第49話 崩壊する心

さきがき

タイトル通り、重要な回ですが玲羅と翔一の絡みだけを見たい人はここから何話かかるかわかりませんが、見ることをお勧めできないお話になります。

翔一の過去が関わる以上は、このような暗い話が続く期間もあります。

あらかじめご了承ください。




 なんやかんやあって、高校生活はもう3週間も経過し、5月に入ろうとしていた。

 そろそろ1年生も、各々が部活にも入り、活動を始めている。


 俺たちも、授業の間の休み時間で一緒になれない分、昼休みにあの場所でイチャイチャするのが日課となっている。

 最近のトレンドは、俺が玲羅に膝枕をすることだ。


 彼女曰く、普通に寝るよりいい。と言って、俺の膝をさわさわしながらまったりとする。

 本当に幸せな毎日だ。


 ちなみに美織はというと、玲羅ほどではないが告白をよくされている。

 あのプロポーションに、シモ発言。気軽にさせてくれるとでも思っているのだろう。もしくは、いつも一緒にいる俺から引きはがしてやろうとでも思っているのか?


 美織はそんなに尻は軽くないし、多分、俺に敵意をむき出しにしてる奴とは関わりもしないと思う。

 俺としては、誰かと付き合って、離れてほしいものだ。まあ、本人に言ったらなにされるかわかったもんじゃないけど。


 ちなみに、俺に友人はいない。別に困ってないからいいけどな。

 ああ、だけど消しゴム落とした時に露骨に無視されるが、あれは嫉妬だ。気にしたら負けだ。


 わからないのか?そういう態度が女子に透けて見えてるって。


 男子は女子の嫌なところを見つけるのがうまいし、女子も同じ。普段の行いをなおすだけでどうにかなるのでは?

 ―――知ったこっちゃないけど。

 これ以上は、ただイキってるだけの奴に見える。やめておこう。


 まあ、こんな俺にも気になる部活はある。野球部だ。


 中学でやっていたわけだし、やりたい気持ちがあるのだが……

 どうしてもやる気になれない。


 確かにうちの学校の野球部はそんなに強くはないが、それが理由ではない。もっと深層にある。俺の気持ちの問題だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 私は今日、翔一を誘おうと思う。


 この日、私―――天羽玲羅は大人になることを決意していた。

 もう付き合い始めて、だいぶ日が経った。


 私も前よりは甘えられるようになったし、翔一の温かさで幸せを感じることができるようになった。

 もう、いい頃合いだと思う。


 私だって思春期の女だ。そういうことに興味もあれば、欲求もある。

 初めてだって、翔一にもらってほしい。


 だが、あいつは私を甘やかしてくれるだけで、誘ってきているわけじゃない。もしかしたら、遠慮しているのだろう。

 なら、私が関係を結びたというのなら、私から誘うのは筋だ。


 ただ、私にも理想の初めてというのもある。

 好きな人に抱きしめられながら達したいだけではあるが……


 今日の夜、したいと思った私は、学校の帰りにゴムを買った。避妊は大事だ。

 翔一の子供ができてしまったら、その時はその時で幸せに思うんだろうが、今は学生。中退になれば、苦労してしまうのは翔一だ。そんなことさせられない。


 それから私は食事を済ませて、下着も持っている津でなるべく、かわいらしいものを選んだ。漫画で見るような大人びたものは残念ながら持っていない。なら、可愛いと思ってほしい。


 そして、時刻は夜。

 よい子は寝静まっている時間帯だ。だが、いつもこの時間に翔一の部屋に行くと、翔一は起きている。


 私は意を決して、翔一の部屋をノックした。


 コンコンコン


 「どうぞー」

 「し、失礼します……」

 「どうした?なんか、変だぞ、今日」


 私は、手に持っている

 そ、そんなに変だっただろうか?


 「そ、その……今日はだな……」

 「……?」


 ここに来て、なにをおびえているんだ私!もう、一歩踏み出せば!あとは翔一が……

 いつもみたいに翔一が引っ張てくれるはず……


 私は、パジャマの胸元をはだけさせて下着も外し、扇情的な格好になる。ブラはポイだ。

 翔一が目を見開いて、「え?」と声を出してる。そ、そんなに誘うのがおかしいだろうか?


 私は勢いに任せて翔一を押し倒す。

 私が翔一の上に乗る体勢になり、下着のつけられていない胸が、翔一に触れる。うぅ、恥ずかしい……


 「れ、玲羅?」

 「私たち、一緒になってずいぶん経つよな?」

 「まあ、付き合い始めてまだ、3か月とかそこらだけどな」

 「その……だからな……」


 意を決して、私は翔一の唇を奪う。こうして、気分を昂らせて翔一に思いを伝える。

 確認のように、口頭でさらに続ける。


 「す、好きで愛してる。だから―――」


 私は背にしていたコンドームを翔一の前に持ってきて言った。


 「私を抱いてくれ……」

 「……っ!?」


 私が最後まで言い終わると、翔一の表情が青ざめた。ど、どうしたんだ。


 そう思った時、翔一は両手で私の頬を挟む。温かくて心地よい……


 「なあ……」

 「なんだ、翔一」

 「なんで死のうとするんだ?」

 「へ?」


 言っていることが理解できない。

 私は翔一の言葉を頭の中で処理できない。なぜならば、私は死のうだなんて思ってもいないからだ。


 私の混乱をよそに、翔一は続ける。


 「なんで死のうと?なんで置いてくんだよ……なんで!」

 「し、翔一!落ち着け!」

 「嫌、嫌だ!なんで、お前だけ死ぬんだよ!」

 「私は死なない!翔一を一人になんてしない!」

 「嘘だ!そう言って、関係だけ持って……自分だけ満足して!そうやって、いつの間にか死んでるんだろ!」

 「違う!私は……」

 「ああ……そうだよな……。結局、俺とお前は政略婚だったんだな!愛があるって思ってたのは……俺だけだったのか……」


 ここでようやく私は気付いた。翔一は私と会話をしていない。

 目のハイライトも消えて、ただなにもない虚空と言い合ってる。いや、怒っている?


 私は目の前で起きていることを理解できない。しかし、翔一は突然動きを止め―――


 「ち、違う!俺のせいじゃない!自殺したのは俺のせいじゃ……違う!」

 「翔一……なにが起きているんだ……」


 私はなにもできない。なにをしたらいいのかわからない。でも、なにもできない自分が嫌だ。

 せめて、翔一の心に響けば……


 そう思い、私は翔一を抱きしめる。先ほど、服をはだけさせたせいであられもない格好をしているが、今はそんなことを気にせずにいる。だが、翔一は涙を流して、言い始めた。


 「ああ……もういい……お前も優しいふりして、俺を殺そうとするんだろ……

 いいよ……自分で“綾乃”のところに行くから……」

 「―――っ!?」


 つい驚いて突き飛ばしてしまった。翔一はなにかぶつぶつ言いながら、横たわっている。


 綾乃―――確か、翔一の婚約者だった人。今は、自殺してこの世にはいないらしい。

 この世にいないのに、彼女のところに行く?


 答えは考えずとも思いつく。


 「ダメだ!翔一!」


 私が飛びついた瞬間、翔一は自分の腕を噛もうとし始めた。


 間一髪で食い止めたが、力が強すぎて抑えきれない。

 誰か、誰か助けてくれ!


 そう思っていると、ドタドタと部屋の外から聞こえてくる。

 その音は、私たちのいる部屋に近づいてきて、目の前で止まったかと思えば、扉が勢いよく開け放たれて、結乃が入ってきた。


 「お兄ちゃん!」

 「結乃助けてくれ……」

 「玲羅先輩……?なんで……なんで」

 「結乃……?」

 「なんで、お兄ちゃんを誘惑してるの!」


 そう怒声を浴びせてきた結乃は私を突き飛ばして、翔一の腕をつかんだ。一見、ブラコン妹のようなセリフだが、そんな愛情のような感情は見えない。本気で怒っているだけだった。


 「お兄ちゃんお願い。一人にしないで……」

 「結乃……」


 結乃に懇願された翔一は、段々と力を抜いていき、最後には倒れるように眠ってしまった。

 その傍らでは、いまだに翔一の手を握っている結乃の姿があった。


 この時に気付いた。


 翔一は私と関係を持つことに一線を引いていたんじゃない。物理的にできない。なにかが、翔一の心に制限をかけている。

 過去になにがあったか、聞かされていることだけはないことに気付いてしまった私は、安易に誘ってしまった私なんかが翔一と一緒にいてもいいのか、わからなくなってしまった。

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