第17話 始まりの修学旅行

 あれから数日が経ち、今日はいよいよ修学旅行当日だ。

 修学旅行の班が決まってからは大変だった。メンバーの女子たちがなにがなんでも俺たちを2人きりにして、デートスポットに行かせようとするからだ。


 そのせいで、恥ずかしがった玲羅がまともに話し合いに参加できなくなってしまった。仕方がないので、消え入りそうなほど小さくなった玲羅の意見を女子たちに伝え続けた。

 おかげで、なんとか修学旅行らしいルートにすることができた。しかも、恥ずかしくなって真っ赤になる玲羅も見ることができた。それはとてもよかった。


 ホテルの部屋内での班員たちの話し合いも終わり、俺がなぜか班長になってしまった。部屋班長は、夜の最後の全体会議のため、ほかの班員より寝るのが遅れる。豊西が強く立候補したのだが却下されてしまった。




 ―――アホ過ぎるとのことで

 もちろん、本人にこんなことは言っていない。


 だからと言ってはなんだが、よくよく考えたらあいつがやるよりはマシか。


 「翔一、まだかー?」

 「ちょっと待って……よし、じゃあ行こうか」

 「ああ」


 時刻は朝の七時、準備ができた俺たちは学校の最寄りの駅に向かうために少しだけ早く家を出ようとしている。

 そんな俺たちを見送ってくれてるのは妹である結乃だ。


 「お兄ちゃんと玲羅先輩、気を付けてね」

 「ああ、結乃も一人で無理をするなよ」

 「わかってるって。お兄ちゃんは玲羅先輩と距離を縮めることだけを考えておけばいいの」

 「余計なお世話だっつーの」

 「そうだねー、毎朝起きたらキスしてるくらいだからねー」

 「なっ!?なんで結乃が知ってるんだ……翔一!」

 「俺は言ってないぞー」


 毎朝のキスが結乃にバレていると知った玲羅は、耳まで真っ赤にさせながら、俺を問い詰めてくる。だが、言ってないものは言っていない。

 バレた理由もたまたまだ。というより、俺たちの不注意だ。


 だが、玲羅にとってなぜバレたかなど、些細な事。

 重要なのは、自身が異性とキスしている事実を他人に知られてしまったことだ。


 「大丈夫だよ玲羅さん。私、邪魔しませんから」

 「そういうことじゃないんだああ!」


 そう言って、その場にうずくまる玲羅。俺はそんな彼女をなだめるように優しく頭を撫でる。

 撫でられた玲羅は、一瞬気持ちよさそうにのどを鳴らすものの、ハッとした彼女は俺の手を拒否するかのように、俺の手を払いのける。


 「や、優しくしないでくれっ!このままでは……誰とも知れない他人の前で甘えてしまうっ!」

 「別にいいじゃん。俺はどこでも玲羅に甘えてほしいよ。ほかの人にこんな可愛い子が甘えてくれるって、見せつけられるしね」

 「うぅ……翔一に撫でられると正常な判断が……」

 「俺の手は怪しい薬かよ」


 俺の手をはねのけた理由を言ってくれたが、結局、玲羅は頭に置かれた俺の手にすべてを委ねてしまった。

 そんなに気持ちいいのか?


 「お兄ちゃんたち、私がいること忘れてない?」

 「「あ……」」


 それから、色々あったが俺たちはなんとか家を出ることができた。だが、玲羅は耳まで真っ赤だ。何をされたかは、彼女の名誉のために伏せておこう。


 「すまない翔一」

 「なにがだ?」

 「結乃にバレていたのを真っ先にお前のせいにしてしまった。だから……すまない」

 「別に気にしてないさ。それに、俺は玲羅が殺人とかしない限りは怒らないさ。だって俺は、ベタ惚れだからさ」

 「そ、そういうことを……なぜおまえは平然と言えるんだ?」

 「好きだからさ。もう、好きに嘘をつきたくない。失いたくない」

 「翔一?」


 俺の声のトーンが変わったことに反応する玲羅。


 だめだ、もう思い出したくないのに……


 そんなことを考えていると俺の手が優しく包まれる。

 玲羅が、俺の手を握ってくれたのだ。顔を見ると非常に悲しそうな顔をしている。


 「お前が過去に何があったとか、あの時に知ったこと以外にもいっぱいあるんだろう。だが、私はお前を絶対に不幸にしない。私が……私がお前を支えて見せる!」

 「……っ」

 「泣いていい。毒づいてもいい。だが、私の前で我慢だけはしないでくれ。いっぱい頼ってくれ。これが私のできる精一杯の恩返しだ」

 「……なら、俺と結婚してくれるか?」

 「なっ!?」


 俺の言葉で、玲羅は一気に俺から離れる。恥ずかしいことを言われて、自身がどれだけ恥ずかしいことをしているのか理解したのだろう。

 だが、おかげで元に戻れた。ありがとな


 「悪いな、朝から辛気臭い雰囲気出して。ほら、早く行こう。修学旅行遅れちまうぞ」

 「そ、そうだな。みんなを待たせたら悪いからな」

 「玲羅」

 「む……?なんだ、翔一」

 「大好き……」


 俺は一瞬で玲羅のもとに近づき、耳元でそう囁いた。すると、玲羅は「にゃあ……!?」と可愛すぎる声を出しながら目を丸くした。

 おそらく、なぜ一瞬で俺が移動したのかという疑問と甘すぎる言葉をささやかれた恥ずかしさで感情が迷子になっているのだろう。


 「ばか……」


 玲羅……それはただ可愛いだけだよ。


 朝っぱらからこんなやり取りをしているからか、余裕で間に合う時間に出たはずなのに、俺たちはめちゃくちゃギリギリの時間になってしまった。


 「あー、遅いよ2人とも」

 「悪い悪い。色々あってな」

 「あれ?天羽さんの顔赤くない?熱ある?」

 「い、いや、そんなことないぞ……」

 「んー、怪しいなー」

 「な、なんだ、そんなに見つめても何も言わないぞ!」

 「なにも言わない……なにかあったな?みなの者、尋問じゃああ!」

 「う、うわ!?やめろ!し、椎名ー」


 ご愁傷様……


 ついて早々だが、自爆して絡まれている玲羅。だが、俺は見逃さなかった。絡まれながらも、楽しそうにしている玲羅をにらんでいる女子生徒を。

 というか、あの女生徒って、班決めの時の奴じゃね?なにかしてくるようなら、容赦はしないが……


 まあ、ただの中学生だ。変なことはしないだろう。


 「それで椎名君は天羽さんになにしたの?」

 「なにって……玲羅の耳元で愛を囁いただけだよ」

 「きゃー、情熱的!」

 「あ、あの……そろそろ電車に乗らないと……」

 「あ、そうだね。八重ちゃんの計画がないとあたしたち四方八方に消えてっちゃうからねー」

 「統率とれてなさすぎ……」


 さあ、ここから始まるのだ。俺たちの二泊三日の修学旅行が。

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