第4話 守ってくれるというけれど_2
そして、話は冒頭に戻る。
私を取り合っていた二人にダメージを負わされた魚は、その場でしばらく悶えるように身体をよじっていた。それも数秒で、持ち直したのかゆっくりとこちらに近付いてくる。まだ動いているのに彼らは気にする様子もなく私を左右から引っ張っていた。
この状況じゃなきゃ少しくらいはときめいてあげてもいいのに! 今は女を取り合ってる場合じゃないでしょ!
彼らを止められずに手をこまねいているうちに回復したらしい魚に攻撃された。飛んできた鱗から私を庇ってくれた男は、高く飛び上がったかと思うとそのまま屋根の上に着地する。
――へっ? この高さまでジャンプするの? どうやって? どんな手品?!
この人はなんなんだろう。
優しく私を下ろしてくれたこの男、相変わらず不審人物ではあるのだけどイケナイ関心も出てくる。
「……チッ、
舌打ちした男の子は銃を構える。呪文めいたものを彼が唱えれば、銃口の周りに黒い霧のようなものが集まった。あれはなんだろう、と興味本位で身を乗り出しそうになる私の目の前に男の手が出される。
「はいはーい、下は危ないからさ、俺たちはここで見てようね。姫、あんまりのぞくと落ちちゃうよ」
「あの、その姫ってなんですか?」
冷静になれば、命綱もないこの高さでは恐怖心しかない。高さを認識した途端に腰が抜けて立てなくなる私の横にしゃがみ込んだ男は、小首をかしげて顔を覗いてきた。そこには緊張感なんてものは全くない。いったい、どういう神経をしているんだろう。それに、その姫ってやっぱり私のこと? どうしてそんな風に呼ぶのよ。
浮かぶ疑問をぶつければ、彼はパチパチと数回瞬きしてから大きな口でにかっと笑って
「んんー? 可愛い女の子はみんなお姫さまでしょ。それにさ、俺、君のこと好きになっちゃったみたいなんだよね」
なんて、どこまでも軽い調子で言った。
「……はい?」
――今、好きって言った?
脈絡もない唐突な告白に呆気にとられる。さっきから、警戒したり怖がったりばかりで可愛い顔なんて見せてないと思うし、今までのやりとりの中で好かれる要素がどこにあったというのか。いぶかしげな表情を浮かべた私に、彼は重ねて言うのだ。
「ねえ、俺の恋人になってよ。悪いようにはしないからさ」
――今、本っっ当にそういう状況じゃないのわかってる?!
返事も出来ずに呆気にとられる私に、男はにこやかに続ける。
「これ、一目惚れってヤツかな? 大丈夫安心して。君は俺が守るからさ。あ、俺のことはね、ザックって呼んでね」
激しい戦闘が繰り広げられているのには無関心な様子で、こちらをニコニコと笑みを浮かべて見ている。
なんてことなの。本日二人目の「俺が守る」いただきました。
そんな台詞は、ヒーローか王子様か、プロポーズの時にしか言われないものだって思ってたわ。ううん。今、こうやってオバケに襲われているシーンでは珍しくないかもしれない。定番といえば定番な守ってもらうシーンだもの。
ぐるぐるとそんなことを考える頭の隅では、だけどそんなのが現実に起こるなんてありえないって、今でも、この状況に置かれてもまだ思っている。でも見下ろすと戦闘シーンはまだ続いていて、これが夢でないのならば、つまりは現実ってことだ。
頬をつねってみる。……痛い。確かに痛みを感じる。
男の子の拳銃から発射されたのはいくつもの拳大の石に見えるなにかで、それぞれに自動追尾でもついてるのか暴れる魚の胴体に次々めり込んでいく。何度も打ち込まれるそれで、徐々に化け物の動きが鈍くなってきた。
自分の見ているものが現実とは信じられない。実際に戦ってる場所を見下ろすようになってしまったせいか、あれは全部作り物に思えてきてしまう。私の視線が完全に下で繰り広げられている出来事にとらわれたことに気付いたのか、ザックと名乗った男が小さく肩をすくめたのが視界の端に映った。
「あの、あれって」
やることもなさそうに隣にいるだけの男にたずねる。
「あれ? ああ、バケモノのことかい?」
「そう。あれ、なんですか」
うーん? と唸って、ザックはしゃがんだ格好のまま膝で頬杖をつく。
「…………魚。」
しばらく眺めた後でつまらなさそうに目を細める。なんでそんなこと聞くんだ、という空気をだだもれさせてヤル気なく答えた男の素性は知らないけど、特にこの状況を異質と思っていないのは確かだ。
「見ればわかります。ていうか、あれオバケですよね」
「オバケって幽霊のことだろ? ありゃどっちかっていうと精霊っつーか……いや、もう化け物だなあ」
あまり興味なさそうに言って、またしても場にそぐわない華やかな笑顔を向けてくる。
「で、さっきの返事は?」
妙な告白に対する返事を求められても、そんな状況ではない私は彼の言葉を無視する。
「どこから――なんで私を襲って」
「理由なんてないよ」
ふっと真顔になったザックは魚を指さした。魚はもう瀕死で、地面に横たわって痙攣している。
「そういうもんだ、アレは」
「わけもなく、襲われたんですか? 私」
「……お、そろそろかな」
私の質問には答えず、前髪を掻き上げて立ち上がったザックがニヤリと口元を歪めさせると同時に、戦っていた男の子が声を張り上げた。
「琥珀!」
また、どこからか澄み切った声だけが聞こえる。
『うん、いいよ』
「いい、なら――
彼の言葉と同時に、グゥッと全身に全身に重圧がかかる。屋根に押し付けられそうになる身体を必死で支える。これ、このままだと落ちちゃう……!
「んっ。く……!」
「こっちおいで。ここから落ちたら怪我するぜ」
そんな私の様子に気付いたらしいザックにひょいと持ち上げられ、また軽々とお姫様抱っこされた。どうやら本当に危害を加えるつもりはないようだ。怪しいに変わりはないけど、本当に私をこの状況から守ってくれてはいる。それに、改めて見るとやっぱり顔はいい。距離が近くて照れそうになる。
ザックに抱えられていると、不思議なことに強い重力がかかったかのような感覚はなくなった。
「姫? 密着してくれる方が助かるんだけど。アレ、次が来るよ」
もっとしっかり掴まって、とザックは言う。
「来るって、なにが? あの、あとその姫っていうのやめてくれますか」
「ん? だって名前知らないもん」
――名前も知らない相手に告白したのか、この人。
彼の発言にはあきれるけれども、私も自己紹介などしていないのだから、逆に知られていても怖い。しかしこのまま姫と呼ばれ続けるのもむず痒い。その場で偽名など考えられなくて、結局は本名を口にする。
「……伽奈」
「カナ?」
噛みしめるように私の名前を呼んで、ザックはとろける笑みを見せる。その顔に、いきなり呼び捨てかと突っ込みかけた声が出なくなってしまう。なに、その恋してるみたいな顔。ちょっとときめいてしまうじゃない。
――だから! この男怪しいんだからね!
自分自身にも落ち着けと言い聞かせる。顔がいいだけでは不審者でない理由にはならない。このドキドキは、これはそう吊り橋効果みたいなものだ。勘違いだ。
「んんっ、イイ名前だ。オーケー、カナ。しっかり俺に掴まっててね。そらもう一発来るよ」
『
彼の言葉を受けて、警戒を深めた私は彼のジャケットの襟元を握る。同時にどこからか声が響いて、ドンッと空気が震えた。
中空に現れたのは大きな岩。それが細かい粒となって降り注ぎ魚の身体が削れていく。
「キャッ」
立ちこめた土煙に、堪らず目をつむる。
「……おお、出た出た」
楽しそうなザックの声が耳元でする。顔をあげようとすれば「ちょっとそのままでいてね」と言われた。
すうっと大きく息を吸う音がして
「さあ、供物よ汝に幸いあれ! 歓喜のままに糧と成れ!」
彼は声を張る。
「その身を捧げよ、Hallelujah!!」
「ッ、テメェ!!」
男の子の驚いたような声。何かが勢い良く飛んでくる音がする。薄く片目を開けて見れば、小さな金魚のような、透明な何かが浮かんでた。
「おいで。愛してあげる」
甘い囁きに呼応するように光ったそれが私の頭上に移動して……ザックの喉がゴクリと鳴った。
――え、飲み込んだ……の?
驚いて見上げれば、目の合った彼は優しい笑みを見せた。
「返せ!」
男の子が叫ぶ。一転、高慢な表情になって「やなこった」と彼が出した舌にはピアスが光っている。
――あのバケモノはどうなったの? 今の金魚みたいなのは?
なにがなんだかわからない。わかるのは、彼らの雰囲気からして「終わった」のだろうということと、多分助かったということだけ。そこで安心してしまったのか、ふっと身体中から力が抜けた。
「えっ、あ、ちょっとカナ?!」
「カナ姉っ!」
最後に聞こえたのは、そんな声だった。
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