第2話 ドラゴン襲来

 ……なるほど、このパーティーの頭脳はミキュリーって訳か。つまり、俺がこの異世界で最強の武術家を演じるというチュートリアルのラスボスと言ったところか。


 きっとこれからも、異世界最強の武術家を名乗り続けるのならば、こういった状況は何度も訪れるだろう。ならば、こんな状況を打破することなど容易にしなくては!


 俺は静かに三人から少し離れ、


「コオォォォ……」


 それっぽい構えと呼吸をする。

 それに気付いた疑惑の視線を受け止め、


「ホワチャアッ!」


 何もない空間に正拳突きを繰り出した。


「アチャ! アチャ! アァーチャチャ!」


 一撃で止めない。魅せる為には、実際に相手を倒すような力強さはいらない。速度と声量、真剣な顔つきなどの気迫で自分を大きく強く魅せる。


 本当はアフレコだが、今は好都合! でも、結構キツイ!!


 時に横に、時に背後に、蹴りを混ぜながら。実際、相手がいて攻撃が直撃してもダメージにならない派手な打撃を空間に打ち込んでいく。


 空手や柔道でいうところの『型』と言えば堅苦しいが、ようは俺が転移前に撮影していた三流アメリカ人の監督が務める映画のアクションシーンの殺陣だ。


 なんか七〇年代、八〇年代の香港映画が好きだと言っていたが、この掛け声ってもろあれなんだよなぁ……もし完成して世間の目に届いたら、監督と俺がセットで干されそうで怖かったが、もうその心配はいらない。


 監督、マジグッジョブ! お前のおかげで俺は武術家の真似事が上手くなったよ! まぁ、そのせいで異世界に強制的に転移させられたんだけど……ヤバい、そろそろ息が上がりそうだ。


 俺は力を溜めるようにゆっくりとした動きに移行する。そして、腰の横に拳を構え、


「ホワァァァチャアァァァッッッ‼︎‼︎‼︎」


 自分の中で最高の大声と同時に力強い最後の正拳突きを、抉り込むように繰り出した。 


「「「…………」」」


「コオォォォ……」


 始まりの時と同じようにそれっぽく大きく深呼吸をし、息を整える。


 そして、


「これで信じてくれたか?」


 つ、疲れたぁ〜! 全員無反応だったから心配になって四割増しでやっちまったじゃねぇか! これで信じてくれなかったら俺怒るぞ! 泣くぞ! そして脳内で元凶のミキュリーをヤっちゃうぞ、いろんな意味で!


 三人は無反応。剣と魔法のファンタジーバトルのこの世界ではもしかしたら今の動きは誰でも出来るレベルなのだろうか。額に流れそうになる冷や汗を必死に堪える。


 一拍おいて、


「おおおぉぉぉ! 凄い凄い! ほら見たか、ミキュリー! 彼は異世界最強の武術家だ! あんな動き、勇者の俺でも出来るかどうか分からないぞ!」


 よっしゃあ! 勇者君、君は本当にいいヤツだ!


「た、確かにいい動きだったわね……」


 はははっ! どうだ、ミキュリー? 自分の思惑を外して(いうほど外していない)赤っ恥をかいた気分は! もっと羞恥に顔を染めやがれぇ!


「やっぱり彼は女神様の使いだったのですね〜」


 そうだよ、レイチェルちゃん! だから後で俺とお茶しようか! その女神様の姿とか、あと適当に作った女神様と俺の間に生まれた友情話とかしてあげるからね! まずはロープをしまおうか!


 三人の俺に対する疑いが晴れたことにより俺たちは、現在勇者が拠点にしている一番近くの街まで足を進めた。




 勇者パーティーは冒険者という職業をしているらしい。


 まぁ、クエストを受けて完了した報酬を貰うアレだ。カッコイイ何でも屋だ。


 説明するまでもない壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の街並みを眺めながら俺たちは、俺の冒険者登録の為にギルドへと向かっていた。


 …………あれ、ヤバい! 俺、知っているぞ! 作品とかによって違うけど、ステータスとか見られるパターンだよな⁉︎ 


 俺のことだから知力やルックスには問題ないと思うけどパワーとかスピードとか人並みレベルだぞ! さっきのだって何回も練習したからスムーズに動けただけだし、普段からあんなに速く動ける自信ないぞ!


「……なあ、レンバー。冒険者になるとカード的なものを配布されるのか?」


「カード? ジンの世界ではそうだったのか?」


 ちなみに、三人共ずっと俺のこと『コンゴウジン』と読んでいたので、コンゴウがファミリーネームだと既に伝えてある。


「いや……まぁ……」


 モンスターがいなければ冒険者もいないからなぁ。


「なにアンタ、そんなことも知らない訳ぇ〜?」


 バカにしたようなミキュリーの顔が無性に腹立つ。


「まあまあ、彼はこの世界にきたばかりなのですよ〜。知らないのも無理はないですよ〜」


 可愛い可愛い至極真っ当なレイチェルちゃんが、うふふっと上品に笑いながら微笑みかけてくれる。レイチェルちゃん、マジ天使!


「ほら、これがこの世界の冒険者の証だ」


 レンバーが懐から一枚のプレートを取り出しす。銅色に輝くそれには、読めはしないが細かな文字がびっしりと刻まれていた。


「この文字はなんて書かれているんだ?」


「主に持ち主の名前と、二つ名や称号などだ。例えば、ドラゴンを倒せばドラゴンスレイヤーの称号が書かれる」


 ドラゴンスレイヤー! カッケェ! 


「レンバーはドラゴンを倒したことがあるのか?」


「残念ながらないな。それにドラゴンなんてスライムやゴブリンみたいにどこにでも現れる訳じゃないし、数も他のモンスターと比べると圧倒的に少ない。まあ、勇者だから例え街中に現れてもすぐに倒してやるさ」


「ドラゴンだあぁぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎‼︎」


「マジでッ⁉︎」


 けたたましい咆哮が町中に轟く。即座に咆哮のする方へ顔を上げると、そこには巨大な黒いドラゴンが空を飛んでいた。身長は、二〇〜三〇メートルといったところか。


 おおおっ! モノホンのドラゴンだ! やべぇ! 凄ぇ! カッケェ!


「よし、今こそ勇者の力を見せてやる! 聖剣エクスカリバー! はあああぁぁぁっ!」


 金色の無駄に装飾の付いた豪華な剣を引き抜いたレンバーは気合いの掛け声と共に空高く跳躍する。


 周りの家々や数階相当の商店を遥かに飛び越えたレンバーは、一瞬ドラゴンと同じ高さになった。そして聖剣をドラゴンに振るう。


「ぐふっ!」


 が、ドラゴンがそれよりも速く、まるで虫でも相手をしているようにレンバーをはたき落とした。


「「「「「勇者様ぁーーーーー‼︎‼︎」」」」」


 周りにいた街の住人たちから魂の悲鳴が行き交う。


「レンバー、しっかりしなさい!」


「れ、レンバーさ〜ん! 今、急いで回復させます〜!」


 受け身を取らずに地面に直撃したレンバーはそのまま泡を吹いて気絶してしまった。


 ドラゴンの口に段々と赤い炎が見え隠れしているけど、もしかして……、


「ブレスがくるわ!」


 やっぱり! スゲェ! ドラゴンの生ブレスだ! 生ブレスを見られるなんて俺ついている〜! …………あれ、俺死なね? 今から逃げて間に合わなくね?


「私が耐えているから、レイチェルは早くレンバーの回復を!」


「は、はい〜!」


 杖を取り出した二人はそれぞれ逆の方向を向く。


 ミキュリーはドラゴンのブレスを防ぐ為に巨大な水のシールドを広範囲に展開した。そして、レイチェルちゃんは泡を吹いて気絶するレンバーに杖を向けて緑色の輝きを放っている。お互いの表情の必死さがこれ以上の余裕がないことを物語っている。


 そして、時は来た。


 ドラゴンが溜めていたブレスが轟音と共にミキュリーの展開した水のシールドに直撃する。直撃した場所は、ジュウゥゥゥッ! という水蒸気へと変わる音を立てながら、どんどんシールドが薄くなっていった。


 って、ヤバいヤバいヤバい! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう!


「うん? なんだ?」


 俺の服が勝手に動き出した? 

 まるで小動物が中で暴れているかのように、いろんなところが盛り上がったり、引っ込んだりを繰り返している。


 そして、シュッ! と一枚のカードが一人でに飛び出して来た⁉︎


 カードは俺の黒いグローブ、フィストチェンジャーに勝手にスキャンされた。


『TO SCAN! SUMMON! GENBU!』


 フィストチェンジャーから英語が発せられたと思ったら、スキャンされたカードは光輝き、巨大な亀へと姿を変えた⁉︎


 いや、尻尾が蛇になっている! フィストチェンジャーの音声から察するにあの巨大亀は玄武で俺が召喚したってこと⁉︎


 ドラゴンと同程度の大きさの玄武は炎のブレスに対抗し、水のブレスを放ち相殺にかかった。


『ゴアァァァァァッッッ‼︎‼︎‼︎』


 玄武の登場に初めて敵意を剥き出しにしたドラゴンはブレスをやめ、玄武に殴りかかった。だが、玄武が回れ右をしたと同時に、尻尾の蛇がドラゴンを薙ぎ払うかのように横殴りにする。


『ゴアアアァァァッッッ‼︎‼︎‼︎』


 黒いドラゴンと玄武の激闘が続く。気付けば怪獣映画のようなその光景に俺の目は釘付けになっていた。


 今まで映画やテレビのスクリーンでしか見ることが叶わなかった、の怪獣プロレスが目の前で起きているのだ。


 心のワクワク。まるで少年時代に戻ったようなこの感覚。忘れてはいけないこの胸の高鳴り。


「頑張れえぇぇぇ! 玄武ぅぅぅ!」


 俺は叫んでいた。自分の心配やドラゴンへの恐怖は消えていた。


「そ、そうだ! 頑張れ!」

「頑張れぇ! 亀公ぉ!」

「ドラゴンなんてぶったおせぇ!」


 周りでただただ怯えていただけの住民たちも声を上げる。数多の声援が玄武の背中を押す。 


 殴り合いを続けていた両者だったが、ドラゴンが玄武を弾き飛ばし、自らも遥か後方へと飛び距離を取った。


 ドラゴンの口元には見え隠れする赤い炎が見える。

 それを見た玄武の口元には水色の粒子が集まっていた。


 炎のブレスと水のブレス。


 同時に放たれた二つのブレスは再び相殺するかのように思われた。だが、その予想は外れた。


 玄武の水のブレスの威力が上がっていた! いや違う、あれは上がったというよりは水を一点集中で放出している!


 炎のブレスを貫通し、まるで俺の世界の高水圧カッターのような攻撃は黒いドラゴンの片腕を切断した。


 ドスンッ! と遠くでドラゴンの腕が落下した振動がここまで響いて来た。


『ゴアアアアアァァァァァッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』


 今日一番の雄叫びを上げたドラゴンはそのまま一目散に逃げ帰り、この勝負は玄武の勝利で幕を閉じた。


 そして、カードの姿に戻り人前から玄武が姿を消すと、


「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」」」」」


 人々の歓声がこの街を覆った。

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