第22話 楽しみな食事 水濡れの玲羅
時刻は進んで、夜の8時。
予定では、ホテルでの食事の時間だ。
俺たち部屋班のメンバーは移動をし、食事会場まで移動してきた。
食事会場は、ビュッフェスタイルだからかものすごく広い。保護者などから寄付金という形で資金を集め、高いホテルに泊まるだけのことはある。
俺?自費だよ。
「腹減ったー」
「ビュッフェなんだっけ?死ぬほど食うぞー!」
「多分、先生たちが常識的な範囲で食べろとか言うよ」
「楽しみだなー」
移動中、なんでもない会話をしながら俺たちは席に向かう。
食事は、部屋班ではなく、行動班で料理を囲む。明日の予定などの確認や雑談のためだ。
ちなみに、豊西とはあまり仲良くなってはいない。というか、あまり仲良くするつもりもない。
俺があいつらと一緒にいると、玲羅がどう思うか。悲しそうな表情をするか、複雑な気持ちになるか。なんとなくだが、あまりいい感情は持たないだろう。
「椎名君、こっちだよ!」
「ああ、今行く」
名前を呼ばれて、班員が集まっているところに移動する。
着席をすると、みんながにやにやし始める。なんだ?
「椎名君、隣誰だと思う?」
「ん?天羽じゃないのか?あいつだけこの場にいないし、俺の隣空いてるし」
「せいかーい。じゃあ、天羽さんは今なにをしてるでしょー」
「うーん、考える可能性はトイレが一番だが、天羽のことだ並べられている料理を見たりしてるんじゃないのか?」
「え?当てたんだけど……」
「出題したくせに露骨に引くなよ……」
そう言いながら、あたりを見渡してみると、ビュッフェのメニューが数々が並べられているテーブルのあるところでうろうろしている彼女の姿があった。
彼女は結乃ほどではないが、健啖家―――食べるのが好きな子だ。
目の前に、たくさんのおいしそうな料理が並べられて少しテンションが上がっているのだろう。
しばらくすると一通りの料理を見終わったのか戻ってきた。
「椎名は鍋のだしはどうしたい?」
「あー、鍋の中のか?」
「ああ、他のみんなは私と椎名の好きなものでいいと言っていた」
「なら、俺はなんでもいいぞ。天羽の好きなのを入れてくれ」
「じ、じゃあ、すき焼きだ」
今回のビュッフェは、しゃぶしゃぶ形式のものらしい。
料理は普通に出ているのだが、他にもしゃぶしゃぶ用の肉も置かれていて、班のテーブルに用意された鍋にだしを入れて、自分たちでやるものだ。
うちの班は玲羅がすき焼きをしたいというので、すき焼き出汁になった。
それから先生たちが、食べるときの注意、明日の準備について、就寝時間、他の部屋への移動などについて話した。
予想通り、「ビュッフェではあるが、残さないように常識の範囲で料理をとる」と言い聞かされた。何人がそれを破るのか見ものだな。
就寝時間は、最終で11時。それまでに寝ろとのことだ。
他の部屋への移動については、班長会議終了から一時間以内までなら可能。学生として不純なことをしたら、次の日から先生たちと行動だそうだ。
一つでも破った生徒には、帰ってから反省文を書かせるらしい。それは嫌だ。
と、まあ普通に生活していればまず引っかかることのない内容ばかりだった。
食事の時間が始まると同時に、玲羅がダッシュで料理テーブルの所に向かっていき、ダッシュで戻ってきた。
戻ってきた玲羅は、ドンッと皿を置いて俺の方を見てきた。というより、なにかを訴えるようにこっちを見つめている。
俺は、なんとなくだが玲羅の言いたいことが分かった。
「肉とか煮込むの俺がやればいいのか?」
「ありがとうっ!私は、お前の分も取ってくるから!」
「まあ、取ってきてくれるならいいか……」
可愛いし、持ってこなくてもやりそうだけど……
というわけなので、俺はすき焼き出汁の中に牛肉を放り込んでいき、色がついてくるまで煮詰める。そのついでに、持ってこられていた野菜も入れて、少しずつ鍋っぽくしていく。
「肉はもうちょい待ってくれ。あと、2、30秒したらとっても問題ないと思う」
「椎名君って、料理できるの?」
「まあ、人並みには」
「へー、本当に優良物件だね。いくらなら賃貸になる?」
「なにをいってるんだ?俺は家じゃないぞ」
「彼氏になってよー。料理もできるんでしょー」
「えー、俺がフリーだったらいいけど、今の俺には―――」
「天羽さんがいるんでしょ?わかってるよー」
そう言って茶化してくる奏。こいつはいいやつなのだが、絡み方が酔ったおっさんみたいだ。まあ、本物はもっとしつこいのだが……
俺には、心を決めた玲羅という存在がいる。絶対に浮気なんてしない。
そんなことを考えていると、俺用に持ってきたであろうプレートを持った玲羅が席に戻ってきた。
ぷれーとの上には、色々なものがあったが、お任せでやったはずなのに比較的俺の好きなものしか入っていなかった。
「俺がカキフライ好きなんて言ったっけ?」
「いいや、私が結乃から聞いた。だから、他の好きそうなものたちも少し多めにとってきた。多かったら言ってくれ、私が食べる」
「ふふっ、嬉しいな。ありがとう」
「ど、どうということはない」
「あれー?天羽さん、なにしてるのー?」
「な、なんだ奏は……おっさんみたいな絡み方をして」
やっぱりおっさんみたいだよね?なんか、玲羅に対してボディタッチ激しくない?
ボディタッチをされている玲羅もそう思うのか、自身に伸ばされる手を払いのけながらご飯を食べている。
と、肉を入れてからそれなりに時間が経ち、食べごろの状態になってきた。
「もう、すき焼きも食べていいと思うぞ。あ、でも野菜はまだ待って」
「「「はーい」」」
俺が肉を食べていいというと、一斉に肉を食べ始めるやつら。あれ?俺の分残るよね?
と、俺の心配は見事に的中し、ものの数分で玲羅が大量に持ってきた肉はなくなってしまった。
だが、肉がなくなった瞬間、全員が食べたい肉を取りに行き消えていった。その場に残されたのは、俺と小食の八重だった。
「ごめんなさい椎名さん」
「いや、なんで謝るの?別になんもしてないでしょ」
「いえ、私の友人たちが椎名さんの分も考えずに食べちゃって……」
「いいよいいよ。家では俺の分まで食っていくキチ妹がいるから慣れてる。それに自分たちで持ってきた肉食ってるだけだ。文句はないよ。食いたければ、俺が自分で取ってくる」
「そう……お父さんとは大違い……」
「さらっと家庭事情をカミングアウトしないでくれる?まあ、助けが必要だったら教えてくれ。パワー系なら自信あるから」
「……考えとく」
多分相談してこねえな。
いつか、この子が危険にさらされるようなことがあったら、直々に俺が出向いてやろう。
それまでに解決してるといいけどな。
「八重は高校はどこに行くんだ?」
「私は県外の学校に行くから……」
「そうか。なら、クラスで同窓会とかしないとな」
「でも、行かせてくれるか……」
「いいんだよ。なにがなんでも引っ張り出してやるから」
「本当に椎名さんって、強引だね」
「これくらいがちょうどいいさ」
八重の家庭事情が気になった俺は、少しだけ気にかけてみることにした。といっても、県外に行かれるのならどうしようもないけど。
ガシャン!
突然、あたりに皿の割れる音が響いた。
俺と八重はびっくりして音のしたほうを見ると、空になったコップを持った先刻のギャルと水をかけられ、びしょびしょになっている玲羅の姿があった。
「なになに事もなかったかのようにしてられるわけ!」
「それは……」
「いい?あんたは人様に暴力を振るった最低の女よ!わかったら帰りなさい!」
「それはできない……」
「はあ!?そろそろ、殴られないとわからないみたいね!」
ギャルは、玲羅を殴るために拳を振り上げる。
だが、その拳が振り下ろされることはない。もちろん、俺がその腕を掴んだからだ。
「いたっ!放しなさいよ!」
「てめえの頭は記憶できねえのか?天羽に手を出したら殺すと言ったはずだ」
「うるさいわね!というか、いつの間に後ろに来たのよ!」
「お前みたいなクソビッチが知る必要はない」
「うるさいわね!私が誰とセックスしようが勝手でしょ!」
「そうだな。でも、多人数と同時に関係を持って翻弄するのを、世間はビッチって呼ぶんだ」
こいつの名前はなんだったか……。
知らねえな。こいつは玲羅たちと同じクラスのはずだが、漫画には出てきていない。んー?本当に誰だこいつは。こんなにキャラの濃いやつが物語に出ないわけがないと思うのだが……
俺がそんな考えを巡らせる中、その場にいた者たちは驚きが隠せないようだった。
「ねえ、今の今まで椎名君って座ってなかった?」
「う、うん。なんか急に現れなかった?」
「速すぎない?」
どうやら、俺の席からここまでの到達時間が早すぎたらしい。まあ、うちの歩法なら造作もない。
ほかの人の驚きなど無視して、少しずつ手のひらに力を入れていく。
彼女もそんな状態に気づいたのか、激痛で叫び始める。
「ぎゃあああ!痛い!痛い痛い痛い!」
「精神的苦痛よりよっぽどマシだ。ほら、お前が謝るまで続くぞ」
「ひぃひぃ、ぐぎゃ……だ、誰がこんな女に……いぎゃああああああ!」
「謝る以外、てめえに選択肢なんてねえんだよ」
「いたたたたたた!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ねえ、謝った!謝ったから放して!」
俺は、泣き叫ぶギャルの手を放してやる。すると、女の腕はポトッと音が経ちそうなほど弱々しく落ちていった。
だが、威勢だけはよく、俺のことをキッとにらむとどこかに消えていった。そういえば、なぜ教員は止めに来ない?
そう思って、食事をしている教職員たちに目をやると、教員全員に目をそらされた。
んー?なんかあいつにあんのか?
「天羽、大丈夫か?」
「し、椎名……」
見ると、玲羅の手が震えていた。班決め以来の悪意だが、今回は水をかけられた。相当怖かっただろう。
俺はそっと玲羅の頭を胸に抱いた。
「大丈夫、俺がいつでもついてるから」
「翔一……」
俺に抱かれた玲羅は少しだけ安心したように、背中を手に回してきた。もう、彼女の手は震えていない。
「んぅ……」
「玲羅、他の人が見てるぞー」
「いい……もう少しこうしてくれ。私を安心させてくれ……」
「はいはい……」
こうして、5分くらい頭を撫でながら玲羅を胸に抱きとめるのだった。
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