05 魔族と人間の交流









「ごめん天野くん…寝坊しちゃった…」

「大丈夫だよ。寝てすっきりした?」

「うん!」


 智希がパジャ島に来て1時間ほどたった頃、光莉が転移してきた。


「あれ?昨日結局“混和”したんだっけ?」

「し…したよ。朝倉さん寝ぼけてたけど」

「うわぁ、ごめんね。私ほんと眠気に弱くて…」


 智希は昨日の“混和”を思い出してまた熱が上がりそうになるのを必死に堪えた。

 2人揃ってトゥリオールの元へ行くと、アウグスティンと共に戦場を周って来て欲しいとのことだった。


「重傷者は転移が困難な場合が多い。申し訳ないが、戦闘地を周ってほしい」


 重傷者へ治癒魔法を施すため、アウグスティンとともに戦場となっている地域を周った。

 元の世界でいうサハラ砂漠、アメリカ中部、氷の大地と呼ばれる南極の3箇所だ。


 王国イージェプトの砂漠地帯では熱中症による重度脱水、王国アミリアというアメリカ中部にあたる地域では物理攻撃による損傷を受けた者が多かった。


 特に重傷者が多かったのは氷の大地で、凍傷による損傷を負った者がほとんどだった。

 この時期南半球である南基地は冬で、しかもこの極夜(1日じゅう日光が出ず夜が2ヶ月近く続く)だった。

 寒さも、周囲の暗さも、人間たちにとっては不利な環境だった。


 皇級魔導師によって患者はみな治癒魔法を施されていたが、やはり重度の損傷を負った者は完治せず痛みに苦しんでいる者がほとんどだった。


「もっと早く来たらよかったね。ごめんなさい、痛かったね」

「いや…ありがとう。

 もう二度と家族に会えないと、覚悟していた。本当に……ありがとう」


 光莉が声をかけると、軍人は涙を流しながら答えた。

 重傷者を傍で見守っていた軍人も、跪きながら言う。


「彼は、俺の対の相手だ。もう…二度と言葉を交わすことはできないと…思っていた。

 ありがとう、2人に神のご加護があらんことを」

「ありがとうございます」


 光莉にとっても智希にとっても、これまでの人生でこれほど感謝されることはなかった。

 なんだかむずがゆく、くすぐったい思いだった。








 今後も、命に係るような重傷者がいればすぐに呼んでもらうようにアウグスティンや現場の軍人たちに伝えた。


 2人とも朝食がまだだったので、キャンプ地の夕食を食べさせてもらうことになった。

 キャンプ地の夕食はチキンとトマトのスープに、バターライス。

 光莉は食事を終えると、ポッポと一緒にキャンプ地の散歩に出かけた。


「疲れてないか」


 焚火を囲むように座る他の軍人や魔導師、魔族らの食事の様子を見ながら休憩していると、トゥリオールが横に腰かけてきた。


「はい、大丈夫です」

「毎日こき使ってすまんな」

「いえ…やることがある方が、安心します」


 智希が答えると、トゥリオールはほんの少し口角を上げた。


「トゥリ、飲んでるか?」

「いや」


 トゥリオールに声をかけながら智希の隣にどかっと座る人影があった。


「トモキくん、こんばんは。レネ・パストール、特級魔導師だ」

「は、初めまして」


 トゥリオールより少し若く、肩までの栗色の髪で穏やかな口調の男性だった。

 突然握手を求められ、智希も手を差し出す。


「私の対だよ」

「え!あ、そうなんすね」

「トゥリが世話になってるようだから、挨拶しとこうかと思ってね」


 レネはトゥリオールの対の相手らしい。

 タイプも年齢も違う組み合わせで、意外だなと智希は思う。

 レネはトゥリオールにコップを差し出し、ビールのようなお酒を注ぐ。


「トモキは成人?」

「17歳になる年です」

「あれ、もっと若く見えるね。未成年かと思った。酒飲む?」

「あー…辞めときます」


 この世界の成人は15歳と言っていたので、まさか14歳に見えたということだろうか。

 日本人は幼く見られやすいとよく言うが、実際にそこまで若く見られるとは。


「こんな風だが、帝国議会の産業省政務官だ」

「え、政治家ってことですか?」

「まぁね。トゥリは皇帝補佐官だから格上の上だけど」


 政務官がどれくらいの地位かわからなかったが、きっと大臣の次かその次くらいの偉さなんだろう。

 帝国議会、というのは日本で言う国会や内閣のことだろうか。


「2人は昔からの知り合いなんですか?」

「まぁ、そうっちゃそう?

 2人とも最初に対を結んだ相手に嫌われちゃって、余りモン同士くっついた」

「妙な言い方するな。私の対の解消理由は方向性の違いだ」


 まるでバンドの解散理由みたいにトゥリオールが言うので、智希は笑ってしまった。


「しかし凄い光景だな。魔族と人間がこんなに打ち解けるとはな」


 数か所の焚火を囲んで、人間も魔族もそれほど境なく食事を楽しみ、酒を酌み交わしている。

 昨日まで敵同士だった相手だが、互いに脅威ではないと認識し合ったことで異族間でのコミュニケーションを楽しんでいる様子さえ見える。


「人間のメシは美味いからな!」

「酒飲ませてくれる相手とは仲良くしとかないとな」


 後ろからリザードマン2人が話に入ってくる。

 レネは「ははは!」と笑いながら、魔族たちとグラスを合わせて乾杯し、話しかけられたついでに尋ねる。


「お前らは農業とかできんのか?自分の食い扶持は稼がねぇとなぁ」

「賢くはねぇが筋力と体力と魔力はある」

「皆働くのは嫌いじゃねぇ。今まで仕事がなかっただけだ!」


 リザード族とオーガ族は元々人間への対立心が少なかったこともあり、人間との共存を考える発言もちらほらと聞かれている。

 名付けをした責任もあるので、智希としては共に暮らす道を模索したいと強く感じた夜だった。









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