04 ゆきの解放









 ひとしきり泣き、泣き声は止んだもののゆきはまだ光莉の胸でひくひくと肩を震わせている。

 光莉は「かなしいね」「泣いていいんだよ」と声をかけながら、ゆきの頭を撫で続けている。


「……ゆきちゃん、お腹空いてない?」


 光莉の言葉に、ゆきはゆっくりと顔を上げる。


「なにか甘いもの、食べよっか」

「……干し芋…?」


 ようやくゆきが、口を開いた。


「お、ゆきちゃんは干し芋好きなの?」

「……おかあさんがよく、作ってくれた」

「そっかそっか。じゃ、お芋のおやつ食べよっか」


 光莉はそう言って、智希に視線を送った。

 智希は頷きながら、『生成』でスイートポテトを作った。


 見慣れない食べ物に警戒しながらも、「甘くておいしいよ」という光莉の言葉を合図にスイートポテトを受け取る。

 くんくんと匂いを嗅ぎ、その甘い匂いに安心したようだ。控えめにひと口、かぶりつく。


「おいしい……」

「わ、良かった!」

「……おいし…う、うえぇ~ん……!!」


 味覚、嗅覚が記憶を呼び起こしたのか、再び声を上げて泣くゆき。フサフサの尻尾は、足の間に挟み込まれている。

 スイートポテトを食べ進めながら、泣いては食べてを繰り返す。


「う、う、おいしい……うっ、うっ……」


 痛ましい姿ではあったが、しっかりと食べ進められているのでほっとする。

 光莉の『治癒』のおかげで、凍結されていた身体は完全に修復されているようだ。食べている間にゆきにも、『翻訳』をかけておく。


「お前らも食うか。みんな食って、ちょっと落ち着こう、な」


 ナジュドに許可をとり、念のため『特殊結界・監禁』だけはかけさせてもらい、ワーウルフ達の捕縛を解いた。


 スイートポテトやかぼちゃパイ、桃ゼリーなど、魔族にも馴染みのありそうな果実や野菜をメインにしたスイーツを『生成』する。

 初めは警戒していたワーウルフも、徐々に食べ進める。


「お前たちのこの先の計画はどうなってるんだ?」

「……とにかくユキを連れ戻す、それだけだ。

 今日はそもそも偵察だけのつもりだったので、計画も何もない」


 確か、光莉は「魔族にぶつかった」と言っていた。

 偵察に来たワーウルフと接触した拍子に、互いに『隠密』や『透過』が解けてしまったのだろう。


(ぶつかった相手が召喚者だとわかって、予定を変更して…

 急遽ゆきを解放し、光莉に『治癒』させることにしたってとこか)


 前回の召喚者である蛍のことを知っているなら、召喚者が『治癒』魔法が使えることをワーウルフが把握していてもおかしくはない。


「……我らはどうなってもいい、ユキを解放してほしい。ユキはワーウルフ族の大事な娘だ」


 先程までとは違い、落ち着いた様子でリーダーらしきワーウルフが言う。

 ワーウルフ数人の命と引き換えにしてもゆきを取り返したい、ということらしい。それほど族長の血を継いでいる者は、貴重な存在なのだろう。


(なんとかワーウルフ族との繋がりが欲しいところだが…祖先がしたこととはいえ、人間側が不当にゆきを捕らえていたことに変わりは無い。

 こちらが条件を出せる立場ではない…)


 だからこそナジュドや魔導師らも判断に迷い、何も言えずにいるのだろう。

 仕方がないので、智希がワーウルフに問う。


「…いずれにしてもワーウルフ族の一番偉い奴と話すべきだと思うけど…それは可能なのか?」

「…ユキの祖父である族長だ。

 族長は当然だが人間を酷く嫌っている、対話は無理だ」


 リーダーの返答に、智希はやっぱりな、と息を吐く。


「皇帝でも無理か?」

「無理だ」

「皇帝が謝るっつっても無理か?」

「……」


 智希の言葉に、魔導師たちが再びざわつく。

 それを制して、ナジュドが言う。


「私の祖先の過ちだ。謝罪の場をぜひ頂きたい」


 侵入者であるワーウルフにさえ頭を下げたナジュドだ。

 ワーウルフ族との繋がりを作るためなら、族長への謝罪くらいはするだろう。


 するとロブルアーノが、とんでもない、といった様子で口を挟む。


「陛下……!

 お考えは慎重に…魔族と対話など、まして謝罪など……」

「ロブルアーノさん」


 ロブルアーノらしい言葉だったが、今度は光莉がロブルアーノの言葉を遮る。


「むしろ魔族との対話こそ、皇帝の役目だと思うよ」

「なっ……そ、それは……!」

「私ね、なぜ神級魔法に『翻訳』の魔法があるのか不思議だったの。

 この世界の公用語はシュメール語ひとつだから、人間同士で『翻訳』なんて必要ないのに」


 光莉の言う通りだった。

 この世界では、全人類がシュメール語を話す。地域によって別の言語を持つところもあるようだが、それはあくまで第2の言語として存在するものだ。

 魔族との対話以外に、『翻訳』を使うことはないのだ。


「初代皇帝は、魔族と対話するために『翻訳』魔法を皇室に引き継いだんだよ。

 それも魔法陣としてじゃなく、神級魔法として引き継いだの。つまり、皇帝が責任もって魔族との対話を図りなさいってことだと思わない?」


 ロブルアーノは、何も言わなかった。代わりにナジュドが、ロブルアーノの肩をポンと叩いた。

 ワーウルフは、困惑した様子で言う。


「しかし、族長が受け入れるかどうか…」


 大人たちの会話が落ち着くのを見計らっていたのか、キョロキョロと周囲を見回してゆきが言う。


「おじいちゃんは……生きてるの?」

「っ!!族長を…覚えているのか…?!」


 リーダーらしきワーウルフは、ゆきの言葉に驚いた様子で返す。

 ゆきは光莉の腕の中でスイートポテトを食べながら、静かに頷く。


「ゆき…おじいちゃんに会いに行きたい」

「行こう!会いに行こう!

 なぁ皇帝よ、いいだろ?この子をひと目、族長に会わせてやってくれねぇか?!」


 ワーウルフの言葉に頷きながらゆきは、智希と光莉の服の袖をぎゅっと握った。


「このおねえちゃんと、おにいちゃんもいっしょがいい」


 喜び勇んでいたワーウルフは、ゆきの言葉に押し黙ってしまった。






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