第28話 悪役。みんなと楽しむ

「これくらいにしますか」


 凛とした声がリビングに響く。


 洗濯物を畳み終わり、仕事がなくなった雲雀は、とりあえず自室に戻った。

 部屋の中は非常にさっぱりとしており、生活できる必要最低限のものしかないように感じる。


「…………」


 雲雀は落ち着かないのか、部屋をウロウロ……しばらくしてベッドに腰かけた。


「雄二様は林間学校を楽しまれている頃でしょうか」


 なんて呟きなら朝の出来事を思い出す。


『俺は俺で林間学校を楽しんでくるから、雲雀もひとりで好きなことしろよ』


 雄二様の気遣いに対して、「特にひとりですることはない」と返したけれど………。


「雄二様がいないと今まで当たり前のようにしてきた1人ぼっちが……つまらなく感じてしまうのですよ……」


 傍にあるスマホの電源は……切ってあった。






「はぁぁぁ、疲れたぁぁ〜〜」

 

 結斗が膝に手をつき、盛大なため息。

 目的地の滝についた後、また施設前に戻ってきた。

 

 ハイキングとあって結構歩いた。俺もふくらはぎが少しだけパンパンだ。


「疲れた〜〜。もう一歩も動けない〜」

「りいなは運動不足じゃない? ソファーでゴロゴロしながらお菓子を食べているからすぐ疲れるんだよ」

「お姉ちゃんがそんなに余裕なのは、毎朝5キロランニングしている運動お化けだからでしょー」

「明日の朝も走ろうと思うんだけどりいなも走る?」

「嫌だっ!!」


 仲睦まじい会話。結斗が関わっていないと、基本仲良しなんだよなー。


 ちなみにりいなは、朝の件で少し気にかけていたが……すぐに元の調子に戻った。


 美人でも苦労することはあるよな。見た目で決めつけられるってほんと、厄介だよな。


 休憩を挟むと、昼時になった。

 各班で昼飯であるカレー作りに取り掛かる。自然豊かな森の中で料理ってなんか、いいよな。


 まずは役割分担することに、


「りいなちゃんは料理上手だから調理担当兼指示係かな?」

「ゆいくんからの指名ならもちろんやるよ〜」

「ちなみに俺も一応料理はできるぞ」

「雄二くん料理できるの! カッコいいね!」


 結斗が大袈裟に褒めてくれる。照れる。りいなからの視線は痛いけど。


「僕は料理苦手だから飯盒でお米を炊く方に回ろうかな」

「じゃあ私もそっちのサポートに行くよ」

「まひろちゃんがいてくれると心強いよ。美味しく炊けるように頑張るね!」

「そう意気込まなくても、もし失敗したらうどん湯がいてカレーうどんにでもすればいいんだよ」

「カレーうどんか。いいアイデアだね、笠島くん」

「私、カレーうどんの方が食べたいかも〜」

「んじゃ、施設に戻って一応うどん貰ってきて……」

「もうっ。僕は失敗しないよ〜!」


 俺たちの間で小さな笑いが起こる。

 なんか意外とこのメンバーでいるの楽しいな。


 役割分担が決まったので二手に別れる。

 俺とりいながカレーの調理担当。結斗

とまひろがブロック式かまどを作ったり、飯盒でお米を炊く担当。


 俺はまず、野菜を下洗い。そして人参の皮むきから始めた。


「ほい、にんじんとじゃがいも。切るのは頼んだ。玉ねぎはもうちょい冷やしてからだな」

「ふーん、手際いいんだ。てっきりゆいくんの前で見栄を張っているだけと思ったけど」

「結斗に見栄張って俺になんの得があるんだよ……」

「………不純」

「なにがだよ!?」


 意味がわからない。あと、ちょっと俺から距離を取ったのは何故だ!


 軽口を叩きつつ、りいなは受け取ったにんじんとじゃがいもをタンタンタン、とスムーズに切っていく。それぞれ味が染み込みやすい切り方をしていて慣れていることが分かる。


 りいなが料理が得意なのはゲームの中で出ていたから知っている。そして、まひろの方もどうなのかも……わかる。


「なあ、りいなさん。実際まひろさんは料理できるの?」

「食材が消える」

「え?」


 一瞬何を言っているのか分からなかった。


「お姉ちゃんは料理のことになるとヤバいから」

「それは料理が下手ってことか?」

「………」


 えっ、なにそのまひろの料理を思い出すのが嫌そうみたいな顔。

 

 まひろが料理が下手というのはゲームの中で言っていたが……その料理を披露する展開は見ていない。


「……この話はもうしないで」

「ああ……」


 ただならぬ圧とヤバさを感じたので、調理に戻る。


 カレーに入れるお肉である、豚バラ肉スライスを切り分けしていると、結斗が俺たちの元へきた。


「雄二くん手慣れているね!」

「まあな」


 元の世界では両親が共働きで帰りが遅かったため、自然と俺が料理をするしかなかった経緯でできるようになった。


「もしかして雲雀さんに教えてもらったの?」

「雲雀に……ああ、そうだなぁ」


 適当に話を合わせておく。

 ゲームの世界に来てからは雲雀が料理してくれて俺は一度もしてない。それに俺の何倍も雲雀の方が料理の腕がいいし、美味い。


「雄二くん雲雀さんと仲良いよね!」

「雲雀とはなんというか……冗談を言い合える良き友人関係がしっくりくるなぁ」

「へぇ〜! 雲雀さんってクールで大人しい方なのかなと思っていたけど雄二くんの前だとそうなんだぁ〜」


 俺も最初はクールで真顔が多い美人メイドさんだなと思っていたけど……実際はめっちゃノリが良すぎてたくさん話す。俺に心を開いてくれているなら嬉しいよな。


「ちょっとちょっとゆいくんっ! 笠島雄二ばっかり話してないで私にも構ってよ! 私のことも褒めてよ〜」

「林間学校でもりいなちゃんの美味しいご飯が食べれるなんて嬉しいよ!」

「ゆいくん〜♪」


 鈍感主人公はヒロインの扱いがうまいなぁー。


「結斗の方はどうだ? お米は洗えたか? 火おこしはできたか?」

「うんっ。僕が火おこししてまひろちゃんがお米を洗ったよ。今はまひろちゃんが火にかけている飯盒を見張ってくれてるんだよ〜」


 結斗の話を聞く限りは大丈夫そうだが、隣のりいなを見ると……笑顔が消えて何か察した顔をしていた。


 思い切って聞いてみることにする。


「なあ、りいなさん。さっき、まひろさんは料理のことになると……って言ったけど、さすがに飯盒でご飯を炊くぐらい大丈夫だよな……?」

「やばいかも」

「マジか」

「?」


 つか、結斗はまひろが料理下手なの知らなそうだな。それも結構ヤバいくらい。


 俺は早足でまひろの元へ行く。


「やあ、笠島くん。そっちの調理は終わったのかい?」

「あとはカレールーを入れて煮詰めるだけのはずだ」

「そうなんだね。私はこの通り。もう調理は終わったよ」


 飯盒を包み込むほど、勢いよく燃えている火。そして飯盒から出る煙は……黒い。


「まひろさん……手前に薪をかき出して火力調整とかした……?」

「自動してくれるんじゃないのか? うちの最新のIHはしてくれるよ?」

「火だから手動だ!」


 なるほどなぁ……りいなが言っていた食材が消えるや料理のことになるとヤバいって理由がなんとなく分かった。これは料理をする以前の知識に問題がある。


 すでに嫌な予感はしていたが、厚手の手袋をして飯盒を開けると……ご飯は真っ黒こげ。


 結果、俺たちの班だけご飯を焦がしたので、カレーうどんになった。


「カレーうどんも美味しい〜!」

「ふふ。結斗もあんなに喜んでいるし、カレーうどんの方が良かったね」

「それ、失敗した張本人が言う?」


 俺もカレーうどんを汁が飛ばないように気をつけながら苦笑い。

 でも、みんなで食べるカレーうどんはどんな料理よりも美味しく感じる。……雲雀の料理の次くらいに。


「結斗。頬に汁がついてある。ふふっ。拭いてあげるよ」

「お姉ちゃんは料理失敗したんだからもう大人しくしててよ〜!」

「ちょっ!? まひろさんもりいなさんもそんな暴れるなよっ! 服にカレーが付くぞ!」


 美人姉妹と接するのはまだちょっと怖いけど……こうやってワイワイするのは誰とだって楽しいな。




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