第8話 戦いは避けたいクロガネさん
西の門に現れた茶色の竜のように、人間に被害をもたらす竜は問答無用で斬る。しかしこちらの生活を脅かさないのであれば、できるだけ関わらないほうがいい。
特に色のついた竜は人間が正攻法で敵う相手ではない。そもそも竜と人間では住む世界が違うのだ。そっとしておくのが一番だ、とクロガネは思う。
これはクロガネが竜の言葉を話せるからかもしれない。竜もまた人間と同じように家族があり、人間よりも遥かに高い知能を持ち、生活している。それがわかっているからこそ、今回ザンゲツとイザヨイが行った幼い竜の生け捕りは許せないことだった。
クロガネの心の中はずっとモヤモヤしたままだったが、討伐軍はどんどん山の中を進行していく。幼い竜を載せた檻も複数人の兵士が引きずって運んでいた。
「おい、今回倒すべき竜による被害はどのくらいなんだ?」
クロガネが近くを歩いている兵士に尋ねた。
「え? いえ、まだ被害は出ていません。何でも竜の巣があるという情報を得た国王が、『竜が何か仕掛けてくる前に全滅させておくように』とのお達しを出したらしいですよ」
なんということだろうか、とクロガネは目を閉じた。そっとしておけば何も問題なかっただろうに。触らぬ神に祟りなしと言うではないか、どうして余計な真似をするのだろうかと唇を噛み締めた。
なんとかして今回の討伐を中止にすることはできないだろうか、そんなことを考えながら歩いていたら、一行は歩みをやめた。
山の中ではあるが開けた場所。空がはっきりと見えると同時に周囲の木々に兵士たちは隠れることができる。さらに少し離れた場所に平らな岩場もあり、そこから遠距離攻撃も可能だった。
「ではここにエサを仕掛ける。
ザンゲツが隊長の存在を無視して偉そうに指示を出す。竜との戦いが始まれば、隊長など何の役にも立たない兵士と同じである。戦うのは基本、
兵士たちはその戦いの補助と後始末役に過ぎない。何か悔しそうな表情をしていた隊長だが、自分の役割は兵士たちを動かすことと割り切り、次々と指示を付け加えていく。
「第1〜第3部隊は
森の中では兵士たちは大きな声を出さずに、黙々と移動して行く。これから赤い竜との壮絶な戦いが始まる。生きるか死ぬかの瀬戸際で、緊張しないはずがなかった。
クロガネはコテツの姿を探した――彼は第2部隊、
できれば赤い竜との戦闘は避けたい。戦う前に竜の言葉で話しかける算段だった。万が一、戦うことになってもコテツだけは生きて帰らせたい。そう考えていた。
「檻を持ってこい!」
ザンゲツの言葉に、兵士たち数名が台車に乗せられた檻を持ってきた。かかっていた黒い布をめくり、檻の鍵をはずすと、四方の柵を取ってその場を去っていった。事前に王都で練習をしていたのか、実にスムーズな動きだった。
さらにザンゲツは言う。
「では、お前らも散れ。赤い竜がやってきたら一斉に攻め立てるぞ!」
三人の
ザンゲツはさすが、足音一つ立てず木の影へ消えていった。
マサムネは大きな体を揺らし、ガシャンガシャンと鎧の音を立てながら大きな木の後ろに隠れた。
クロガネは三人の
幼い赤い竜は一人そこへ残されたが、ぴくりとも動かなかった。それもそうだろう。両手両足を切り落とされ、口は縛られた上に剣で串刺しにされ、挙げ句の果てには両翼にくさびを打ち込まれているのだ。炎を吐くことも、飛んで逃げることさえも出来ずにただ死を待つだけの状態だった。ただよく見ると、ゆっくりと胸部が上下しているので呼吸をしていることはわかる。
「すまない……」
クロガネが幼い赤い竜に話しかけるが、返事はない。彼は思わず、赤く輝く竜の背中を優しくさすった。
「クロガネ! 早く隠れてよ!」
イザヨイが木の影から声を出したときだった。
上空から真下に向かって突風が吹いてきた。いや突風ではなかった。エサに釣られて、はるか上空から恐ろしい速度で大きな赤い竜が突っ込んできたのだ。
「ク、ロ、ガ、ネェェェ! 我が息子をこのような姿にしたのはお前かァ!」
先日、道で遭遇したあの赤い竜が大きな叫び声を上げて舞い降りてきた。竜の両足が地面にめり込むと、ズン! という音とともに地面が揺らぐ。それだけで兵士たちの大半はバランスを崩し、立っていられなくなる。
さらに、舞い降りたときの勢いがそのまま衝撃波となり放射状に放たれた。兵士たちは簡単に吹き飛ばされ、あっという間に戦力にならなくなってしまった。
さすがの
「ちがうんだ! 話を……」クロガネがそう言い終える前に、赤い竜は右腕で彼を殴りつけた。
黒くて鋭い爪を、咄嗟に握りしめていた大剣で受け止めたものの、その凄まじい勢いにクロガネはコテツたちがいるところまで、数十メートルほど吹き飛ばされてしまった。そして、彼の巨体は待機していた
「がはっ!」
いかに鍛えているクロガネといえども、相当な衝撃に耐えることができなかった。踏ん張ることもできず、握りしめていた大剣が手からこぼれ、ゆっくりとそのまま地面に崩れ落ちた。
「クロガネさん!」
コテツが心配そうに、そして泣きそうな顔をしながらクロガネに近づいた。
「コテツ……逃げろ……」
そこでクロガネは意識を失った。
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