールを取り損なっていることが多い。
「違う。取ったらビシッと止まるんだよ―――てか、球を怖がってんじゃねーよ」
「野球好きなの?」
「……いや、帰りましょう」
「……?」
俺の言葉に先輩は疑問を思い浮かべるが、俺の知ったことではない。
だが、次に聞こえてきた会話で、俺は足を止めた。
「楓が勝手に金剛先輩のための賞品になってたんだ。そんなことさせないために、俺が試合に出て活躍しないと……」
「雄二……頑張って!」
昼間の金剛とかいう先輩の被害者の2人か……
奴が活躍すれば、あの女生徒は貞操の危機にさらされる。
「椎名君?どうしたんだい?」
突然足を止めた俺に、先輩は心配そうな声を出すが、俺は反応しない。
『ごめんね、ショウくん……私、汚されちゃった……だから、私をね―――』
ちっ
「雄二、もう遅いし帰ろう。これ以上は……」
「いいや、まだだ。せめて、ボールに対する恐怖心を今のうちにでも……」
「ボール貸せ」
「へ?だ、誰?」
練習中、なにもないところから現れた俺に2人はすごく驚く。だが、そういうリアクションはどうでもいい。
「俺が投げる。お前はそれを受け止めろ」
「な、なに言ってんだよ!そもそも、お前は―――」
ズバッ!
男子生徒が言い終わる前に、俺はミットにボールを着弾させた。
2人とも、今の光景を信じられないとばかりに目を見開いている。
「ごちゃごちゃ文句言うのは、いっちょ前に俺の球を受け止めてからだ」
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