第9話 俺は、何をしているんだろうか。



     〇



 俺は何をやっているのだろう。

 冷たい水で濡らした布で、女の遺体を丁寧に拭っている。

 布は、女の衣服から頂戴ちょうだいしたもので、とにかく俺は綺麗にしている。

 何を、しているのだろうか。

 一通り拭い、血と液体で汚れた布を捨てる。

 こんな夜にこんなことをしている暇はないはずだ。

 だけれども、なぜかは分からない。

 この遺体をこのまま放置するのは、見逃せない。

 俺の中の何かが決定的に変わってきているのかもしれない。

 かつて人だった、と本気でそう思い込んでしまっているのか?

 思考が定まらない。

 それでも。

 それでも、だ。

 居てもいいのではないのだろうか。

 他者を慈しむ、ゴブリンがいても。

 嘆き、弔う、そんなゴブリンがいても。

 それが、俺であっても。


 穴を掘った。

 できうる限り、深く、掘った。

 掘り返される可能性をできうる限り、少なくするために。

 野生の獣が嫌がる匂いをはな草花くさばなを遺体と共にありったけ詰めて、埋葬まいそうした。

 ご丁寧に、鹿の角で、墓標のように、見立てた。


 俺は、何をしているんだろうか。


 体が凍えている。

 すぐに仮の拠点へと戻らねばならない。

 そのまえに。


 俺は両の手を合わせて、墓標に向けて、祈った。


 俺自身、わけのわからないまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る