05 皇帝の贖罪







 結局ゆきが「2人といっしょじゃなきゃ行かない」と折れなかったので、智希と光莉がゆき達と共にワーウルフ族の族長に会いに行くことになった。


 そして自分たち2人には荷が重いと伝え、ナジュドとロブルアーノ、それにトゥリオール、アウグスティンも同行することになり、結局いつものメンバーが揃って族長のもとへと向かった。


「光莉、今のうちに“混和”しとくか?」

「たてこんでるし、あとでいいよ」


 智希が尋ねるが、『治癒』で消耗したであろう光莉は遠慮がちに答えた。


 智希らは、ワーウルフ族のアジトに直接招き入れられる。そこは氷の大地に程近い王国ブラッティオ南部(元の世界で言うアルゼンチンの南部)の地下洞窟だった。


「ユキ…………っ!!」


 ワーウルフ族の族長は、リズやオニキスに比べると高齢のように思えた。身体は大きく、リーダー達の2倍ほどはあった。


「覚えてるか?じいちゃんだ。ちと年を取っちまったが……」

「おじい、ちゃん…!」


 ゆきは祖父である族長のことを覚えているようで、駆け寄って族長の膝に抱き着いた。

 族長はゆきを優しく抱えあげて手のひらに乗せ、愛情深く頬ずりをする。


「ユキ、ユキ……!まさかもう一度会える日が来るとは……」


 ひとしきりゆきを可愛がったあと、族長はこちらに冷たい目を向ける。


「私の息子を惨殺した人間どもが、何の用だ?」


 今にも相手を喰い殺してしまいそうな威圧だった。

 リズやオニキスよりも魔力は高いように感じる。恐らく魔族も、長く生きることや経験値を得ることで魔力容量が上がるのだろう。

 ナジュドは一歩前へ出て、言葉を発する。


「許してもらえるとは思っていない。

 ただ、私は…曾祖父の行いを心底嫌悪し、その血を受け継いでいることを恥ずかしく思っている」


 真摯な言葉だと、感じた。

 そして先ほどと同様に、胡坐をかいて座り地面に両拳を突き当てた。


「祖先の蛮行によりそなたらの大切な家族と仲間の命を奪ってしまった。

 本当に申し訳なかった」


 首を垂れるナジュドに対し、族長が向ける視線は冷ややかなままだった。


「それならなぜ現在も、氷の大地で我らの同胞を攻撃する?」

「……守るためだ。

 彼らにもむやみな殺戮は禁じ、守る戦いを命じている。自身や仲間の身に危険がある場合にのみ、対抗措置をとるようにと」


 確かにナジュドは、神託の時の臣民に向けた言葉の中でも、「守る」という言葉を何度も繰り返しており、決して相手をむやみに傷つけるような表現はしていなかった。


 基本的に捕えた魔族もすべて生かしたまま投獄しており、軍人たちが必要以上の攻撃をする様子は一度も見ていない。


「私は迷っていた。

 この世界の安寧とは一体どういう形なのかと、常に考えを巡らせていたが、わからぬまま戦いが始まってしまった」


 ナジュドはすっと背筋を伸ばし、両手を膝に置いた。その瞳は真っ直ぐ族長を見つめている。


「しかし、トモキとヒカリが教えてくれた。争うだけでは何も変わらない、新たな恨みの火種を作るだけだと。

 私は、君たち魔族と……共に生きる道を探りたい」


 ナジュドは強い口調で言ったが、族長はふん、と鼻を鳴らす。


「都合の良い話だな。

 これまで好き勝手蹂躙してきておいて、どの口が言う」

「だからこそ、変えたい。そんな世界は終わりにしたいのだ。

 私は歴史の全てを知るわけではない。

 だが今世紀は、トモキとヒカリのおかげで約4500年ぶりに魔族と人間との対話がもたらされたといっても過言ではない。

 数千年の戦いの歴史における分岐点が今日であると、そう思ってはもらえぬだろうか」


 族長はナジュドと智希、光莉を見遣って言う。


「……具体的にどう、変えるつもりだ?」


 ナジュドの熱く、重みのある言葉に、ようやく族長も耳を傾けつつあるようだった。


「まずは、魔族と人間が共に住まう街を作る。

 種族の域を超え共に生きる、その模範となるような街を作り、その範囲を徐々に拡げる。


 そして魔族が稼ぎ、働ける環境を作る。

 人間と変わらぬ、豊かな暮らしができるよう保障も整えたい。


 また、世界政治に魔族を組み込ませる。

 いずれは人間と平等な立場で、世界の政を為す役割を担ってほしい。


 そのためには、言語の共通化や制度改革、魔導知識や魔法陣の共有、貨幣制度の統一など、課題は多い。

 私一人では決して成し得ない。そなたの協力は、不可欠だ。

 本当の意味で、世界をひとつにしたい。支配ではなく、共存だ」


 ナジュドの考えを改めて聞いて、智希は鳥肌の立つ思いだった。


 これまでの話し合いの中で挙がった提案は整理がつかないほどいくつもあり、それだけ目指す未来への道筋が険しく複雑であることを感じさせられていた。

 しかしナジュドはそれを組み立て整理し、魔族へ伝えるべきことを整然と伝えている。


「……正直なところ、数日前の私であれば、今と同じ話はできなかった。私の考えは常に迷いと背中合わせにあり、最善の策を選ぶことができなかった。

 しかし、召喚者である2人と出会ったことで迷いは消えた。彼らのおかげで、失いかけた対話の手段を得ることもできた。

 我々は、共存し生きるべきだ。時間はかかるだろうが、必ず良い未来に繋がると確信している」

「そこまで言うか」

「あぁ、自信がある。心配ならそなたも、彼らと話してみるといい」


 ナジュドが言うと、族長は抱きかかえていたゆきを地面に下ろし、智希と光莉の方へと向き直った。

 2人も背筋を伸ばし、族長と見合った。


「お前たちが、ユキを救ったと聞いた」


 族長は座り直し、両拳を地面に突いた。そしてそのまま、ゆっくりと頭を下げる。


「ありがとう。

 息子が遺した命を、ようやく取り戻した。お前たちには、感謝しかない」


 思わぬ言葉に、智希と光莉は目を合わせた。

 ナジュドに対するものとは違う穏やかな態度に、2人は安堵する。

 思い切って、智希が尋ねる。


「族長さんは…蛍さんのこともご存知なんですか?」

「あぁ。可愛らしい子だった。優しいが口は達者で、物事をよく知る聡い子だった。

 私も蛍のことを娘同然に可愛がっていた。

 “キモノ”という衣装が好きで、集落の娘に縫って着せてくれたこともあった」


 これまでの話を聞く限り蛍は、やはり明治初期、文明開化の頃の日本から召喚された女性に間違いはないようだ。

 蛍のことを語る族長は、優しい目をしていた。


「ユキが産まれ、人間と魔族の架け橋となるのではないかと期待した。

 結果…失われたものの方が多くなってしまった」


 族長は、息子であるリヒト、娘同然に可愛がっていた蛍を失い、孫のゆきまで人間に奪われた。

 さらに集落の多くの仲間を失い、当時は本当に失意の底にあっただろう。


「これから…きっとこれから、変わります。

 俺たちが責任持って、あいだを繋ぎます」


 オーガ族、リザード族、そしてワーウルフ族。

 こうして対話をしなければ、きっと相手の姿も思いも見えてこなかった。

 この世界の住人ではない自分たちだからこそできることがあるのだと、強く実感した。


「…なぜそこまで、共存を望む?」

「……元の世界では、人間同士が戦争ばかりをしてた。

 戦争や支配では誰も幸福にはなれない。差別も、過剰な優劣の判断も、醜い心を育てるだけだ」


 教科書やテレビでしか知らない、戦争。

 結果として得られるものなど、何ひとつないのではないかと感じる。


「俺たちの国…日本も、戦争を繰り返し多くの国を攻撃し、他国の人を支配してきた。他国でも自国でも、多くの命が失われた。


 大きな2発の爆弾が落とされ、ようやく戦争が終わった。

 たった2発の爆弾で30万以上の人が亡くなった。亡くなった人のほとんどが、一般市民だった。


 敗戦国となったが、別の国に支配されることはなかった。国を立て直し、戦争を放棄し、少しずつ他国との和解を進めてきた。

 終戦から70年以上たつけれど、当時日本が支配下に置いていた一部の国とは未だに和解できず、日本を非難し責任を問い続けている国もある」


 戦争は、何も生まない。だれも幸福にならない。

 軋轢を生み、更なる火種を残すだけだ。


「日本の唯一良かったところは…結果的に70年以上、戦争をせずにいることだ。

 おかげで俺たちは、教科書の中でしか戦争を知らない。武器の扱い方も知らない。

 でも、他国では今でも戦争が続いている。戦争のない日本で暮らせたことは、幸福だったと思う」

「…私も、思うよ」


 どれだけ自分たちが恵まれた時代、恵まれた国にいたのか。この世界でリオンやイオに出会って、つくづく感じたことだった。

 光莉も智希の言葉に頷きながら言う。


「今でも戦争が続いてる国では、食糧難になって小さな子供が亡くなったりしてる。そういうのは、すごく悲しい。


 私たちの世界は同じ人間でも、思想も文化も言語もバラバラで、ひとつになることは難しくて…戦争が無くなることはないんだろうなと思ってた。


 でもこの世界は、違う。人間と魔族っていうたった2つの種族しかない。

 お互いが努力すれば、これから生まれる子どもたちが平和な世の中で生きていけるかもしれないよ」


 宗教、人種、天然資源、領土…あらゆるものが戦争の火種となっていた元の世界に比べると、β地球の構図はわかりやすい。人間と魔族、それだけだ。

 するとゆきが族長の足元から立ち上がり、光莉の元へと移動しそのまま抱き着いた。


「ゆきちゃん、大丈夫?お話長くて、つらくなったかな」


 光莉が頭を撫でると、ゆきは光莉の腕に抱かれながら族長に視線を向ける。


「ゆきのおかあさんと…おとうさんは、ころされたの?」


 これまでの話と自身の記憶から、ようやく状況がわかったのだろう。

 取り乱す様子はなく、控えめに言葉を並べる。


「……お父さんは、人間たちに殺された。

 お母さんは、人間たちが攫って閉じ込めて…そのまま死んでしまった」


 族長は悲しげな表情を浮かべ、ゆきに語りかける。

 ひとつ呼吸を挟み、族長はナジュドに向けて言葉を続ける。


「論理としては、理解できる。だが、感情は別だ。

 私は人間を許せない。他の者も同様だ、どこまで説得できるかは……」

「ゆきのおとうさんをころしたのは、だれ?」


 族長の言葉を遮ったのは、ゆきだった。

 大きな瞳を潤ませ、大人たちを見る。


「……おじさんの、祖先だ」


 口を開いたのは、ナジュドだった。これまでとはまた違う、優しい声色だった。

 ゆきは光莉の手をぎゅっと握って、恐る恐るといった様子でナジュドを見る。


「おじさんがころしたわけじゃないのに、どうしてあやまってるの?」

「……おじさんは、祖先がしたことを恥ずかしく思っている。悪いことをした、可哀そうなことをしたと思っている。

 ユキのお父さんを殺した祖先はもう生きていないから、おじさんが代わりに謝っているんだ」


 ゆきにも伝わるように、ゆっくり、穏やかに語りかけるナジュド。

 ナジュドの思いはゆきにも伝わったのか、光莉の腕の中から怖々とした様子でゆきが出てくる。


「じゃあ、おじさんはわるいことしていないのね?」

「……どうかな。少なくとも私自身は、君たちと仲良くしたいと思っている。

 戦うのをやめるために、君のおじいちゃんに会いに来たんだ」


 ナジュドが言うと、ゆきが再び族長のもとへと駆け寄る。

 族長は参った、というような顔で頭を搔いた。ゆきのお陰で、少し流れが変わってしまった。


「おじいちゃん、ゆるしてあげて。この人がおとうさんをころしたんじゃないんだから。

 ゆきは、おじいちゃんにたたかってほしくないよ」

「…………そうだな、ユキの……言う通りだ」


 族長はそう言いながらも項垂れ、言葉を探しているようだった。


「……息子は……私に似ず、太陽のように明るく、穏やかで…優しい子だった……。

 それだけは決して……忘れないでくれ」

「……あぁ。我が子を失う悲しみは……想像に耐えがたい。

 二度と大切な命が奪われることがないよう、戒めとして語り継ぐ。私自身も、決して忘れないよ」


 真摯なナジュドの言葉は、族長にも届いたようだ。

 顔を上げ、族長は静かに頷いた。







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