04 時差ぼけの朝







「……キ……トモキ」


 揺り起こされ、重い瞼を開けた。リイナが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「リイナ……?」

「大丈夫?起きたら2人ともここで寝てるから…びっくりした」


 リイナが驚くのも無理は無い。

 智希はリビングのカーペットの上に座り込み、ソファにもたれて眠ってしまったようだ。

 光莉は智希が寝付いた時の姿まま、ソファに横になって眠っている。


「あー…そうだ、仮眠のつもりで…寝すぎた…」

「疲れてたんだね。起こさない方が良かったかな」

「いや、助かったよ」


 外はすっかり明るくなっていた。窓から差し込む朝日が眩しかった。


「これからまたどこか行くの?」

「パジャ島に…向こうの夕方ぐらいに来いって行ってたから…」

「じゃあ、そろそろかも」


 頭が回らず時差の計算ができなかったので、リイナが教えてくれて助かった。


「ほんとに大丈夫?無理しない方がいいよ」

「大丈夫、だんだん目覚めてきた」


 変な格好で寝たせいで、身体はガチガチに固まっていた。

 智希はストレッチがてら、大きく伸びをする。


「朝倉さん。朝倉さん、起きれる?」

「………」

「ぐっすり寝てるね…」

「とりあえずシャワー浴びてくるか…」


 光莉を揺り起こすが、全く起きる気配はない。

 智希がシャワーを浴びて出てきたあとも、光莉はまだ眠っていた。


「私しばらく家にいるから、ヒカリが起きたらパジャ島に行くように伝えるよ」

「助かる、ありがとう」


 光莉を家に残し、智希はパジャ島へ転移した。








 パジャ島は徐々に日暮れが近付いている頃だった。キャンプ地では夕食の準備が始まっていた。

 光莉がまだ起きていないことをトゥリオールに伝えると、慌ただしい様子で2人が揃ったらまた声をかけてくれと言われた。

 智希は夕食の準備を手伝いながら時間を潰した。


(食料問題と住居の問題は、なんとかしないとなぁ…)


 手伝いを終え、隅に座ってぼんやりとキャンプ地の様子を眺める。

 溢れかえるオーガ族、リザード族。もはや、人間の数より遥かに多い。


 リズ達も元々の住処に住みたくて住んでいるわけではなさそうだった。

 環境としては決して良くはないが魔素が高くて人間が立ち寄らないから住んでいる、というような言い方だった。


「お、トモキ。なんだそのいい香りの飲み物は」


 声をかけてきたのは、エリアルの対の相手、ルートヴィヒだった。

 テント設営や食糧補給のため応援に来た部隊の1人だったようだ。


「『生成』したコーヒーです。飲みますか?」

「トモキの世界のものか。ぜひ頂きたい」


 新たに『生成』したコーヒーを渡すと、ルートヴィヒは感激の声をあげる。


「この香り、素晴らしいな…!……苦みも完璧だ。

 なんだこれは、どうやって作る?」

「こ、今度レシピを渡しますよ」


 ルートヴィヒの勢いに動揺しながら、智希は答えた。


「『生成』って未だに仕組みがよくわかんないんですけど…

 ここで作れるってことは、原材料はこの世界に存在してるってことですよね?」

「恐らくな。無から有を生み出すのが魔法だが、《ありもしないもの》は作り出せない。

 だったらきっとどこかに《ある》ってことなんだろう」

「そっか…」


 つまり、この世界のどこかにコーヒーの木がある、ということらしい。


「オーガ達、いつまでもここに住まわせるわけにはいかないと思うんですけど、どう思いますか?」

「そうだな…しばらくはこの程度の人数なら大丈夫かと思うが、パジャ島の民がどう思うか…」

「ですよね。

 どっか、人類未踏の不毛の地とかありますかね…?こいつらが住めるような…」

「人が住んでいないとなると、砂漠地帯、極寒地帯、氷の大地、亜熱帯地域…そんなところだな。

 あとは所々魔族の住処となっているところはあるが…」

「なんかどこも厳しそうですね…」

「我々も何か方法を考えてみる」


 ずっとここにいたら、魔族たちも食って寝るだけの生活になってしまう。早いとこ、拠点を見繕ってやらないと。


「わ、なんスかそのいい香りの飲み物」

「カミル。コーヒーという異世界の飲み物らしいぞ」

「1杯どうですか?」

「いただきます!」

「え、いいなぁ。俺も欲しいっス!」


 ルートヴィヒのコーヒーの香りを嗅ぎつけて、続々と軍人たちが集まってきた。

 結局智希はコーヒーを50杯近く振る舞うことになった。








 夢を見ていた。

 優しい夢。

 天野くんの腕に抱かれて、ゆったり眠る夢。

 だけど、解けてしまう。

 天野くんがどこかへ、行ってしまう。


「……あまのくん!!」

「うわ、びっくりした!」


 光莉が飛び起きると、ダイニングチェアに座っていたリイナが驚いた様子で声を上げた。

 パジャ島と帝都、そして夜と朝とを行き来しすぎて、今が何時なのかなぜここにいるのか次は何をすればいいのか、もはやさっぱりわからなかった。


「あっ、天野くんは!?」

「先に…パジャ島に行ってるって…」


 リイナに言われて、ようやく記憶が呼び起こされる。

 ユエとオニキスに名付けをして、その後仮眠のために帝都に戻ってきたんだった。


「やばいっ、寝過ごしちゃった!

 この世界目覚まし時計ないから…!」

「メザマシドケイ……?」


 慌てて立ち上がり、足元のスリッパに足を通した。

 ...だが、今から何をすればいいのか迷う。


「私お風呂入ったのかな!?記憶がない…!

 なんでここに寝てるのかな…!?」

「ね…寝巻き着てるから入ったんじゃない……?」

「そうか!あぁ、お腹空いた、でも行かなきゃっ……!」

「ヒカリ、ヒカリ、落ち着いて!」


 ばたばたと意味もなく1階を走り回る光莉を落ち着かせようと、リイナが声をかける。

 そして誰かに『遠隔交信』を始めた。


「トモキ、聞こえる?」

『リイナ、どうした?』

「いまヒカリ起きたけど…急いで行かないとダメ?」


 リイナの『遠隔交信』の相手は、智希だった。


『いや、トゥリオールさんもどっか行っちゃったし、落ち着いて準備できてからでいいよ。

 ご飯はこっちで食べようって伝えて』

「うん、わかった。

 じゃあ準備ができたら、行ってもらうね」

『ありがとう』


 2人のやり取りを聞いて、光莉はソファにへたりこんだ。

 急がなくても大丈夫なようで、ほっとしたのだ。


「ほら、大丈夫。

 落ち着いて準備してから行こう」

「リイナ……!

 リイナ賢いね、優しいね、ほんとありがとう……!!」

「ふふっ、だってヒカリが余りにも慌ててるから」

「ごめんね、ありがとう…!」


 リイナのおかげで、気持ちが落ち着いた。

 お風呂には入ってる。顔を洗って髪をとかして、服を着替えてパジャ島に行けばいいんだ。

 2歳年下とは思えぬほど落ち着いたリイナの様子に、光莉は感服の想いだった。


「ヒカリ、大丈夫?身体きつかったら無理しないで」

「大丈夫、寝たら元気になった!準備してくるねー!

 リイナ、ほんとにごめんね。ありがとう!」


 何度も何度もリイナに謝ってお礼を言って、光莉はようやく帝都を出た。






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